中学受験と子どもの能力開発

 もうすぐ夏休みがやってきます。年間を通じていちばん長い休暇である夏休みは、キャンプ、プール、海水浴、テーマパーク、旅行、親の実家への帰省、等々いろいろと楽しみな行事が多く、「今か今か」と夏休みの訪れを待っているお子さんがたくさんおられることでしょう。

そんななか、夏休み中に学習塾へ通う子どもたちが一定数います。たとえば、普段玉井式の教室に通っておられるお子さんの多くは夏の講座にも参加されるのではないでしょうか。特に中学受験をめざすお子さんにとって、夏休みは学校と塾のダブルスクールに伴う負担がなくなり、受験勉強に的を絞れる貴重な期間です。長い休暇をうまく生かしたなら、通常ではなかなか得られない成果を手に入れることも可能です。無論、遊びたい盛りの小学生ですから、夏休みだからこそ可能な楽しみごともあるでしょう。上手に計画を立て、実り多い夏休みにしていただきたいですね。

お子さんが玉井式に通っておられるご家庭のうち、一定数は中学受験を目標に定めておられると思います。また、「どうしようか」と検討中のご家庭もあるでしょう。さらには夏の講座に参加し、わが子の取り組み状況を見て受験をめざすかどうかを判断するつもりのご家庭もあるかもしれませんね。今回はそのようなご家庭に向けて、「中学受験で得られるメリットは何か」についてお伝えしようと思います。「受験は進路決定のための必要悪でしかない」「小学生には酷ではないか」と思っておられる保護者に、新たな視点がお届けできれば幸いです。

 親であれば、誰しも「わが子が何に向いているのか」「わが子にはどれだけの才能があるのか」ということに関心をおもちでしょう。もしそれがわかれば、いち早くわが子の才能を伸ばすための手段を講じることができます。また、子ども自身、自分の進路選択で迷いがなくなります。しかし、実際はどうでしょうか。おとうさんやおかあさん自身、自分が何に向いているのかがわからぬまま、学校選択や職業選択をして今に至っておられるのではないでしょうか。仮に進路について具体的な希望があったとしても、多くの競争相手のなかからふるいにかけられ、希望が叶わないケースもたくさんあります。そうやって、自分の進むべき道が判然としないまま、大概の人間は年を重ねているのが現実です。

私はかれこれ40年中学受験指導の仕事に関わってきましたが、子どもにどんな才能が宿っているのか、どんな方面の仕事に適性があるのか、また子ども自身がどんな勉強に打ち込むべきかを教えてくれる存在として、中学受験は大いに着目されて然るべきものだと思っています。というのは、子どもに宿る資質・才能を見つけ出し、それを顕在化するには相応の負荷のかかる頭脳作業を経験する必要があります。それも1か月や2か月という短期スパンではなく、少なくとも1年以上の長期間にわたる取り組みが必須です。可塑(かそ)性が十分に残っている年齢期に、一生懸命何かに打ち込む経験を継続することで、眠っていた資質が浮き彫りになっていくのです。それにピタリ符合するのが中学受験への挑戦です。

少し例をあげてみましょう。それまで特別な勉強をした経験のなかった男の子が、5年生のときに友だちに誘われて私の勤務先の夏休み講座に通い始めました。すると、思考を巡らせて計算式を編み出したり、直感で決着をつける図形課題に取り組んだりするのが楽しく、無我夢中で様々な算数学習の体験をした結果、誘ってくれた友だちを含め、周囲の子どもの大半を抜き去るほどの成績をあげるに至りました。それがきっかけで彼は他教科の勉強にも積極的に取り組むようになり、地域最難関の私立一貫校に進学しました。この結果は、もともと彼に優れた算数適性があり、学校での算数学習を通じて基礎を習得していたからこそもたらされたものです。ですが、それだけでは彼の才能が芽吹くことはなかったでしょう。進学塾の夏の講座に通い、思考力や直感力を高いレベルで問われるような学習経験をしたからこそのことです。こうした経緯を知らない人は、「その子は頭がいいからだ」と通り一遍の解釈をするかもしれません。しかしながら、友達に誘われて新たな学習環境に足を踏み入れるという偶然がなかったら、全く別の進路を歩んでいる可能性が多分にあるでしょう。

逆に、算数に必死で取り組んだのに学力が伸びないまま中学受験を迎えた子どもがいます。私が国語指導を担当していた6年生のあるクラスに、国語だけ抜群にできるのに、他の教科の成績がさっぱりだった男の子がいました。ところが彼は「好きなのは算数です」と言うのです。ただし、いくら勉強しても成績が上がる気配は見えません。私は励ましを込めて、「きみは国語だけならトップランクの中学にだって受かると思うよ」と伝えました(実は、そんな思い付きの励ましをしたことはすぐに忘れました)。結局、算数に時間や手間をかけ過ぎたせいもあり、彼の入試は散々な結果に終わりました。

それからずいぶん年月が経過した後、偶然お会いした妹さん(当時大学生)から、彼がトップランクの国立大学の工学部に進学し、卒業後は石油プラント系の企業に就職して外国で暮らしているという話を聞きました。なんと、彼は算数・数学が好きだという思いを曲げることなく勉強に打ち込み、理系分野の学問を修めていたのです。しかも進学先は誰もがうらやむような大学です。中学受験をしたころの、あの一生懸命な取り組みは先々の大いなる成長の礎となったのでしょう。一つだけ受かった中高一貫校に進学後、彼は私の励ましをずっと忘れず、「国語ができるのだから、算数だって」と、ひるむことなく取り組みを続けたのだそうです。すぐに成果は現れなくても、やったことは確実にその人の能力を開発してくれる。そんなことを教えてくれる事例ではないでしょうか。

 話は変わりますが、たとえば数学がよくできる人の脳の神経回路の働きを調べてみると、シナプスの連絡網がすばらしい速さでやりとりをしているのかと思いがちですが、どんな人の神経伝達の速度もあまり変わらないのだそうです。脳内の血流は、むしろ能力の高い人ほど少ないのです。では能力の高い人はどこが違うのかというと、神経回路のつながりに無駄がなく、効率的に記憶の出し入れをしたり情報処理をしたりしている点にあります。いっぽう、能力的に低い人ほど脳内のいろいろな箇所が無駄に働いています。だから血流も多くなるのでしょう。

もしこうした能力差が生まれつきのものなら、努力しても無駄という結論が導き出されます。しかし、そうではありません。粘り強く継続的に取り組む経験によって人間の脳は変わっていくのです。試行錯誤の最中は無駄な働きをしていた神経回路が徐々に整理整頓され、効率的に働くようになるのです。また、「これをどうしても知りたい」という強い思いで思考を巡らす経験、あきらめることなく苦手な教科や単元の学習を継続する経験が、脳の神経回路に新たなシナプス結合を生み出し、それまで難渋した領域の学習が快適に進むようになるのです。それまで働くことのなかった遺伝子が、努力を継続した結果、稼働し始めるケースもあるということが脳科学者の著述にありました。そこに至るのは簡単なことではありませんが、上記で私がご紹介した事例にも合致するのではないでしょうか。ただし、嫌々取り組むのでは成果につながりません。単純な暗記の繰り返しややり込み主義の物量に頼った勉強も能力の拡充には寄与しません。子ども自身が正面から勉強に向き合い、「知りたい」「ものにしたい」という欲求に基づいた学習を継続する必要があるのは言うまでもありません。

この夏休み、お子さんの飛躍に向けて新たな一歩を踏み出しませんか? 最寄りの玉井式の夏休み講座に参加してみてください。そこで勉強から得られる楽しさや充足感に気づいていただきたいですね。そして、塾で取り組んだ課題の復習を通して家庭勉強の習慣を築きましょう。当面は基礎的なことを重点的にしっかりと身につけましょう。そうして、お子さん自身が率先して机に向かって勉強に取り組むような態勢を築きましょう。こうした流れを築き、勉強を子ども自身のものにしながら継続していけば、自らに備わった資質の開花に向けた準備が進んでいきます。それは努力を継続し、取り組み続けたからこそ得られるすばらしい成果なのです。