子どもの思考の変化と読書
しだいに秋も深まってきました。例年この時期になると、「そろそろ受験準備の勉強を始めたほうがいいのかな」と、中学受験のことを意識し始める保護者が増えてきます。中学受験の準備には、だいたい2~3年ぐらいかかると言われます。そこで、今回は小学校の3~4年生ぐらいのお子さんをおもちの保護者に向けた話題を取り上げてみようと思います。
受験勉強の成果を左右する要素の一つが子どもの思考様式です。4年生ぐらいになると、これまで主として具体的な事物や事象を表す言葉を用いてやり取りをしていた子どもが、徐々に抽象的な意味合いの言葉を理解できるようになり、生活の場でも用いるようになっていきます。これを裏づけるのが、小学校の国語の教科書です。3~4年生頃から抽象語の取り扱いが急激に増えています。それは、子どもの言葉と思考の転換期であることを意味します。子どもの思考レベルが一気に上がる時期なのです。
子どもの思考のステージが変化したことを示す事例の一つが、物事を一般化してとらえられるようになることです。学者によると、世界には物語の構成に共通の特色をもつものが多数あるそうです。たとえば、似たようなお話が3回繰り返されて、一つの物語を形成しているものが頻繁に見受けられます。これを「物語三回繰り返しの法則」と言います。上の兄が旅に出て不思議な魔法を使う老人に出会い、「何でも一つだけ望みを叶えてやろう」と言われて・・・。つぎの兄も旅に出て、同じ魔法使いに出会い、同じことを言われ・・・。さらに主人公(末っ子)も旅に出て・・・。といった形式の物語です。みなさんもご存知ではないでしょうか。

このような物語が世界中に自然発生的に生まれているのには、理由があるようです。子どもたちは、一つ目のお話を楽しんだら、二つ目のお話が始まると話の展開を予想するようになります。「やっぱり!」と結末を確かめたら、三つ目のお話はかなり踏み込んだ予想をもとに読んでいき、全て読み終えた段階で、三つのお話の根底にある共通のテーマに気づきます。「これは正直に生きなさいということが書かれた本だ」などの結論を導き出すのです。つまり、具体的な事象を一般化してとらえることができるようになったのです。こうしてみると、多くの子どもに読まれ、長く親しまれている物語は、子どもの内面の成長を促す大人の知恵が生み出したものだということがわかりますね。
ただし、どの子どもも同じように思考のステージを上げていくわけではありません。一人ひとり成熟に向けたスピードの違いがあり、同じ本を読んでも受け取る感想は違います。ある年、4年生の国語の授業で同じパターンのお話が繰り返される素材文を扱ったときのことです。通読した後、「この物語は、どんなことを伝えているのかな?」と子どもたちに問いかけると、元気よく「はーい!」と手を挙げたのはクラスのおよそ三分の一の数の子どもでした。表情には、物語の核心をつかんだ自信がみなぎっています。しかし、まだ気づいていない子どもも多数います。ちょっと着眼のヒントを言ってみたところ、かなりの数の子どもが「わかった!」と言わんばかりの笑顔で手を挙げました。残念ながら、全体の三分の一ほどの子どもは、まだ物語の核心部分には思い至らなかったようでした。
おもしろいのは、読みの成熟度に随分個人差があるのに、ほとんどの子どもが「この物語は楽しかった」という感想を示したことです。よい物語には、理解のレベルは違っても、子どもの心を引きつける魅力があるということではないでしょうか。
読書という仮の体験は子どもに多くのことを教えてくれます。そして、新たな語彙を授けてくれます。語彙が増えれば、それだけ多様な表現に対応する読解力も磨かれていきます。そして、子どもの思考力を伸ばしてくれます。黙読が安定し、読みの精度やスピードが上がっていく小学3~4年生の時期には、お子さんを大いに読書へといざなってあげてください。

右の資料をご覧ください。語彙の発達の様子を調査したものです。9~10歳の頃には、1年間で35~40%もの語彙が増加しています。小学校の中~高学年の時期は生涯で一番語彙が増加する時期であり、それを可能にしているのは豊富な読書によるところが大きいのです。
中学入試の国語では、いくつかの具体的な事例を一般化して言い表したり、一般論に適合する具体的な例を文章中から見つけ出したりする力が問われるような出題がみられますが、このようなタイプの問題を苦手にする子どもが少なくありません。中学受験をめざすにあたっては、子どもの思考のステージを上げ、抽象的な内容を取り扱った文章を読みこなせるようになるための準備をある程度しておく必要があります。その決め手の一つが読書です。ただし、読書は基本的に楽しむものですから、「受験対策のため」という意識は無用です。今のうちに、読書の楽しさをたっぷりと味わう体験をお子さんにさせてあげてください。
「わが子に国語の読解力、問題対処能力を身につけさせよう」と考える保護者のなかには、お子さんに素材文を一気に読み進め、問題にあたる練習をさせるかたがおられます。このような訓練型のアプローチは6年生になってからで十分です。早くから速読即解の入試対策に走るより、よい文章を楽しみながら読み味わう体験を通して、深い読み取りの力をつけておくほうが理にかなっているからです。そもそも、国語の文章題は読み取りの能力や思考力を試しています。問題を解く練習ではこの力を磨く効果は期待できません。
なお、男の子は長い文章を読むのを嫌う傾向があります。読書の楽しみを理解できるようになるまでは、親からは少々もの足りなく思えるような簡単な本を読むことから始めても構いません。女の子は、心の洗われるしみじみとしたストーリーが語られている物語を好む傾向がありますが、幅広いジャンルの本に触れさせてあげたいですね。ぜひ、お子さんと一緒に図書館に行き、子どもが興味を示すような本、今まで気づかなかったタイプの本を探してみてください。児童期に読書の楽しみを知った子どもは、一生読書を続けると言います。中学受験をするかどうかに関わらず、本を読む楽しみを味わわせてあげてください。

