ピグマリオン効果って何?
みなさんは、「ピグマリオン効果」という言葉を知っておられますか? 一般の教育書などにもよく出てきますので、詳しい内容は知らなくても言葉自体はご存知のかたが多いことと思います。教師が「この子はすばらしい能力をもっている」と信じ、高い期待を寄せて指導すると、実際に学業の成績も伸びていく現象を意味する言葉です。
ずいぶん前のことですが、アメリカで小学校の先生と児童を被検者にした興味深い実験(教育心理学者のローゼンタールらによる)が行われました。実験者は、「ハーバード式〇〇検査」と適当な呼称をつけた知能検査を子どもたちに実施し、そのあとで検査に参加した一定数の子どもの名簿を先生に渡し、「この子らは大きく伸びる才能をもっています」と伝えました。ところが、実際にはテスト結果とは関係なく、無作為に抽出したリストに過ぎませんでした。この実験の目的は、教師が「この子らは伸びる可能性が高い」と信じると、教育効果に何らかの変化が生じるかどうかを調べるためでした。そして、およそ半年後に再び同じ子どもたちを対象にした知能検査が行われました。さて、その結果は?
驚くことに、「この子らは伸びる」と期待したグループの子どもの成績は、他のグループよりもずっとよかったのです。実験を行った学者は、教師の期待値が高いことで生じる教育成果を、ギリシャ神話に出てくる人物名にちなんで「ピグマリオン効果」と名づけました。ピグマリオン王が、自分の彫った女性像の美しさに魂を奪われ、「何とかして自分の妻にできますように」と念じていると、とうとう願いが叶って女性像が美しい人間に変じ、めでたく妻にできたという言い伝えに基づきます。「念じれば望みは叶う」というわけです。
似たような話があります。20年近く前、私がアメリカ発祥の民間教育団体の主催するワークショップに参加したときのことです。テキストに次のような逸話が紹介されていました。アメリカのある学校で、新任教師が校長から子どもの名簿を渡され、「大変な子どもたちだから、がんばってください」と伝えられました。実は、「大変な」は、「札付きでどうしようもない」という意味だったのです。しばらく経ったある日、顔色を変えた校長が新任教師のもとへやってきて、「きみはいったい何をしたんだ! 大変なことが起こっているぞ!」と大声をあげました。「きみはすばらしい! あのどうしようもない子らの成績がとんでもなく上がっているじゃないか!」「えっ、だってあの子らは突出した才能のある子どもでしょ? 名簿に135、137、138と、すごいIQ数値が書いてあったじゃないですか」「違う。あれは子どもらのロッカー番号だ!」という落ちでこの話は締めくくられていました。うろ覚えの話ですが、ピグマリオン効果をヒントにしたつくりごとだったのかもしれません。
ところで、教師が「この子らは有能だ」と信じれば必ず成績が上がるということが現実にあるでしょうか。たいていのかたは「信じ難い」と思うでしょう。ただし、子どもの成績向上には何らかの理由があるはずです。そこで、上記のような実験結果がなぜもたらされたのかを一緒に考えてみようと思います。下表は、ピグマリオン効果が生じる理由を分析した学者の翻訳資料を参考に作成したものです。そこから、わが子の学力伸長に向けた有益なヒントが見つかるかもしれません。
期待値が高い子どもへの教師の指導でありがちなこと
・ 子どもがちゃんと答えられなくても叱らない |
どうでしょう。いずれも子どもの能力がどうであれ、教師として当然実行すべきことばかりです。授業において子どもが間違った発言をしても、教師が子どもの能力を信じていればイライラしたり腹を立てたりしないものです。できるまで辛抱強く見守るでしょう。また、子どもに考えさせるための問いかけを多くするし、そのための工夫も怠らないでしょう。「この子らはきっと伸びるに違いない」という確信が、頻繁な声かけや励ましという形で指導にも表れます。また、有望な子どもに対する無意識の敬意が子どもへの言葉遣いにも表れ、不用意な失言をしたり、子どもの心を傷つけるようなことを言ったりしないものです。もしもテスト成績が突然落ちたりすると、その子の答案を丹念に点検し、何らかの原因を探り当てようとする教師もいることでしょう。
ところが、現実はどうでしょう。「どうせこの子らはできが悪いから、この程度でいいだろう」と、指導者として十分な準備もせず、垂れ流しの授業を繰り返している教師がいるかもしれません。指導者本人も気づかぬまま、そういった状況に埋没してしまうこともないではありません。私自身、子どもの能力を信じて最善の指導をすることの重要性を、今回のコラム記事の執筆を通して再認識したしだいです。学習塾で子どもたちの指導に当たっている若い担当者のかたがこのコラムを読んでおられたなら、ぜひご自身の現状を振り返ってみていただきたいですね。
また、このことは保護者の方々にも大いに参考になるでしょう。「うちの子は能力が足りない」と見限ってしまうと、子どもの努力を引き出すための働きかけが弱くなりがちです。「がんばろう!」という意気込みを子どもに吹き込む大切な役割が親にはありますが、そのことを忘れてしまい、「うちの子は全然やる気がない」と嘆いているかたはおられませんか? 小学生の子どもは、まだ長い人生の出発点を通過したばかりの年齢です。保護者におかれては、「うちの子は努力すればいくらでも可能性は広がっていくに違いない!」と信じ、粘り強く前向きにお子さんをサポートしてあげてくださいね。
子どもが遺伝で受け継いだ能力は個々で異なります。しかし、少なくとも高水準の大学に進学できるレベルの学力は、努力しだいでどの子どもにも備わります。「子どもの才能開花は、親の心のもちようと働きかけしだいなのだ」と信じましょう! ピグマリオン効果の本質はそこにあるのではないでしょうか。