中学入試突破の第一段階は、国語の学習から

 このコラムをお読みの保護者の多くは、お子さんの中学受験を視野に入れておられるのではないかと思います。また、中学受験をすることは決めていなくても、興味はおもちの保護者もおられることでしょう。3月後半を迎え、学習塾では新しい年度の講座が始まっています。また、まもなく学校の新学期が始まります。こうした切り替えの時期には、お子さんも保護者もフレッシュな気分でやる気になっておられることでしょう。このスタート時こそ、これからの学習生活における重要な視点を定めておきたいところですね。そこで今回は、中学受験をうまくクリアするための前提となる情報をお届けしてみようと思います。

 勉強をするために不可欠なものは何かを考えてみましょう。言うまでもなく、どの教科の勉強も言葉を介して行われます。言葉に堪能かどうかが、勉強の成果に大きな影響を及ぼします。その言葉獲得に直接関与するのが国語という教科です。かつて国語辞典の編者であり、国語学者として知られた林四郎氏は、国語教育の役割として、つぎの三つをあげておられます。

 
1.教育の手段としての「ことばの教育」を行う。
 教育は、何の教育であれ、ことばを重要な手段とする。ことばが教育の手段として必要であるのは、ことばが人間同士の意思の伝達交流をつかさどるためのものだからである。
 
2.知識を支える手段としての、ことばの力を身につけさせる。
 教育の内容に知識は欠かせない存在である。その知識は、ことばを必須の媒介手段とする。どの教科にも知識が必要であり、その知識がことばを必須要素とするのであるから、ことばの教育は、どの教科の教育にも、基礎を提供する存在でなければならない。
 
3.ことばそれ自身によって創られる価値をつかみ取らせる。(文学教育)
 文学教育は、ことばで創られた価値の結晶である文学作品を表現・理解の両面で体得させる教育である。学習者が文学作品をつくることと、つくられた文学作品を理解することとができるように、学習者の能力を開発することが文学教育の内容である。
 

 
 以上から、国語教育は単なる一教科の範疇にとどまらず、教育を行うため、また、知識を獲得するための手段として欠かせない存在であるということがおわかりいただけるでしょう。

 私はかつて中学受験指導の現場で働いていましたが、言葉の習得がすべての教科の学習に多大な影響を及ぼすことを痛感させられたものです。たとえば算数のテストで躓いている子どもの答案をよく見てみると、国語力の不足に原因があるケースがしばしば見られます。複雑な計算問題は難なくこなせるのに、わずか2~3行の文章題に答えられないのです。出題内容を提示した文章の意味が理解できれば、計算式を立てるのはさほど困難でない問題であるにもかかわらず、文意を適切に把握できないために、その簡単な計算式を導き出すことができないのです。

 学者によると、大正時代には小学校の国語の授業は週あたり14時間もあったそうです。それが教育制度の見直しのたびに減らされていき、今日では週5時間前後しかありません。人間が最も言葉を拡充していくのは小学校4~6年生頃(下記に資料があります)なのですが、この大切な時期に国語の指導時間が少ないのは残念なことです。しかも、核家族が生活の基本単位としてすっかり定着し、少子化も限界レベルまで進んだ今日においては、子どもが言葉に触れる機会も減少の一途をたどっています。子どもの学業成就を願うなら、言葉を獲得する環境の劣化問題を解決するための方法を家庭単位で考える必要がありそうですね。

 ところで、言葉には「書き言葉」と「話し言葉」とがあります。教科書や学習塾での学びにおいて主に用いられるのは「書き言葉」です。書き言葉の習得が正式に始まるのは小学校入学からですが、それまでの「言葉」の主役は「話し言葉」でした。言葉の主役が話し言葉から書き言葉に移行していく流れは、幼稚園時代から進んでいきますが、小学校への入学後は急速に書き言葉が主役の座につくことになります。話し言葉中心の時代には、日常生活の場で言葉の先生を務めていたのは家族、それもおかあさんに限られると言ってもよいでしょう。そのおかあさんとの会話を通じて言葉を獲得する場合、語彙の獲得はゆっくりとしたペースでした。しかし、小学校入学後に書き言葉の習得が正式に始まり、自分で教科書や本が読めるようになると、がぜん言葉獲得のペースが上がっていきます。

語彙の年間獲得数の推移〈学年別〉

1年(6~7歳) 2年(7~8歳) 3年(8~9歳) 4年(9~10歳) 5年(10~11)歳 6年(11~12歳)
年間語彙
獲得数
1,271 2,305 3,602 5,448 6,342 5,572
語彙量 6,700 7,931 10,276 13,787 19,326 25,668
増加率 19.0% 28.9% 35.1% 39.3% 32.8% 21.7%

(阪本一郎氏の研究による)

 上記のような流れがスムーズに行われ、文章の内容を素早く読み取る力が養われれば、中学受験での勉強においても苦労することはありません。しかしながら、保護者の方々のなかには、読みの力は自然と身につくものだと思い込んでおられるかたもあるようです。上記の語彙獲得の流れは、文字学習の成果とリンクして読みのスキルが上達し、読書などを通じて語彙獲得がうまく進んでこそ実現するものです。

 語彙が増えると、それに連動して具体物を表す言葉だけでなく、豊かな感情表現を可能にする言葉、抽象的な意味合いをもった言葉の獲得が進みます。この流れをうまくつくれるかどうかは、中学受験準備の学習の進捗度にも大きな影響を及ぼします。ためしに、教科書に出てくる熟語で確認してみましょう。

国語の教科書に出てくる熟語の例

2年生頃 生活 電車 公園 元気 会社 遠足 五百円 月曜日
4~5年生頃 思考 関連 分類 改良 観点 事実 印象的 無関心

 

 このように、学年が上がっていくのに合わせ、抽象的な意味合いの言葉や概念を表す言葉が学習の場に登場する機会がどんどん増えていきますが、これらの習得がスムーズであるかどうかが学業の成績に直結する問題になっていきます。それは国語だけではありません。算数では「垂直」「平行」「面積」、理科では「回路」「直列」「変化」、社会では「産業」「生産」「災害」など、様々な抽象度の高い言葉が登場してきます。近年、こうした言葉の理解や使用に難渋する子どもが増えていることが教育界で問題視され、「9歳、10歳の壁」などと呼ばれています。この言葉の壁を上手に乗り越えることが、中学入試突破の鍵を握っているのは間違いありません。

 そのためにまずもって整えておきたいのが“読み”の力です。読むことに堪能な子どもになり、読書などを通じてどんどん語彙を拡充していく態勢を築くことで、おのずと抽象語や概念語の理解も促進されていくからです。文字数がかさみましたので今回はここまでとします。次回は、読みの力の底上げのために何をすればよいかについてお伝えしようと思います。