子のイラストバックナンバー

2019.1.4

子どもの問題行動を招く
親の代表的パターン


 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 ご存知のように、今年は天皇の生前退位に伴って新しい年号に代わります。天皇の退位が4月末日ですから、新しい年号の施行は5月1日になるようですね。明治、大正、昭和、平成の次はどうなるのでしょう。無論、私にはわかりません。予想できるのは、このところの年号呼称の頭にあるアルファベットが、M・T・S・Hですから、これを避けたものになる可能性が高いことぐらいでしょうか。

 ともあれ、あと数カ月で時代は次の年号へと変わっていくことになります。このコラムをお読みくださっているかたの多くは幼稚園児や小学生の保護者でしょうから、平成生まれのかたは少数で、大半は昭和生まれであろうと思います。私など、同じ昭和でも前半ですから、次の年号と聞くとすっかり老け込んだ気分になってしまいます。冗談はともかく、新しい年号がよりよい未来の幕開けとなることを念じるばかりです。

 さて、今回は大学でカウンセリング心理学の研究をされている先生の著書にあった、「親の三つのタイプ」が引き起こす子どもの問題行動を話題に取り上げてみようと思います。まずは、その「三つのタイプ」を、上記の本の内容に即して簡略にご紹介しましょう。

(1)“家来型”の親
 “家来型”は文字通り、子どもの“言いなり”になっている親です。
「子どもがかわいい」「しつけるより子どもの言いなりになるほうが、子どもとぶつからずにすむからラクだ」この二つが“家来型”の親の心理です。
 家来型の親の例をご紹介しましょう。ある先生が、クラスの“荒れ”の中心になっている子どもの親を呼んで、状況説明をしたときの親の言葉です。
「そうでしょう、わかりますか、先生。この子、わがままでしょう~。家でも手をやいています。先生も大変でしょう。でもね、この子見てください。かわいいでしょう。私、しかれないんです。」
 しかし、いつも親が言いなりになっていると、子どもは自分の感情をコントロールできなくなります。たえず誰かにかまってもらっていないと不安で仕方がない子になってしまいます。

(2)“放任型”(無責任型)の親
 最近多くなったのが、“放任型”(無責任型)の親です。
 日本でも、近年離婚が急増しています。もちろん、離婚をしても子どもをきちんと愛せる親も多いのですが、小学生の子どもを家においたまま遊びに出かけて、夜遅くまで帰ってこない親もいます。そういう親の子どもたちは、とても心細くて寂しい思いをしています。
 いまの若い親の世代は“個人主義”が多くなっています。自分の仕事は大事だし、趣味も大事。自分の時間を大事にしたい……。気持ちはわかるものの、これが先に立ちすぎてしまうと、放っておかれる子どもたちはかわいそうです。そういう子どもは寂しさからいろいろな問題行動を起こします。

(3)“支配型”の親
 昔から日本の母子は一体化する傾向が強かったのですが、近年では、電化製品の発達により家事に手間がかからなくなり、母親は多くのエネルギーを子育てに費やすようになりました。
 “支配型”の親は、子どもを支配下に置き、自分の思い通りに育てようとします。子どもにはたえず厳しい要求を突きつけています。子どもにとっては親に喜んでもらうこと、認めてもらうことほど切実なことはありません。しかし、母親はいくらがんばっても「もっとがんばれ」と要求してきます。しかし、こうした状態に子どもが耐えきれなくなる時期がやがて訪れます。

 モデリングという言葉をご存知でしょうか。子育てにおけるモデリングとは、親の行動や様子を見ている子どもが、それを真似て同じような傾向をもった人間になることを言います。たとえば、親が上記いずれかの子育てタイプであれば、それが確実に子どもの性格や行動面に反映されることになります。親の養育態度は、子どもの健全な成長を引き出すうえでとても大切なことだと言えるでしょう。

 さて、上記の三つのタイプの親に養育された子どもの心理状態について考えてみましょう(上記の本の著述に基づいています)。

(1)のタイプ   親をいつも振り回し、愛情を与え続けてもらっている子どもは、常にこちらを向いてもらっていないと気持ちが安定しなくなります。したがって、たえず誰かに構ってもらっていないと不安で仕方がない子になってしまうのです。そして、しだいに「親がしっかり向き合ってくれていない。好き勝手にやらせているのは、ほんとうは自分と本気で関わるのが面倒だからなんだ」と察するようになります。その心理が表面化して問題行動を起こすのが思春期です。

(2)のタイプ   親に放っておかれがちな子どもは愛情に飢えています。そういう子どもは人から愛情をもらっても「もっともっと、こっちを向いて」となりがちです。そして、その寂しさからいろいろな問題行動を起こします。思春期になると、子どもには依存と反発心が顕著に表れます。親に妙に反発したかと思うと、子ども返りして甘えてきます。成長するためには、どちらも受け止めてやる存在が必要です。親がそれをしてくれないと、「どうしてわかってくれないんだ」と、反発はエスカレートしてきます。

(3)のタイプ   母親が支配型の親としてふるまう家庭では、もう一人の親である父親の存在感は希薄で、子どもから見ると心理的に不在の状態であり、母子密着の息苦しさの中で、たえず“よい子”を演じ続けなければなりません。しかし、“よい子”にとって母親は永遠にOKを出してくれない存在です。 そのうち、子どもの中に自己否定的なイメージが蓄積されます。母親の従属物のような自分を嫌悪するようになるからです。そして、“よい子”から降りるため、自分を取り戻すための“爆発”が起こります。

 この本の著者である大学の先生は、上記の三つのタイプの子育てに共通する要素として、「ほんとうの意味で子ども自身を大切にせず、どこか親の都合で育ててしまっているところがあることです。そのため、この三つの親に育てられた子どもの気持ちには、“寂しさ”と“自己嫌悪”があります」と述べておられます。

 親の子育ての間違いが表面化するのは、多くの場合思春期です。今、お子さんが幼稚園児や小学生の家庭では、代表的な三つの子育てに類似した過ちが自らの子育てにいくらかあったとしても、それがわが子の成長にどのような影を落とす恐れがあるのかを察知するのは難しいものです。しかし、いざ問題が表面化したときにはやり直しは困難になっています。今回の記事を参考にしていただき、自らの子育ての現状を一度振り返ってみてはいかがでしょうか。少しでも子どもの問題行動につながる子育て要素があったなら、今から修正を図れば未然に防ぐことができます。「今だからこそ」と思い、ぜひ実行してみてください。

 今回は、明るく希望のもてる話題でなくて申し訳ないのですが、子どもの病理現象の背景には親の子育てが関わっていることが少なくありません。しかしながらこのことは、年末の記事でお伝えしたように、「子育ては芸術である」ということと背中合わせの側面をもっています。わが子が親の期待に沿った素晴らしい成長を遂げるのも、問題行動を繰り返して人生の歩みを歪めてしまうのも、その背景には親の子育てがあるのですから。




H.S

2019.1.11

学力は才能で決まる?
それとも努力しだい?


 表題の問いかけを、もしもみなさんがされたとしたらどちらを選択されますか? 今回は、「才能か、努力か」を話題に取り上げてみました。そして、日本人のメンタリティのもつ長所を再確認してみようと思います。

 心理学の研究に「原因帰属」というのがあります。簡単に言うと、あることの原因を何に求めるか、その傾向を多くの人間を対象として調べることで、よい結果をもたらしたり悪い結果をもたらしたりするメカニズムを調べる研究のことを言います。

 たとえば、一定の能力を有する(学業成績でほぼ均等の)子どもを集め、「努力すれば報われる」と考える子どものグループと、「努力よりも才能で決まる」と考える子どものグループに分けます。このような考えを強化する働きかけを一定期間したのち、全員に解決困難な難しい学習課題に取り組ませます。そして、どれだけ多くの問題に取り組もうとしたか、どれぐらい粘り強く課題に取り組もうとしたかを調べます。そして、その結果を分析します。

 この調査をしたアメリカの心理学者によると、努力の価値を信じるグループの子どものほうが、できない問題が続いてもあきらめずに様々な工夫を凝らし、克服しようとする傾向が強かったといいます。いっぽう、「何事も能力次第だ」と考える子どもは、学力的には同じようなレベルでも、「自分には無理だ」と早めにあきらめるという違いが明らかになりました。

 「努力すれば報われる」という信念をもっていると、人間は簡単にはあきらめません。たとえ失敗を続けても「ほかの方法はないかな」「まだ頑張りが足りないんだ」などと、自分の状況を振り返ったり自らを励ましたりしながら粘り強く挑戦し続けます。しかし、原因を能力に帰属するタイプの子どもは、「自分には無理な課題だ」「問題が自分に向かない」などと、早々にネガティブな見極めをしてしまいがちです。こうした違いは、やがて1年2年後には、成績的にも、物事への取り組みにおいても、相当な違いをもたらすのは想像に難くありません。

 原因帰属の研究結果は、私たちの子育てにも大いに応用できるのではないでしょうか。努力を尊び、「努力すればやがて報われる」ということを子どもに教えるのです。ただし、ただ「努力しなさい」と頑張りを奨励するだけでは効果はあがりません。それなら、大概のご家庭でこれまで幾度となく試みておられると思います。重要なのは、「がんばったら報われた」という成功体験、それも大袈裟なものではなく、日常繰り返されている活動から得られる、ごく小さな成功体験をいかにして繰り返すかであろうと思います。つまり、勉強だけに限定せず、「何事も」という観点から子どもに浸透させるのです。

 毎日の家庭学習のなかから、ちょっとした行動のなかから、子どもに小さな成功体験の喜びや充足感を味わわせるよい材料を探してみましょう。勉強、スポーツ、趣味と、わが子にまつわる様々な活動をピックアップしてみましょう。

 ところで、お子さんは今何歳ですか? 私が勤務した学習塾で小学生の学習指導にあたった経験に基づくと、「何事も努力すれば報われる」ということを教えることの効果は、4年生の後半ごろから次第に薄れていくように思います。それは、子どもに自我が芽生え、自己の能力に対する評価が固着しはじめるからだと思われます。以前書いたことがあるかもしれませんが、この頃になると、テストでよい成績をあげた子どもに「やったじゃないか。実力を発揮したね」とほめても、「今回はまぐれです。どうせ次は元の成績に戻ります」といったような冷めた反応が返ってくるようになります。

 もしも私の経験に基づく考えが当てはまるなら、子どもに努力の重要性を教えながら成功体験の喜びや充足感を味わわせ、「がんばれば報われるのだ」という考えを浸透させるのは、小学校2~3年生までが望ましいと言えるでしょう。この年齢期までにわが子にたくさんの成功体験をさせるとともに、子どもに自己卑下を強いるような叱りかたを極力しないことが、わが子が先々前向きな人生を歩む人間に成長していくうえで大切なことであろうと思います。無論、わが子がいけない行為に及んだなら叱ることは必要です。しかし、子どもの性格や能力を否定するような叱りかたは百害あって一利なしです。

 私は長年中学受験の専門塾で仕事をしてきました。その間、数多くの子どもたちに接してきましたが、トップランクの成績をあげている子どもは、いつもより悪い成績を取ったとき、例外なく「成績が悪かったのは、ちゃんと努力しなかったからだ」と受け止めていました。そして、どこがいけなかったのかを振り返り、次のテストでは必ずと言ってよいほど挽回していました。こういう姿勢は、保護者のすばらしい子育ての賜物と言ってよいでしょう。

 努力すれば報われる。努力をすれば、その分だけ偉くなれる。――この考えは、日本を含む東アジア圏の国の子育てに共通するものです。何事も才能が高く評価されるアメリカでは、逆に「才能で何事も決まるものだ」という考えが根強く残っていると言います。この考えかたに早くから染まってしまうと、努力を放棄する人間になってしまう危険性があります。努力を信じる日本人のメンタリティの優れた点は、ぜひ継承していきたいものですね。

 受験に関わる仕事をしていると、「努力はきみを裏切らない」という言葉をしばしば目にしたり耳にしたりします。受験生が、この言葉を自らに語りかけながら士気を鼓舞している様子も目にします。その結果、見事に志望校合格を得ているケースが多数あります。自分の可能性を信じ、その可能性を現実のものにするための努力をするのですから、よい結果を得るのは当然のことだと言えるでしょう。努力の積み重ね、努力の繰り返しは、自らの脳を鍛え、人間としての成長を引き出すための決定打なのです。




H.S

2019.1.18

子どもは、
ほめてがんばらせるに限る!


 昔も今も、「子どもをがんばらせるには、よいところを見つけてほめることだ」と言われます。これは世の東西を問いません。西欧の教育書にも、「子どもはほめるべし」と異口同音に書かれています。あなたは、わが子をどれぐらいほめておられるでしょうか。

 以前ご紹介したことがありますが、低学年児童期までの子どもの学習意欲に最も大きな影響力をもつのは「賞罰」であるという、大学で心理学を教えておられる先生の研究結果があります。賞罰をより細分化すると、ほめること、叱ること、褒美を与えること、罰を与えること、などがあげられます。このなかで、圧倒的な影響力を発揮するのが「ほめること」です。

 無論、叱らなければならない場面もありますし、叱ることの効果もおおいにあります。ただし、叱ることの効果は、要所要所で使ってこそ得られるもので、たびたび叱られると、子どもはやる気や自信を失ってしまいがちです。では、褒美はどうでしょう。この方法ももちろん効果があります。しかしよく言われるように、褒美を予め提示されないとがんばらないようになる子どもが少なくありません。褒美に慣れると、褒美がないとがんばらなくなる、といった懸念も生じます。罰を与えるという方法は、欧米ではよく教育書などで紹介されています。しかしながら、罰にはかなり厳密に練られた「公平性」が求められます。子どもが納得する罰則のルール化が必要で、親子間での十分な話し合いが不可欠です。

 とは言え、叱る、褒美、罰などの方法を上手に活用し、子どものがんばりを引き出しておられるおかあさん(おとうさん)もおられることでしょう。もしそういう人がおられたなら、ぜひ秘訣を教えていただきたいですね。なお、私が知っている例に共通するのは、「子どもに親の愛情の深さがよく伝わっている」ということです。親が厳しい理由を子どもがよく理解し、必死でついていこうとしているケースをたびたび目にしたことがあります(お子さんがかわいそうではありましたが)。また、褒美についても、「親の愛情が感じられる褒美」なら害がありません。子どもの努力の様子が感じられたら、週末の晩ご飯のおかずに子どもの大好きなメニューを加えるといったことをされるおかあさんもおられます。これなど、ぜひ試していただきたいですね。

 さて、ほめることに話題を移しましょう。「お子さんを、もっとほめてあげてください」と申し上げると、「ほめようにも、全然ほめてやれるところがありません」という返事や、「ほめることなら、私自身意識してかなりほめているつもりです。でも、あまり効果は感じません」などの返事をされるおかあさんが結構おられます。

 おそらく、おかあさんの言葉にはウソはありません。ただし、子どもには「おかあさんにもっとほめてほしい!」という強い願望があります。このような子どもの気持ちに沿ったほめかたをされているかどうかが問題だと思います。そこで、子どもをほめるうえでの親の心のもちようについて参考になる考えをご紹介しようと思います。これは以前もご紹介したように記憶しているので恐縮ですが、有名な教育学者の言葉に次のようなものがあります(このコラム用に若干調整しています)。ちょっと読んでみてください。

 親はつい「がんばっていたらほめてやろう」となりがちですが、上記の先生によると、それではほんとうの教育とは言えないことになります。ほめるのは、子どものしたこととの交換条件などではありません。「ほめるのは、わが子をがんばらせるための親の務めである」と心得てください。また、わが子の何を見てほめるか」についても、子どもの行為の全てを対象にすべきでしょう。勉強やスポーツ、習い事、手伝いなど、目立つものだけに限定せず、子どもの心遣いやちょっとした行動も見逃さずに見届け、ほめてあげてください。それなら、ほめる材料はずっと増えますし、子どもの側も納得がいくでしょう。

 もう一つ、お子さんをほめることについて申し上げたいことがあります。「さっきほめたのだから、今ほめる必要はない」という考えかたは望ましくありません。子どもは、何回でもほめてもらいたいのです。そしてその欲求が満たされると、親に対する信頼と尊敬の気持ちを高めます。ほめられることに慣れて増長するなどということは決してありません。親はわが子に対して「贔屓の引き倒し」であってもよいのです。

 私が以前勤務していた学習塾で、何度か通学生の子どもたちに「おかあさんはよくほめてくれますか?」というアンケート調査をしたことがあります。また、おかあさんがたに、「お子さんをほめておられますか?」という調査もしたことがあります。その結果で気になったのは、おかあさんがたと子どもたちとの意識のギャップでした。

 おかあさんがたの大半は、「たびたびほめています」もしくは、「かなりほめています」という回答をしておられましたが、子どもたちのほうは、「よくほめてくれる」という回答もそこそこあるものの、「ときどきほめてくれる」や「めったにほめてくれない」といった回答がだいぶ多かったように記憶しています。なかには、「全くほめてくれない」という回答も意外と数がありました。「ほめる」ということに関しては、親の認識よりも「子どもが現状をどう受け止めているか」を優先しましょう。それが、子どものがんばりにつながるのですから。

 おかあさんがたには、「これからはもっとわが子をほめてやろう!」と決意していただきたいですね。そのことは、きっと今後の親子関係や子どもの将来の人生の歩みに大きな影響を及ぼすことでしょう。

 次回は、「効果的なほめかたの原則」についてお伝えしようと思います。よろしくお願いいたします。




H.S

2019.1.25

効果的なほめかたの
原則ってあるの?


 前回は、子どもをほめることの意味について話題に取り上げてみました。わが子をほめるのは、がんばったことへの対価ではなく、そもそも子どものがんばりを引き出すためにほめるのだという、教育学者の言葉をご紹介し、「子どもの日常の何気ない行為から、ほめる材料を見つけ出しましょう」ということをお伝えしました。

 さて、今回はわが子をほめるにあたり、留意すべき原則のようなものはあるのかということについて、もう少し掘り下げて考えてみようと思います。どういうタイミングで、どんなほめかたをすれば、子どもの奮起を引き出せるかといった視点から、保護者の方々に何らかのヒントをご提供できればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 以下は、私がいろいろな文献から参考になりそうなものを探し、ピックアップしてまとめたものです。参考になるものがあったら試してみてください。

効果的なほめかたの原則

・子どもの具体的な行為を指摘してほめる
 いちばん効果的なほめかたは、子どものしたことを具体的に指摘してほめるやりかたです。なぜかというと、子どもにすれば自分が何をしてほめられたのかが直接的に理解できます。「おかあさんは、こうすればほめてくれるんだ」とわかれば、それが自分の望ましい行為の基準になりますから、以後もほめたことの効果が継続されるでしょう。
 また、親が何をほめるべきかという問題ですが、できるなら子どもが努力したことや、他者への思いやりを発揮したことを指摘するとよいでしょう。それが子どもに自信を与え、行動に積極性をもたらします。このことを、他の何よりも基本中の基本にしていただきたいですね。

・子どもに「~な子」というレッテルを貼らない
 叱る際の「バカな子」「怠け者」といったネガティブなレッテル貼りは、どなたも望ましくないと承知されていると思いますが、ほめる際の「親切な子」「正直者」などという言いかたもレッテル貼りであり、望ましくありません。
 なぜでしょうか。親にそのようなほめかたをされても、子どもの側は「自分はそんな人間ではない」「たまたま親切にしただけだ」と思っているかもしれません。かえって心の負担になったり、プレッシャーを感じたりするおそれがあります。「優秀な子」「自慢の子」などとほめられ、やがてそういう人間を演じることに耐えられなくなって失速する子どもが少なくありません。

・子どもを一人前の人間として認めてほめる
 親が上からの目線で、「それでよい」「まあ、いいだろう」といったニュアンスでほめるのでなく、子どもを一人前の人間として認めたほめかたをするほうが、子どもによい影響を与えます。
 このほうが子どもの心に自信やプライドが生まれますし、行動に積極性のある明るいタイプの人間に育つでしょう。「まあ、この程度でよいだろう」「今回はほめてあげよう」などのほめかたをされても、子どもは内心うれしく思わないし、さらなる奮起を引き出す効果も生まれません。

・他と比較してほめない
 「きょうだいでいちばん~な子」「チームの誰よりも~している」といったほめかたは、レッテル貼りと同じでできるだけ避けたいものです。
 子どもは他との比較でほめられることを大変嫌がりますが、こういうほめかたをされると、そのときはうれしくても、以後は自分に対する評価が下がることを恐れる気持ちになりますし、絶えずプレッシャーに苛まれることになるからです。他者との「優劣」で評価されるのは大人でも嫌なものです。
 他と比較してほめられて育った子どもは、常に他者からの評価を気にする人間になりがちです。きょうだいでいちばん手伝いをしてくれる子であっても、「よく手伝いをしてくれるね。とても助かるよ」と、行為自体を指摘し、感謝の気持ちを伝えるほうが子どもにとってうれしいものです。

・最高のタイミングでほめる
 最高のタイミングとは、多くの場合子どもが望ましい行動をとったその瞬間です。どなたも経験がおありかと思いますが、幼児期の子どもは、何かをやり遂げたら輝くような笑顔でおかあさんのほうを振り返ります。「おかあさん見て、ひとりでちゃんとできたよ!」と真っ先におかあさんに見届けてもらい、ほめてもらいたいからですね。
 これは小学生の子どもでも基本的に変わりません。ですから、子どもの望ましい行為を見届けたら、すかさずその場でほめてやりたいものです。あとで思い出してほめてやったのでは、子どもの心に響く度合いが全く違ってしまいます。


 子どものがんばりを引き出すためにほめる。そのことを意識したなら、上記のようなほめかたは当たり前のこととご理解いただけると思います。

 親子は毎日生活を共にしています。つい、子どもに対する思いは、「何をしなくても子どもに伝わっている」と思い込んでしまいがちです。しかしながら、子どもはもっともっとほめてもらいたいのです。というのも、親にほめられることの繰り返しによって、子どもは行動の大切な基準を心に宿していくわけです。したがって、親が少々ほめたつもりでも、ほめた回数としては決して十分ではないのです。

 これからは、意図してわが子をたびたびほめてやりましょう。それはわが子に自信を植えつけ、親の望んでいる価値観に沿って、積極的に生きる姿勢を育むいちばんの方法なのですから。




H.S

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