中学受験が磨いてくれる貴重な能力

 前回は、中学受験の意義を子どもの才能開発という視点から考察してみました。自分にどんな適性があるのかを誰でも知りたいものの、大概はわからないまま大人になってしまうのが現実です。中学受験に備えた学習は、その糸口を見出だせる貴重な存在であることを多少の事例に絡めてお伝えしました。今回はその続きとして、中学受験準備の学習を通して、将来有意義な人生を送るうえで欠かせない有用な能力が養われることについてお伝えしようと思います。

 学校教育制度が整う日本では、子どもの大学進学率が6割に達しようとしています(59.1% 2024年文部科学省調査)。しかしながら、大学生の平均学力は低下の一途をたどっています。折しも、先の見えない経済の行き詰まりのもとで、大学卒の看板は威力に乏しく、実社会の要請に適った能力を携えていないと希望する職に就くのは困難な状況が訪れています。いざ将来の目標を定めようというとき、様々な職業の選択肢をもてるだけの能力を築いておきたいものですね。お子さんには、頭の柔らかい小学生のうちに、しっかりと勉強に打ち込む体験をさせてあげてください。そのためには、学びに向き合うための目標が必要です。それにピッタリ符合するのが中学受験ではないでしょうか。

 本コラムは、玉井式の創設者である玉井満代氏からのお声がけに基づき、小学生の子どもをもつ教育熱心な保護者、中学受験を志向されているご家庭の保護者に有用な情報をお届けするために設けたものです。今回はそれを踏まえ、中学受験をめざした勉強が、子どもたちの希望に叶った人生を実現するうえで果たす役割にスポットをあてて書いてみようと思います。中学受験というと、とかく進路確保の手段としての役割に目を向けられがちですが、実はもっと評価されるべきメリットがあります。
 
中学受験をめざした学習がもたらしてくれるもの

1.やるべきときに自然と体が動く能動性が身につく。
 多くの人間は、やるべきことが目の前にあってもなかなか行動に移せません。その理由は何でしょうか。あるイギリスの作家は、「人間にとっての至高の時間は、眼前にある重要なことを放って好きなことに現(うつつ)を抜かしているときだ」という趣旨のことを述べています。これは勉強の時間になってもゲームに興じる子どもの心境とまさに同じでしょう。この怠惰な人間の本性を克服するよい方法はないものでしょうか。それは、習慣づけに他なりません。毎日、決めた時間に自然と机に向かう習慣を子ども時代に身につけるのです。そのために必要なのは親の熱心な働きかけです。もちろん簡単なことではありません。親が一緒に学習計画を立て、取り組みの様子を見守り、他に気を奪われても叱らずに励まし、自発的に取り組んだら大いにほめる。この辛抱強いサポートが親の期待する行動を習慣化させ、子どもを変えていきます。そうなれば親の苦労が報われようというものです。ぜひ実践を!

2.中学高校、大学での学びの基盤を形成してくれる。
 中学受験の準備学習は学校の学習より高度で、理解よりも詰め込みや暗記を強要するもののように思われがちですが、そうではありません。どの教科にも社会に出てから役立つ要素がいっぱいあり、学んでいて興味深く奥深さを感じさせてくれます。たとえば、算数では僅か3行程度の文章に潜む課題のシチュエーションを見抜き、簡単な数式で解き明かします。それは公式を適用して解を得る中学以降の数学よりもはるかに征服感を感じさせるものであり、自己の能力に自信を与えてくれます。図形課題は直感や推理を通してバリアを突破するワクワク感を味わえます。国語の素材文はやや高度である代わりに面白いものが多く、様々な作中人物との出会い、新たな知見を得る楽しさを満喫する体験を提供してくれます。理科や社会で扱う内容は、ほぼ中学校レベルに匹敵しますが、自然界の事象や世の中の変遷・現状を扱う教科ならではの興味深さに引き込まれる子どもが少なくありません。これらの学習経験は、中学高校、さらには大学の学習に進んでいくうえで大切な基盤となります。

3.知的作業を支えるワーキングメモリが鍛えられる。
 人間の短期記憶の一種にワーキングメモリと呼ばれるものがあります。人間は様々な知的作業をする際に、記憶のストックから必要な情報を一時的に取り出し、目的とする作業を終えたら消し去っています。この機能をワーキングメモリと呼んでいます。家事を例にあげてみましょう。おかあさんは、鍋物を煮る作業をしながら、グリルから焼き魚を取り出すタイミングを頭の片隅に置き、さらには子どもを塾へ車で送る時間、ベランダに干した洗濯物を取り込む時間などを同時並行的に思い巡らすことがあるでしょう。 この作業を遂行するのがワーキングメモリです。学習にもワーキングメモリは欠かせません。算数の筆算の位取り、文章題で設定された状況のビジュアル化、文章を読みながらアウトラインを記憶に残すなど、様々な学習場面で重要な役割を果たしています。ワーキングメモリの働きが敏速で正確かどうかは、頭のよさをはかる尺度と言っても過言ではありません。このように考えると、中学受験対策の学習はワーキングメモリを鍛える格好の場であることに気づかされます。

4.現代社会を生き抜くために欠かせない諸能力が鍛えられる。
 中学受験準備の学習は、端的に言えばテストでの得点力を磨くためにあります。ところが、その過程でもっと重要な能力が育まれています。それは非認知能力と呼ばれるものです。テストの得点力は認知能力(数字ではかれる能力)を代表するものですから、なんだか意外ですね。具体的には、その日に何の勉強をどれだけ、どんな手順でやるかの段取りをするのも非認知能力です。決めたことを最後までやり通す力、どの方法を選択すべきかを判断する力、他者と互いの考えを通じ合わせるコミュニケーション力、辛さを乗り越え目標を遂行すべく粘り強く努力する力、自分ならやれるという自己肯定感・・・。これらもすべて非認知能力に他なりません。ただし、これらを鍛えるには子ども自身が主体的に取り組むことが前提となります。子どもの勉強に大人が過剰に手を差し伸べないよう配慮したいものですね。非認知能力は、AIに伍して自分の居場所を確保し、社会で必要とされる人間となるために欠かせません。中学受験の準備学習を大いに生かし、この能力を伸ばしておきたいものです。
 
 仕事をしていると、「この人は頭の回転が速くて、有能な人だな」と感心させられる人をよく見かけます。こういう人のなかに、中学受験の経験者、中高一貫の教育環境で学んだ人が多いのは偶然ではありません。頭が柔らかく、伸びしろの十分にある年齢期に頭脳を鍛錬する経験をしていたからです。中学受験は優れた教育環境を手に入れるための手段ですが、実はそのプロセスを生かせば、人生をより善く生きていくために欠かせない能力を磨くことができるのだということを、ぜひ保護者の方々に知っていただきたいですね。