児童期までに確かな学力基盤の形成を! その1

 前回は、小学校入学から中学高校卒業までを見通し、それぞれの年齢段階で望ましい学力伸長を図るにはどのような点が重要かについて概略をお伝えしました。言うまでもありませんが、高いレベルの学問も、出発点である小学校入学から一歩一歩積み上げていく基礎の上に成り立ちます。本コラムをお読みの方々の多くは小学生児童の保護者でしょう。そこでまずは出発点の大切さに鑑み、小学校低~中学年までの学力形成の重要ポイントをお伝えしようと思います。

①算数の基礎技能の習熟を図る。
 小学校入学から3~4年生までの算数学習の内容は平易で、「これぐらいなら簡単にできる」と思われる保護者が少なくありません。確かに掛け算九九や筆算で「明らかに躓いている」とわかるお子さんはわずかです。しかし、実際の習熟度は様々で、上級学年になってから十分にマスターしていなかったことが判明し、取り戻そうとしても後手を踏んで苦労するケースが多々あります。
 小数の割り算は多数の子どもが難渋することで知られますが、これは基礎計算能力の習熟が足りないからです。たとえば高学年対象の学力調査で、18.317÷23の計算問題(小数第二位まで求める)という問題がありました。その結果は散々だったそうです。小数を整数に直すことができないと計算不能です。さらにその先の「たてる」「かける」などの操作も不正確では到底正解は得られません。こうした問題の原因は、低学年時の計算操作の習熟の不徹底にあります。簡単に覚えられる、操作できることは思考不要なレベルまで習熟を徹底しておく必要があります。

②数の意味を具体的場面でイメージできるようになる。
 生活の中で登場する数には、長さ、広さ、重さ、順序、速さ、量など実に様々な側面があります。これを実際場面に照らしてイメージできない子どもが増えています。これは、計算力とは別次元の話で、言葉の意味解釈が不十分なためだと思われます。その意味では、生活体験も重要だと言えるでしょう。
 随分前、ある作家が息子さんに家庭で勉強を教え、中学受験をさせることを思い立ち、一生懸命指導した話が著書に紹介されていました。この息子さんは言葉が幼稚な点が気がかりだったそうですが、それが算数での足かせになり、サポートに難渋したそうです。たとえば、「ネギ5たば」という表現の意味が分からず、簡単な文章題に答えられないことがあったとか(親子ともども努力した甲斐あって、志望校に合格されたそうです)。このように、ごく簡単な計算式で答えられる文章題で躓く子どもは、状況設定が理解できないケースが多いようです。単純な計算ドリルばかりやっていると、こういった失敗に陥る可能性がありますので注意が必要です。

③理系科目で必要とされる感覚的素養を磨いておく。
 これまで何回かお伝えしましたが、数学や物理などの理系科目においては、感覚的素養がずいぶん成績に関与します。たとえば「図形」や「速さ」の単元においては、考えるより反射神経的な反応や識別の能力が求められます。こういった方面で働く知能は流動性知能(予期せぬ状況に対して流動的に対応できる知能)と呼ばれます。流動性知能は、幼少期から児童期前半までの遊びや学習を通して磨かれるもので、どんなに理系頭脳の高い人でも、ピークは15歳頃(中3頃)だと言われます。このときの最高到達値を上げるためには、適性年齢期までに必要な経験をしておくことが重要でしょう。
 男子にこの分野の能力は分があると言われますが、それは男女の遊びへの志向性の違いに起因する面も多々あります。たとえば幼児に様々な玩具を与えて自由に遊ばせたら、男子は動かすもの、組み立てたりバラしたりできるものを選び、女子はぬり絵や人形などの静かで色彩感のあるものを選択する傾向が強かったというアメリカの実験報告があります。玉井式のアニメーションを活用した教材は「最適な年齢期に感覚的素養を磨く」「女子の流動性知能発達に貢献する」という意味において、とても興味深い試みであり、実際に成果をあげています。下記の資料1をご覧になると、流動性知能の年齢に応じた発達の様子がわかります。今のうちにこの知能を活性化しておきたいものですね。

④3~4年生までに速く正確な黙読ができるようになっておく。
 読む力は学習活動に欠かせません。読むのが達者であることは、学力形成で圧倒的なアドバンテージになります。それなのに、子どもの読みの現状を知らない保護者が多いのは残念なことです。この場合の読む力とは黙読力のことですが、黙読は音声を伴わないため、親はわが子の読みの現状がわからないと思います。一度、何の本でも結構ですから、1ページほどお子さんに音読をさせてみましょう。音読が不得手な子どもは、例外なく黙読も下手です。黙読が下手な子どもは、活字の列から意味を取り出すのに難渋しますから、当然勉強面でハンディを抱えています。
 音読がなぜ読みの力のバロメーターになるのかというと、音読が正確でないと確かな黙読力は身につかないからです。なぜなら、そもそも人間の脳には音声言語の理解中枢しかありません。音声言語には数万年以上の歴史があり、脳に音声言語を理解する中枢は宿っていますが、文字言語には2~3千年の歴史しかないため、文字理解の中枢はありません。ではどうやって黙読が成立するのかというと、文字列に対応する読みを脳内でイメージし、音声言語に変換しているからです。その橋渡しをするのが音読です。ただし、音読の開始時期やかけた時間は個々で随分異なり、大半の子どもはいつの間にか黙読に移っています。これが子どもの読みの現状を掌握できない原因となっているのでしょう。
 十分な音読経験を経て黙読へ移行した子どもは、読書を積極的に楽しむようになります。音声というバイアスのない黙読なら速く快適に読めるので、読書はますます活性化し、読みの力が一気に高まることになります。この流れをうまく築くのが、児童期の学力形成の最重要ポイントです。今からでも遅くありません。ぜひ毎日少しずつでも音読練習を繰り返しましょう。
 資料2を見てください。10歳、11歳頃が語彙獲得のピーク年齢ですが、それは、低学年時の音読から黙読への流れがうまく進み、読書が活性化した証しです。低~中学年児童期の文字と読みの学習がいかに大切なものかをご理解いただけると思います。

⑤書く力をつけることも、低~中学年までの学習の重要テーマです。
 低学年児童で「書くのが得意だ」という子どもはほとんどいません。それは当然です。まだ筋力が乏しく、鉛筆を適切に操作することもままなりません。まして、頭に浮かんだことを、どんな書き出しで始めるか、どういう言葉で締めくくるかを考えながら書くなどということは、低学年の子どもにとって大変な難事であるのは疑いのないところでしょう。
 専門家によると、1年生はおろか、2年生になっても書くのを得意にする子どもは稀だそうです。ただし、2年生では意味不明な著述が減り、書こうとする意図が明瞭に伝わるようになります。そして、3年生のあるときから急速に書くのが達者になります。それは、書くことを辛抱強く促した保護者の努力の賜物です。おかあさんとの簡単な手紙のやりとりを子どもは喜びます。これは「目の前にいない他者に思いを伝えたい」という文字発明の原動力となった人間の願望と重なります。ぜひ、お子さんに「文字を書くっていいことだ」という実感を味わわせてやりましょう。

 今回は、低~中学年までの子どもの学習の技能的側面にスポットを当ててお伝えしました。次回は、学習技能と直接関わらない面で重要な低~中学年児童期の学力の土台形成の重要ポイントについてお伝えしようと思います。