読む力の再育成が必要な子どもへの対処

 前回は、研究者の調査データをもとに、大人が文章を読む速さは個々で随分異なることや、子どもの読みが急速に上達するのは小学校中~高学年にかけてであることをお伝えしました。私は学習塾で国語の学習指導を15年余り経験しましたが、小学生の読みの速さや精度は大人よりも個人差が大きいということを実感しています。人間一人ひとりに与えられた時間は平等です。同じことなら読みに要する時間は少ないに越したことはありません。また、中学受験をめざす子どもたちにとって、読みの速さや精度を高めることは学力形成上必須であり、成果に大きな影響を及ぼします。

 今、お子さんの読みの状態に不安をおもちではありませんか? そのような保護者は、今のうちに対処しておきたいですね。前述のように、子どもの読みが急速に上達するのは小学校の中~高学年頃です。お子さんがこの年齢期にあるなら、読みの習熟で多少後手を踏んでいても巻き返しは可能です。では、何をどうすればよいのでしょうか。それを考えるうえで知っておきたいのは、「この年齢期に読みの習熟が進むのはなぜか」ということです。それがわかれば対処法も見えてくるからです。

 小学校中~高学年頃に読みが急速に上達する理由。それは文字の正式な学習開始から文章を達者に読めるようになるまでに3~4年を要するからです。具体的には、小学校に入学した子どもは、まず一つひとつの文字の字形を学び、それらに対応する発音を照合する(声に出す)作業を繰り返します。そうして、文字と文字の組み合わせが言葉をつくり、さらには言葉と言葉の連携で文が成り立っていることを学びます。そうして、徐々に自分で本を読んでストーリーを楽しめるようになっていきます。この段階へ至るのが小2進級時の頃であり、黙読の態勢が整うのもこのころです。声に出さずに読む黙読は子どもの読みの負担を軽減するため、読書活動がどんどん活発になっていきます。それに伴い、3~4年生頃になると読みの熟達が加速度的に進んでいきます。音読よりも黙読が速くなるのもこの頃です。

 ここまで読んで、「あれ? うちの子は、もっと早くから黙読していましたよ」とおっしゃる保護者もおられるでしょう。無理もありません。大概の子どもは2~3歳から文字に触れています。ですから、黙読への移行も早いことでしょう。問題はその黙読の質です。読みの精度が低ければ読書から受ける恩恵もそれなりです。同じように本を楽しんでも、その本からどれぐらいの情報を得るかには随分個人差があります。たとえば、挿絵を頼りに筋立てや展開、結末に気を奪われた読みかたでは、読みのスキルは上達しませんし読書効果も限られてきます。「うちの子は本をよく読むのに読解力がありません」とおっしゃる保護者がおられますが、上記のような読みの欠点がもたらした結果でしょう。

 黙読に早く移行しても、読書をたくさんしても読解力が足りない。今、「その原因は読みのスキルが足りないからだ」とお伝えしました。読みのスキルが上達しない理由は、おそらくきちんとした音読練習をしていなかったためだと思われます。一般に「読む」というと、「黙読」(字面を目で追っていく読みかた)のことを意味しますが、この黙読の速さや精度を保障するのが音読です。なぜ黙読の前提が音読なのかというと、文字列を目でとらえて著述内容を理解する(黙読する)には、脳内で文字列に対応する読み(発音)をイメージする必要があるからです。というのも、音声言語の歴史はおよそ30万年あまりに及んでおり、生まれつき人間の脳には音声の言葉を理解する中枢が備わっていますが、いっぽうの文字言語の歴史はずいぶん浅く、文字の言葉を直接理解する脳内中枢はありません。そこで、文字列に沿った読みの声をイメージし、文字情報を音声情報に変換して理解しているのです。

 このことからおわかりかと思いますが、声に出して文章をスムーズに読めるようになれば、自然と黙読も連動して上達します。ですから、文章読解力が足りない、読みに手間取って時間がかかる子どもに必要な対策は、まずもって音読の練習をやり直すことだと思います。試しに、教科書か児童書を適当に選び、お子さんに「このページを躓くことなく、声に出して一気に読めるかな?」と問いかけ、やらせてみてください。一つも間違えずにスムーズに読める子どもは稀です。もう一つ、音読するときに一字一字をたどたどしく拾って読んだり(逐字詠み)、言葉と言葉のつながりに不自然な間合いがあったり(逐語読み)するお子さんがいますが、これも読みのブレーキになるし意味理解にも悪影響を及ぼします。

 上記は、読みの速さや精度を上げるための対策例です。何事も3ヶ月もしくは半年続ければ成果が目に見えてくると言われます。音読練習がまさにそれに当てはまります。一日15分程度で結構ですから、毎日練習をしてみてください。低学年なら、一文ごとに躓かずに読む練習から始め、一段落、一ページと伸ばしていきます。一ページよどみなく流れるように読めるようになれば、黙読も相当進歩していきます。なお、3年生頃までは逐字読みや逐語読みから抜けだせない子どももいます。そういう子どもは、文を長いスパンで見通しながら、意味の切れ目や句読点までを単位に一気に読み通す練習をしてください。叱らず、焦らずお子さんをサポートしてあげてください。これも3ヶ月やり続ければ相当な変化が生じます。

 もう一つ。黙読の速さや精度を高めるための練習ですが、子どもは読みながらついほかのことに気を奪われたり、意味の咀嚼を忘れて棒読みに陥ったりしがちです。集中して一気に読了する練習を意図的にすることをお勧めします。まず、適当な文章を2ページ分ぐらい選び、今のお子さんのペースで普通に黙読させて読了時間を計ります。それから、このときの読了時間より2割ぐらい少ない時間設定をし、一気に読み通す練習をしてみてください。お子さんに文意を理解しながら一気に読み通すことをうながし、より短時間に集中して読了する練習を繰り返しましょう。慣れとは恐ろしいもので、1~2カ月継続すれば確実に読みのスピードは速くなっていきます。

 すでに述べましたが、読むという行為は学習活動の中核にあります。読むのが速くて正確な子どもになれば、学習の時間効率は増しますし、なによりも学習対象の理解度が確実に向上します。もしもお子さんの読みに問題があれば、今のうちに改善すべくサポートしてあげてください。このようなサポートをしてあげられるのは、わが子が小学生までのことです。悔いの残らないようにしましょう。