子どもの自己肯定感を支えるための視点
前回は、日本の子どもの自己肯定感を話題に取り上げました。日本の子どもは、世界的にみて学力水準はトップクラスにあります。それなのに、自分の能力を低く見積もっている子どもが多いことが国際比較調査の結果わかりました。今回は、「なぜこのような残念な現象が生じているのか」を考察しながら、子どもの自己肯定感を失わせない方法について共に考えてみようと思います。
前回のコラムの最後に、「日本の子どもは、努力しているからこそ自信をもてないのだ」といったようなことをお伝えしました。「努力がなぜ自信喪失につながるの?」といぶかしく思われたでしょうか。その理由の一つは、子どもの学力状態を相対評価で表しているからです。日本では、学校でも塾でもテストがしばしば実施されますが、その結果は全体順位・偏差値などで示されます。たとえば、「100名中、総合順位は〇〇番 総合偏差値〇〇」といった具合です。
この評価システムだと、1番の子ども以外は常に自分より成績上位者がいることになります。それをどう受け止めるかで、子どもの心理は随分違ってきます。かつて私が進学塾で担当していたクラスの男の子は、塾内テストで男子350名中3番を取りました。入試に向けた大詰めの時期でしたから、さぞ彼は勢いづくだろうと思いきや、なんだか浮かぬ顔をしています。以後、彼の表情はどんどん生気を失っていき、入試本番では第一志望から第三志望まですべて不合格になってしまいました。いったい彼に何があったのでしょう。実は3番を取ったとき、「つぎは1番よ。1番を取りなさい!」と母親にハッパをかけられたのです。わが子の好成績に勢いづかれたのでしょう。しかし、彼はそれまで親から発せられる期待に重圧を感じ、自分の能力に限界を感じていました。「あの成績はまぐれ。もっとがんばれだって?無理に決まっている」これが彼の偽らざる心境だったのです。
このような事態は何としても避けたいものです。自分の力を信頼する気持ちや、「やるぞ!」という意気込みがしぼんでしまうと、何をするにつけても結果は伴いません。どうしたらこんな事態を回避できるでしょうか。まずもって考えるべきは、相対評価の繰り返しの中でなし崩し的に有能感を失っていくパターンに歯止めをかけるべきです。テストには成績、評価がつきものですが、「全体のなかでの相対的位置づけ」に偏ると、努力の大切さは十分にわかっているはずの親でも、子どもの努力を認めてやらず、不満を漏らしたり叱ったりすることになりがちです。みなさんのおたくではそんな傾向はありませんか?これが繰り返されると、子どもは能力開花に向けてよい流れを築くことができません。親として理解しておきたいのは、どの子もがんばっているなかで下された評価だということです。成績は上がっていないように見えても子ども自身はずいぶん成長し、力をつけているのです。
わが子の小さな努力も見逃さないようにしましょう。以前より進歩している点に気づいたら、それを指摘して「努力はちゃんと報われるんだね」とほめたたえてやりましょう。「親はがんばっていたらいつだってほめてくれる。喜んでくれる」――そういった雰囲気が家庭内で定着したら、子どもも自信を高め、何をするにも意欲的になっていくのではないでしょうか。子どもが自信を失うのは、他者と比較され、自分のがんばりを認めてもらえないときです。親がわが子を見守る視点を変えれば、子どもは自信を取り戻します。小学生までの子どもは、親の対応ひとつで大きく変わります。子どもに、結果を恐れずやるべきことにぶつかっていく元気を吹き込んであげてほしいですね。
ここまで、子どもに対する評価の視点を変えることをご提案しました。つぎは、子ども自身の心のもちようについて、行動のありように関する視点から、親から子どもへのアドバイスするうえで有効だと思ったことをご紹介しようと思います。先日、新聞社系のサイトに興味深い記事が掲載されていました。ハーバード大学出身の日本人バイオリニストが、優秀な学生が世界中から集まるまさにグローバルな環境のなかで、どうやって自己肯定感を維持することができたのかということを語っておられました。その内容をかいつまんでお伝えしてみましょう(本コラム向けに多少表現を調整しました)。
上記のなかに、きっとみなさんのお子さんに適用できる点が見つかるでしょう。
勉強面で苦労を強いられたとき、「自分は勉強以外にもこれができる!」という自負があれば、それが困難を突破するエネルギーを与えてくれるでしょう。お子さんがいろいろな活動領域・人とのつながりをもっていたなら、勉強面で壁にぶつかっても自己信頼の気持ちを支えに状況を立て直すことができるでしょう。優秀なライバルをただ競争相手とみなすのではなく、そのライバルの優秀な理由を分析して自らに取り入れる姿勢があれば、自分を一層伸ばすことができるでしょう。さまざまな困難に遭遇したとき、それを乗り越えるうえで大きな力となるのは、「きっとうまくいく!」というポジティブ思考です。子どもの時期までは、それを親が授けてやることができます。自分のやりたいことをもっていると、それが生きていくうえでの軸を育んでくれます。
いかがでしょう。小学生のうちから自己肯定感を喪失してしまうと、自分を大きく伸ばしていけるはずの中学高校生という時期を生かすのが難しくなります。親の対処が必要なのはわが子が小学生の今のうちではないでしょうか。お子さんの現状をもう一度点検し、適切な手を打っていただきたいですね。