読みの速度の個人差、性差、発達年齢期って?
今回は、学力形成の要となる読みの熟達のために何をすべきかを話題に取り上げるつもりでしたが、その前に、私たち大人を含め、人間個々の読みの速度や精度が随分違っているのだということをお伝えすることにしました。その理由を考察することで、読みの熟達に向けた流れをいつどのように築くべきかが明らかになると思ったからです。子どもと大人とでは、読みの速度が随分違いますが、子どもはいつごろから速いペースで読めるようになるのか、そのことについてもお伝えしようと思います。
筑波大学の佐藤泰正氏(1929-2021)の研究によると、大人でも同じ文学作品を読了するのに要する時間には相当な開きがあることがわかります。
右は、芥川龍之介の作品の一部(約4500字)を大人の被検者に「普段と同じペースで読んでください」という条件を伝え、読了に要した時間を調べた結果です。随分ばらつきがあることがわかりますね。
読み終えた後、全員に内容の理解度を調べる10の設問に答えてもらいました。その結果ですが、読了時間と正答率には特に明確な相関関係はなかったそうです。つまり、読みのスピードが速いか遅いかは、テストでの得点に大きな影響を及ぼすわけではないということが確認されました。ただし、読了時間は短いほうが時間の節約になりますし、テストで問題を解くための時間にも余裕ができます。それにしても、同じ文章を読み終えるまでの時間に、これほどの個人差があるとは驚きました。
これは私見ですが、読むこと自体がまだ十分安定軌道に乗っていない小学生の場合、時間がかかる子どもほど読みの精度も劣るために理解にも難渋することが想像されます。したがって、国語の成績が振るわないのは無論のこと、ほとんどの教科の学力形成で後手を踏むことになるでしょう。
今、「小学生は読むこと自体が安定軌道に乗っていない」と申し上げましたが、子どもが文字を正式に習い始めるのは小学校入学からです。そこから子どもの読みの速度はどのようなステップを経て磨かれていくのでしょうか。これについても、前出の佐藤氏の研究である程度明らかにされています。
下の資料をご覧ください。これは、小学校に入学したばかりの1年生から中学3年生までの読書速度を速読テストで調べたものです(被検者の数は不明)。テストは、小学校低学年用(1~3年)、小学校高学年用(4~6年)、中学校用の3種類が用意されました。「できるだけ速く、間違いのないようにやりなさい」という指示を与えて3分間取り組ませ、あとで1分間の読字数に換算されました。その結果をまとめたものです。本コラムでは、小学校低学年用と高学年用の例題をそれぞれ一つずつご紹介しています。3学年共有ということで、素材文の難易度は平等ではありませんが、大まかな傾向はつかめるでしょう。
この結果について、実験者の佐藤氏は次のような見解を述べておられます。
これから、小学校三年と四年の間は文章が難しくなっているにもかかわらず、進歩がいちじるしいことがわかる。小学六年と中学一年の間に進歩が少ないのは、テスト材料のむずかしさが影響していると思われる。それにしても、小学一年で平均100字台だったものが、中学三年では500から600字台になっている。この結果は平均してのことで、当然のことながら個人差がある。速いものと遅いものの差はかなりなものになる。
この資料からわかることのうち、中学受験をめざしておられるご家庭に着目していただきたいのは、小学校3年生から4年生にかけて子どもの読みの速度がすばらしいペースで向上することです。その意味するところを考えれば、受験準備の学習をスムーズなものにするうえで参考になるのではないでしょうか。小学校3年生は、語彙が爆発的に伸びる4~5年生の前段階にあります。そのことから類推すると、3年生頃から読書が活発化し、読みの熟達が進むとともに書物を通じて新たな語彙が獲得されていく流れが築かれるのだということがわかります。この流れをスムーズなものにしていくにはどうしたらよいのでしょうか。それは黙読力を支えるのは何かを考えればおおよそわかってくるのではないでしょうか。次回はそのことを少し具体的に掘り下げてみようと思います。
なお、一般に国語は男子より女子の成績がよいことが知られています。その理由としては女子のほうが語彙の発達のペースも内面の思考レベルの発達時期もはやいということが考えられます。みなさんもよくご存知のように、「男子は考えかたが幼稚で、語彙が少ない」と言われますね。学力が高いレベルにある男の子も、女子と比べると考えが幼い傾向があります。
読みの速度についての男女差を比較した資料が前出の佐藤氏の著書にありましたが、それによると、小学校3年生、5年生ともに、物語文にせよ説明文にせよ、読書速度は女子のほうが相対的に速いという結果が示されています。男子のお子さんをおもちのかたはこのことを踏まえ、「うちの子は読むのに時間がかかる」「考えが幼稚で心配だ」などと焦らないようにしていただきたいですね。
※上記資料および引用文は、「速読の科学 佐藤泰正/著」講談社 BLUE BACKS によります。