子どもの才能は生まれつき?
いいえ、家庭の関わりが大きな作用を果たします。


2017.6.2 していいことと悪いことの境界線を引く

 子育ての重要な役割の一つに、「子どもに、してよいことといけないことの境界線を教える」ということがあります。それがなぜ必要かというと、子どもが大人になってから求められる行動規範の原型は、子育てを通じて形成されるべきものだからです。

 子育てを経験した人なら、それがいかに重要なことかをご存知でしょう。そして、子どもに境界線を教えることが意外に難しいということもご存知でしょう。

 この行動の境界線のことを英語でバウンダリーと言います。バウンダリーの概念について細かに説明すると、大変長くなってしまいますので、今回はバウンダリーに興味をもっていただくために、バウンダリーの果たす役割と子どもにそれを教える例を一つご紹介してみようと思います。

 小学生頃までの子どもは、日常の生活の中で親から「してよいこととしてはいけないことの区別・線引き」を教えられて育ちます。しかしながら、何がよくて何がよくないかの判断は親によってまちまちであり、またその教えかたにも個人差があります。さらには、親は教えたつもりでいても、子どもにはさっぱり浸透していないこともあります。しかしながら時間は待ってくれません。子どもにどの程度バウンダリーが浸透しているかどうかにかかわらず、やがて親の手を離れて生活する段階がやってきます。そのとき、子ども自身が人生をうまくわたっていけるか、様々な困難を抱えてしまうかは、望ましいバウンダリーを携えているかどうかにかかっていきます。

 以下は、アメリカの臨床心理学博士の著書から引用したものです。まずは子どもにバウンダリーが教えられていないとどうなるかを考えてみましょう。

原因 「テレビを見るのはもう終わり」と言われた。
結果 ぐずって泣いて怒り、かんしゃくを起こし、しまいには大騒ぎになる。

 もしもバウンダリーが教えられていたら、違った状況になるでしょう。

原因 「テレビを見るのはもう終わり」と言われた。
思考 腹が立つからかんしゃくを起こしたいけれど、そんなことをしたら、テレビを見られない以上に困ったことになるかもしれない。親の言うことを聞くほうがいいだろう。
結果 テレビは終わりにして宿題をする。

 著者は、「子どもは感情と行動の間にワンステップ取って考えることができない。だからこそ、親が訓練の場を設けることが必要なのだ」と述べておられます。子どもがそれを喜んで受け入れるかどうかを気にする必要はないのです。感情に任せた行動をすると、後で辛い罰を受けるかもしれない。しかし、そうならずに済む方法だってあるということを経験させればよいのです。

 子どもにはちゃんと学習能力というものがあります。それを引き出すよう親は働きかければよいのに、その方法を知らない親、しようとしない親が少なくありません。子どもが感情と行動の間にワンステップとって考えられるようになるには、「承認」「指導」「経験」の三つのステップがあると言います。

 「承認」は、子どもの感情を、それが現実的なものであるか否かに関わらず、本人にとってはリアルなものであると認め、肯定してやることです。「指導」は、怒りや願望などの感情に任せた行動が適切でないと教えることです。自分の手にしたいもの(こと)を得るには、感情をむき出しにするより、もっと効果的なやりかたがあるということを学ばせるのです。ちょっとした我慢をすること、礼儀正しく振る舞うことのほうが目的を達成するうえで有効であることを悟れば、子どもは駄々をこねたり強情を張ったりすることを控えるようになるでしょう。もう一つ、「経験」は、上記のような親の対処にもかかわらず、子どもが聞きわけを示さない場合は、相応の罰をあたえるということです。ただし、きちんと自分の責任を取ったなら子どもをほめることを忘れないようにすることが肝要です。

 次に、著者が実例を挙げておられる箇所をご紹介しましょう。

 私の知り合いの家族を例に取りましょう。この家族には二人の娘がいて、活発で口の達者な姉テイラーは、おとなしい妹ヘザーの話をいつもさえぎっていました。そこで両親は姉を呼んでこう言いました。「テイラー、パパやママに話したいことがたくさんあって、我慢できない気持ちはよくわかるわ〔承認〕。でも、そんなにいつもヘザーの話をさえぎるのは失礼だし、ヘザーを傷つけることにもなるのよ。妹の話が終わるまでは、自分の話を始めるのを待っていてくれるかしら。もしそれができないなら、パパとママはあなたが我慢できるようになるまで、ヘザーの話す時間を長くすることにするわ。あなたにもっと自制を学んでほしいの。そうでないと、あなたが友達に嫌われるようになったら悲しいからね〔指導〕
 テイラーはそう言われると、親が本当に言ったとおりにするか試し始めました。子どもとはそういうものです。しかし、両親は断固として妥協せず、約束通り彼女から話す時間を取り上げました。そういうことが二晩続き、テイラーは悲しい思いをしました〔経験〕。ところが、母親によると、その後面白いことが起きたそうです。
 「三日目の晩のことです。妹が話をしていると、姉が急に何か言いたげな顔になったので、話したいことを思い出したのだなと分かりました。テイラーは大きく息を吸い込み、今まさに何か言わんとして口を開けました。その様子に、妹も思わず言葉を止めたほどでした。私たちは皆沈黙し、姉を見つめました。すると、彼女の表情が変わったのです。その前の二晩、妹の話をさえぎったために、自分の番を失ったことを思い出しているのがありありと見て取れました。テイラーは私たちを見て、恥ずかしそうに笑ってこう言いました。『で、それからどうしたの、ヘザー』それを聞いて皆、大爆笑でしたよ」

 こうして、テイラーは自制することを学び始めました。自制心をもつことは、知性的に生きるために不可欠の要件であり、自分の行動に責任をもつことも、希望に叶った結果を得ることも、これによって可能になります。親の愛情深くも厳しい対処によって、テイラーは心のコントロールのできる人間へと成長を始めたのです。

H,S

 

2017.6.9 「移民のパラドックス」に学ぶ

 今回のタイトルを見て、「いったい何のことだろう?」と思われたことでしょう。これは、アメリカの発達心理学者の著した書物で目にした言葉です。子どもを優秀な人間に育てるための原則を知るうえで参考になろうかと思い、話題にとりあげてみました。

 みなさんは、最近になってアメリカに移民してきた家庭の子どもと、同じ国から一世代以上前に移民してきた家庭の子どもとに、学力的な違いが有意に見出せると思われるでしょうか。もしそうなら、どちらが優秀な成績をあげているでしょうか。

 「移民パラドックス」とは、同じような民族的背景に基づく人々でも、アメリカでの移民生活の短い家庭の子どものほうが、アメリカに移民後に世代変わりしている家庭の子どもよりも成績がよいということから生まれた言葉のようです。この研究結果は、米テンプル大学で思春期・青年期の子どもの発達を専門に研究している、ローレンス・スタインバーグ教授の著書で紹介されていました。

 アメリカでは、移民して間もない家庭の子どもも、移民後に世代交代が進んでいる家庭の子どもも同じ学校へ通学します。教育カリキュラムも同じで教える先生も同じです。同条件なら、おそらく多くのかたがアメリカ社会への適応が進んだ家庭の子どものほうが学力形成において有利だと思われるでしょう。ところが、アメリカへの移住歴が短いほど子どもの成績がよいのです。このパラドックスは、どういうことに起因するのでしょうか。

 移民してきたばかりの家庭では、アメリカの風習やライフスタイルなどに適応するための苦労があります。大人になってから移民した人間は、現地の言葉(英語)を習得するのが難しく、少なくとも家庭生活において英語に触れる機会は極めて少ないことが想像されます。このように、移民して間もない家庭の子どもがアメリカで勉強するうえでの環境は決して恵まれているとは言えません。

 つまり、学校で英語を一から指導してくれる特別な補償教育を受けられるわけでもなく、家庭生活でも英語に触れる経験もできない子どもにとって、それらは学習上の大きなハンディです。それなのに、移民して間もない子どものほうが成績がよい。その理由として、子どもの学力を決定づける最も大きな要素は学校の教育内容やクオリティではなく、子どもの育てられかたや親の期待の差し向けかたにあるからだと、前述のローレンス・スタインバーガー教授は述べておられます。

 もう少し掘り下げて考えてみましょう。以下は、この教授の著書からの引用です。

 私たちのグループの国際調査では、10歳から30歳までのさまざまな年齢で、どのくらい衝動を抑制できるかをテストした(解き方をしっかり考えないとできない問題にとりかかる前に、どれだけ長く待つことができたかで測定)。その結果10歳では、中国人もアメリカ人も、自己抑制にほとんど違いはなかった。中国人の子どもの方が10パーセントほど点数が高かっただけである。だがこの差は、年齢が1歳上がるごとに大きくなる。14歳では中国人グループの点数は20パーセント高く、18歳では45パーセント高かった。20代では、中国人の自己抑制はアメリカ人より50パーセント強かった。この差は、文化による気質の違いのためとは思えない。もしそうなら、若い年齢でも自己抑制の差が見られたはずだ。これはおそらく、青少年がいかに育てられたかによるものだ。
 こうしたことがもし全部本当だとしたら、なぜアメリカは、小学生の成績をあげることができたのだろうか。答えは、学業での成功に不可欠な非認知技能は、生徒の年齢が高くなるほど重要になってくるからだ。小学校から中学、高校へと進むにつれ、学習内容は難しくなり、より自立心が求められる。大人の監視や支援は減って行く。生徒はもっと自力で勉強することが期待されるのだ。高校の宿題は、終わらせるのに長い時間がかかる。試験はもっと前から準備しないといけない。勉強は大変だ。自制心と報酬を先延ばしにする能力が高い生徒が、高校では小学校の時よりはるかに有利である。小学校2年生では、それほど強い忍耐力を必要としない。つまり、小学校のうちは非認知技能のことは考えなくても、成績を上げることはできるのだ。

 引用しておきたい箇所はもうしばらく続くのですが、長くなるのでここまでにしておきます。ここでまず着目していただきたいのは、「非認知技能」という言葉です。この「非認知技能」こそが、学業での成功にとって欠かせないものだとスタインバーガー教授は述べておられます。

 では、「非認知技能」とは、具体的にはどのようなものを言うのでしょうか。私自身も漠然としか分からないので、調べてみました。「非認知技能」というのは、「学習に向かう意欲」「勉強の妨げとなる誘惑を押さえる自制心」「うまくいかなくても簡単にあきらめない粘り強さ」などを意味するようです。

 わざわざご説明するまでもなく了解されたでしょうが、これらは勉学において有効なだけではなく、社会生活を営むうえでも、人間関係を健全に保つうえでも、仕事をうまくやり遂げるうえでも不可欠なものです。これらを家庭教育で育まれた子どもは、アメリカ社会に順応し、学業面で秀でた人間に成長し、さらには社会の一線で活躍していくうえで必要な要件を満たす可能性が極めて高いと言えるでしょう。

 さて、引用文の内容にもう一度戻ります。「非認知技能」の習得に向けた家庭教育の違いが、小学生のうちはあまり学力差につながらない理由が最後のほうに書かれていましたね。小学生までは、勉強の負荷が少ないので、忍耐力や粘り強さ、自制心などの差が学力的なデータに表れにくいのです。このことで参考にしたいのは、今学力差として数値に出てきやすい「学習のレベル」「学習進度」などに振り回されるのではなく、学力形成を推進する大きな力となる「非認知技能」の育成に向けて親はもっと目配りをしたほうが、子どもの望ましい成長につながるということではないでしょうか。

 家庭教育を通して子どもの「非認知技能」を育む。それは、私たち日本人の家庭が本来得意とする領域です。しかしながら、受験などが視野にあるために、手っ取り早く学習成果を得ることに目を向けすぎると、この能力を育てることを忘れがちです。勉強は頭のよさだけで優劣がつくのではなく、「非認知技能」の習得によって随分成果に差が出るということを胸に留め、愛情深く粘り強くお子さんの家庭教育にあたっていただきたいと存じます。

H,S

 

2017.6.16 子育てに必要な視点とは  その1

 この文章を読んでくださるかたの多くは、年長児および児童期前半のお子さんをおもちの保護者であろうと思います。すなわち、人間として身につけるべき立ち居振る舞いの基本をわが子に植えつけるべく、毎日子育てに取り組んでおられる方々が主要な読者です。そこで今回と次回は、毎日の子育てにおいて必要な視点について共に考えてみようと思います。

 みなさんは、子育ての方針として何か意識しておられることはありませんか? たとえば、「自分のことは自分でできるようにさせる」「約束を守る、責任感のある人間に育てる」「他者と仲良くやれる協調性に富んだ人間にする」など、それぞれに考えをもって子育てをしておられるのではないかと思います。

 ただし、子どものために特に疑問をもつことなくやっていたことが、子どもの成長にとってマイナスに作用していることもあります。

 以下は、臨床心理学博士のクラウド氏が友人のアリソン夫人の家庭を訪問したときのできごとです。そのときのクラウド博士の言葉で、彼女の子育てが一変することになりました。

 その日、私(クラウド博士)はこの友人夫妻の家で夕食をごちそうになっていました。食事も終わり、しばらくの雑談の後、アリソンはちょっと片付け物があるからと席を立ちました。夫のブルースと私はそのまま話を続けていましたが、電話が鳴って彼も席を外したため、私はアリソンの手伝いでもしようと立ち上がりました。
 十四歳の息子のキャメロンの部屋から物音が聞こえてきたので、そこにいるのだろうと中をのぞいて驚きました。アリソンがいそいそと息子の服や運動具を片付け、ベッドを整えていたのです。彼女は何事もないかのように私に話しかけてきました。
「旅行のときの写真を早く見せたいわ。とても……」
「何をしているんだい?」私はアリソンをさえぎって尋ねました。
「見ればわかるでしょ。キャメロンの部屋を片付けているのよ」
「何だって?」
「だから、キャメロンの部屋を片付けているのよ。どうしてそんな顔をするの?」
そう聞かれて、私は頭に浮かんだことをためらいながら口にしました。
「息子さんの将来の奥さんがかわいそうだと思って……」
 アリソンはそれを聞くと一瞬固まり、それから、足早に部屋を出ていきました。私も部屋を出ると、彼女は廊下で立ちすくんでいました。何と声をかけたらいいのか分からなかったので、黙っていました。しばらくするとアリソンは私を見て言いました。「そんなふうに考えたこと、一度もなかったわ」

 アリソン夫人の行動のどこに問題があるのか、みなさんはすぐに気づかれたことと思います。ただし、多くの母親は、無意識のうちに、あるいは子どもを思うゆえに、ついこれと同じような行動をとりがちではないでしょうか。クラウド博士は、この例のように何もかも親の手助けを受けて大人になった子どもがどういう問題に行き当たるかを想像し、忠告をしたのですね。

 このできごとについて、クラウド博士は次のように説明しています。

 親はたいてい、自分にとって自然な方法で子どもに接します。例えば、アリソンはもともと「世話好き」なので喜んで世話を焼きます。のんびりした放任主義の親なら、息子の部屋など放っておくでしょう。厳格な親なら、ベッドが整っていないだけで厳しく罰するでしょう。
 確かに、子どもを育てるときにはさまざまな介入が必要です。手を貸すのが必要なときもあれば、黙って見守るのがベストなときもあります。厳しくすべきときもあるでしょう。ここで大切なのは、「私は目的をもってこのように子どもに接しているのか?」ということです。自分の性格や親から受け継いだやり方が、私たちの子育てにそのまま反映していることはよくあります。あるいは、目先の問題や何らかの不安に対処するだけになっていることも珍しくありません。
 肝に銘じてください。子育てとは、「現在」の問題に対処する以上に、「将来」に向けて子どもの人格を養っていくことです。人がどのように人生を歩むかは、その大部分がその人の人格によって決まるからです。結婚や仕事がうまくいくかどうかも、その人が内側に持っている力に左右されます。

 こうしてみると、子育てがわが子の人格的な長所の形成に向けられたものか、人格的な弱点につながるかによって、子どもの人生の歩みは大きく変わってくのですね。そのこと一つとっても、子育ての重要さに思いを致さないわけにはいきません。

 私自身、自分の短所や性格的な欠点について考えるとき、親から受け継いだものや、自分の育ちかた・養育環境に原因を感じることが少なくありません(厳格そのものだった明治生まれの祖父と、優しすぎる父親。両方の影響が色濃く自分の性格や生きかたに投影されていると感じます)。同じように、自分の息子の至らない点やもどかしい点を残念に思いつつも、ふとそれは私自身の子育てに問題があったからだと気づくことがあります。

 目の前に生じている様々なことに目を奪われ、わが子の将来的な視点に立って子育てをすることを忘れないようにしたいものですね。

H,S

 

2017.6.23 子育てに必要な視点とは  その2

 前回は、世話好きなアリソン夫人が、14歳になる息子のキャメロンの部屋の片づけをしているのを見て、友人である臨床心理学者のクラウド博士が、「息子さんの将来の奥さんが気の毒……」と忠告したエピソードをもとに、子育てにおける重要な視点とは何かを共に考えてみました。

 今回は、その続きです。クラウド博士は、「子育ての第一のゴールは、よい人生を歩めるような人格を子どものうちに養うことだ」と述べ、「自分の部屋は自分で片づける」ということに関して、息子のキャメロンと母親のアリソン夫人にあった問題点を次のようにまとめておられます。

●部屋を片付ける必要性を感じていなかった。それを感じていたのは母親だった。
●部屋を片付けるべきだという動機がなかった。それがあったのは母親だった。
●片付けるための計画も時間もなかった。それがあったのは母親だった。
●片付けるためのスキルを持たなかった。それをもっていたのは母親だった。

 つまるところ、アリソン夫人は典型的な過保護な母親だったわけです。それは息子のキャメロンにとって不幸なことです。このままでは、自分ことを他者に委ね、自分で責任を負わない人間になってしまいかねません。クラウド博士の忠告をきっかけに、自分の子育ての問題点を自覚したアリソン夫人は、そのあとどうしたでしょうか。

 アリソンが息子の将来の姿を思い描いたとき、彼女の子育ての方法は変わりました。これまでなんでも喜んでキャメロンを助けてきましたが、それは息子にとって本当の「助け」になっていなかったのです。キャメロンは、いつも誰かに手伝ってもらうのが当たり前という態度を持つようになり、そのせいで学校でも教会でも、周りの人から疎まれるようになっていました。
 アリソンにしてみれば、息子が散らかした後を片付けてあげるのはお易い御用であり、母親としての愛情表現のうちでした。しかし、母親としてだけでなく、一人の大人の視点から将来のキャメロンを思い浮かべたとき、いつも自分の責任を他者になすりつけている息子の姿に不安を覚えました。母親なら気にならないことでも、他人はそうはいかないでしょう。このままではキャメロンの将来の人間関係が危ぶまれます。そこで、アリソンは息子に対する接し方を変えました。自分のことは自分で責任を持てるように、自分の行動が他人に与える影響をもっと意識できるように、そして他人に疎まれる大人にならずに済むように、息子の人格的成長を念頭に置いた子育てを心がけるようになったのです。

 子どもが困っているから手伝うというのは、親としての美徳のように思われます。しかし、そのような関わりが子どもの将来を危うくするとしたら、助けどころか健全な成長の妨げにしかなりません。クラウド博士は、子どもの将来に向けた人格的土台を形成するための親の役割として、次の三つをあげておられます。

1.保護者としての親
 子どもは、自分の命を守り生活を維持するための知恵を持っていません。善悪の区別も、危険と安全の区別も、良いものとより良いものとの区別も、生と死の区別もつきません。これをしたらどうなるか、といったことは考えず、目先の興味にとらわれて行動します。好奇心につられた結果、危険な目に遭うこともあります。知恵は経験を通して初めて身につくものですが、子どもには当然経験などありません。
 そこで保護者は、子どもが知恵を身につけるために必要な安全な環境を用意してやる必要があります。いろいろなことを試して経験を積める自由を与えつつも、自由を与えすぎて子どもが危険にさらされないよう、自由と制限のバランスをうまく取ることが求められます。

2.マネージャーとしての親
 マネージャーとは、ものごとが確実に成し遂げられるよう助ける存在です。目標は達成されているか、決められたことはきちんとなされているか、マネージャーが確認します。子どもは最初は自分で自分を規律する能力を持っていないので、外から訓練してもらう必要があります。マネージャーとしての親は、この訓練を与えます。成長に必要な事柄を、一つひとつこなしていけるよう手ほどきするのです。
 そのためには、有益なものを選んで与え、教え、しつけ、矯正し、懲らしめ、秩序を保ち、ライフスキルを身につけるよう助けます。子どもが様々なゴールに到達するよう努力するのを、日々監督します。

3.供給源としての親
 子どもは何も持たないでこの世に生まれてきます。どこに食べ物があるのか、どうやって風雨をしのぐのか、生活必需品を買うのに必要なお金はどうやって手に入れるのか、何も知りません。物資的ニーズだけでなく、愛情、知恵、援助、知識なども必要ですが、子どもはそれらを手に入れる術を知りません。
 子どもは、親を通してこれらのものすべてを受け取ります。子どもが命や生活の維持に必要な資源を、外の世界から受け取るためのパイプ役をするのが親です。まず、与えられたものを責任をもって用いることを学び、それから徐々に、自分のニーズは自分で満たすことを学んでいきます。このように、最初は親が供給源になって子どものニーズを満たしますが、最終的には子どもが自立できるよう導きます。

 アンダーラインのところに注目してください。親は未熟な段階の子どもに対して様々なサポートをすることで子どもを守ります。しかし、ただ世話をして子どもの欲求を満たしてやるのではなく、手助けをしながら徐々に手を放し、子どもが自分でものごとに対処できるよう導くことが求められます。そのさじ加減が難しいのです。そしてまた、そこに子育ての大きな醍醐味があるのですね。子どもは、親が育てたように育つのですから。

 キャメロンは、母親の子育ての変化に応じて徐々に変わっていきました。母親の側にあった動機が、徐々にゆっくりとキャメロンの側に移動していったのです。つまり、母親が散らかったキャメロンの部屋を見て「片付けなくては」と思うのではなく、キャメロンが「自分の部屋は自分で片づけなくては」と思い、それを自ら実行するようになったのです。

 親はつい子どもに手を差し伸べたり、子どもの代わりをしてあげたりしがちです。しかし、それが子どもの将来にとって望ましいことかどうかという視点ももちたいですね。助けるところは助けながら、徐々に自分でやれるように応援する。子どもの自立につながる子育てを実践したいものです。

H,S

 

2017.6.30 あなたの境界線(バウンダリー)は明確ですか?

 今回は、6月2日のバウンダリーに関する記事の続きです。子育てにおいても、自分自身の生活においても、境界線(バウンダリー)が明確であるかどうかは、親子関係や他者との関係をスムーズなものにできるかどうかのカギを握っています。

 親子関係や対人関係におけるバウンダリーとは、「ここからここまではいいけれど、ここからはダメ」という基準や線引きのことを言います。

 次の4つの絵を見てください。これらはいずれも子どもに対する行動の許容範囲を示す境界線です。どれが一番望ましいと思われるでしょうか。考えてみてください。



 1は、境界線がグニャグニャとあっちへ行ったりこっちへ行ったりしています。つまり、境界線が明確でなく、してよいことといけないことの線引きが明らかではありません。親の考えや対応が一貫性を欠くので子どもは混乱してしまうことでしょう。

 2は、子どもに与えられる行動の範囲が極めて狭く、限られています。何につけ厳しく制限されて自由がなく、窮屈な感じがしますね。こういう子育てをされた子どもは、他者に対してオープンな姿勢を欠き、さらには行動力や実行力の乏しい人間になってしまう危険性が高いでしょう。

 3は、子どもに与えられた行動の範囲が大きな丸で示されています。ある程度子どもに行動の自由が与えられているいっぽう、許される行動の範囲や基準が大枠で明示されています。こういう子育てのもとで育った子どもは、何事も自律的に判断して望ましい行動のできる人間に成長できるでしょう。

 このほか、4のように境界線自体が大変弱かったり、明確性を欠いていたりする場合も考えられます。こういう子育てを受けた子どもは、行き当たりばったりの行動をとったり、抑制の利かない野放図な行動をとったりする恐れがあると言えるでしょう。

 以上から、子育てにおいては「どこまで自由が許され、どこから許されないのか」を示す明確な境界線が必要だということがわかります。また、境界線の必要性は、保護者であるおとうさんおかあさん自身の対人関係の維持にも重要な働きをします。勤務先や友人関係、近所づき合い、学校のPTAなどで、周囲の申し出や依頼に対して「NO」と言えず、悩んだ経験はありませんか? これはバウンダリーが弱いために生じる問題です。このタイプの人は、子どものしつけや教育においても明確な境界線を引くのをためらいます。ですから、子どもを自主性や実行力に飛んだ人間に育てるには自分のバウンダリーを強化する必要があります。

 そこで、これからみなさんのバウンダリーがどのような状態にあるかを確かめてみましょう。次の1〜10の質問に、YESまたはNOで答えてください(いずれかに○をつける)。お迷いになる質問もあるかもしれませんが、その場合は敢えて即決でいずれかを選んでください。



 結果をチェックしてみましょう。YESは、できるなら三つ以内が望ましいです。YESが多い人は、境界線が明確でなく、自分の気持ちを押し殺すために毎日の生活でストレスをため込みがちです。逆に、NOが多い人はバウンダリーが強すぎる傾向にあります。このタイプのかたは、人間関係において対立が生じやすいことが懸念されます。

●ノーが極端に多い人
 家庭内でおかあさんのバウンダリーが強すぎるかもしれません。そうなると、おかあさん自身は自覚していなくても、しらずしらずのうちに家族が服従する形になっている可能性があります。今後は、もう少しお子さんやの気持ちをくみ取ってから態度を決めるようにすると、家庭の雰囲気はもっとよくなるのではないかと思います。

 ●YESが極端に多い人
 バウンダリーが弱すぎるきらいがあります。こういうかたは、日頃から家庭内でも家庭外でもストレスに悩まされがちです。たとえばおとうさんは、面倒なことはみなおかあさん任せで丸投げ、子どもは自分ですべきことまでおかあさんに頼って自立しません。このタイプのおかあさんは、「子どもに対しては、私がボスなのだ!」という意識をもつことが大切です。なぜなら、わが子に行動上の基本マナーやルールを植えつけるのは、親の大切な仕事だからです。ぜひ、がんばっていただきたいですね。

 なお、チェック項目に対する答えはYES・NOの2択ですから、実際よりも片方に偏っているかのような結果になったかたもおられると思います。あくまで参考程度というふうにご理解ください。

 以上からおわかりのように、境界線(バウンダリー)は強すぎても弱すぎてもよくありません。強すぎると、相手や周囲に無用の気遣いや服従、迎合を強いている恐れがあります。弱すぎると、子どもが自己抑制の利かない性格の人間に育つ恐れがありますし、夫婦間においても一方的に我慢を強いられることになりがちであり、ストレスに悩む毎日を強いられることになります。

 あなたのバウンダリーの現状はいかがでしたか? 次回は、バウンダリーの適切な引きかたをテーマにして書いてみようと思います。今回の話で、少しでも自分のバウンダリーに修正の必要性を感じたかたがおありでしたら、ぜひ読んでみてください。

H,S

 




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