真の学力は学ぶ楽しさによって育まれる!
児童期、特に3~4年生頃までの子どもは、遊びか勉強かを区別して考えず、面白ければ何にでも夢中になって取り組みます。そういう時期にこそ、頭を使って考えることの楽しさをたっぷりと味わわせてやりたいものです。このような体験を積み重ねた子どもは、いつまでも知ることを志向し、自分を高めることに熱心な人間に成長していきます。今回は、学ぶ楽しさを味わうことが、子どもの成長にどのような作用をもたらすかについて、ともに考えてみたいと思います。
①小学生の勉強は、楽しいものであるべきです。
あるとき、小学校3年生の男の子をもつ保護者から面談を申し込まれました。おかあさんは、いろいろ手を尽くしてもわが子の学習状況が好転しないのに業を煮やし、苛立っておられるようでした。お話を聞いていると、スケジュールに沿って毎日の勉強を管理し、その日の学習メニューをすべてやりきるよう厳しくチェックしておられました。しかし、3年生の後半になって勉強が難しくなると、その男の子は学力面でもメンタルな部分でもしんどくなり、無気力状態に陥った様子でした。「やらされ勉強」の限界が訪れたのでしょう。
そこで、「もう少しお子さんの自主性を尊重し、楽しく勉強できるよう配慮してあげたらどうですか」と申し上げました。すると、「先生、勉強は辛さに耐え、歯を食いしばってやるべきものです。そうやって、がんばっているうちに勉強の面白さがわかってくるんです。だいいち、無理にでもやらせないとうちの子は勉強しません」と、切り返されてしまいました。おかあさんの気持ちもわからぬではありません。しかし、この男の子は授業を始めて5分も経たないうちに集中力を失い、授業担当者の話を全く聞いていませんでした。その姿をご覧になれば、彼の状態の深刻さにお気づきになったでしょうに。残念なことに、彼の無気力状態はどんどん深みにはまっていきました。
小学生、とりわけ中学年頃までの子どもには、大人主導に偏った指導のアプローチは望ましくありません。それよりも、子どもに目の前の課題が勉強であることを忘れさせ、夢中になって取り組むような体験をさせることのほうが重要です。そうすれば自然と、好奇心が旺盛で、新しい知識を得ることに熱心な人間に成長してきます。勉強から遠ざかる人間などにはならないのではないでしょうか。
②勉強の楽しさを味わう体験が、自律的学びの姿勢を育てます。
児童期までの子どもは大人の働きかけに対して従順です。だからこそ、子どもの興味を上手に誘導し、「知りたい!解決したい!」という欲求を喚起してやりたいものです。そうすると勉強に向き合う姿勢が俄然能動性を帯びてきます。4年生などでも、面白い課題に取り組ませたときなど、ヒントを言われることを拒否し、自分で解決したがる子どもが見られます。そういうときの子どもの目は輝いており、おかあさんやおとうさんにぜひその様子を見ていただきたいと思うほどです。
だいぶ前のことですが、4年生の国語の授業で、その日のまとめとして発展的な課題に取り組ませていたら、いつの間にか授業の終了時間が迫っていました。そこで、「ちょっと難しいみたいだね。先生がヒントを出すから・・・・・・」と言うと、間髪を入れず「言っちゃダメ! 今わかりかけているんだから!」という甲高い声が教室に響き渡りました。誰の声かなと思って見渡すと、一人の女の子と目が合いました。彼女の表情があまりに真剣だったので、思わず「ゴメン、ゴメン。もうちょっと考えてみようか」と謝ったことを覚えています。
この女の子はとりたてて成績がよかったわけではありません。しかし、いつも楽しそうに授業を受け、「わかった人はいるかな?」などというと、真っ先に元気よく手を挙げていました。何につけても楽しそうで一生懸命。そうした彼女の姿は今も記憶に残っています。数年後、たまたまある私学に取材で訪れたとき、私を見つけて駆け寄ってきた数名の女子生徒がいました。そのなかに彼女がいて、初めて彼女がこの私学に進学していたことを知りました。あとで聞いた話ですが、彼女は5年生6年生とジワジワ学力を伸ばし、第一志望校だったこの私学に合格したそうです。ちなみに、彼女はやがて東京大学に進学しました。これも楽しく学ぶ姿勢を培ったことの賜物でしょう。
③学ぶ楽しさは、脳の発達とも深く関わっています。
ここまで、子どもに勉強の楽しさを味わうことの重要性についてお伝えしました。脳科学の知見にふれると、この考えの妥当性はより明確になります。人間が何かに興味をもち、「詳しく知りたい」「もっと調べてみたい」という欲求に駆られたとき、脳のどの部位が活性化していると思いますか? ご存知のように、大脳新皮質(前頭葉、前頭連合野)は人間の思考や情報処理を支えており、「知性の座」などと言われています。人間の進化とともにある新しい脳部位です。したがって、今の問いに対して「前頭葉だろう」と答える人が多いのではないかと思います。
実際はそうではありません。脳の最も古くて爬虫類脳とも言われる、情動を司る脳幹部の働きによるものです。人間の好き嫌いの判断は、情動の発露となる古い脳部位で行われ、それが新皮質(前頭葉)へとリレーされて様々な思考活動を促しています。つまり、人間の行動の主導権を握っているのは、知性のコントロールタワーとされる前頭葉ではなく、情動を司る古い脳なのです。なぜなら、古い脳ほど生命の維持にとって重要だからです。疑問を解決したいという欲求は、人間の生き残り戦略にとって、それほど重要な役割を果たしているのですね。
このことは、学ぶ楽しさを味わう体験の重要性を教えてくれるでしょう。楽しさ=快であり、その快の発信源は「古い脳」から湧き上がる感情です。それが子どもを勉強に向かわせるのです。つまり最も古い「感情脳」は、進化の過程で発達した人間の知性を司る「前頭前野」と対立するのではなく、密接に連携しています。子どもの頃に、学ぶ=快の感情を繰り返し味わうと、学びへの強い志向性が育まれます。それが活発な学習・探索活動を促し、知性の座である前頭前野の働きを刺激します。こうして鍛えられた前頭前野は、やがて知性の座としての本領を発揮し始めます。快・不快、好き・嫌いの感情を適切にコントロールし、TPOに応じた望ましい行動を選択してくれるようになるのです。
たとえば、「この勉強はちょっと辛いけど、できたときにはすばらしい充実感を味わえる。だからもっとがんばらなきゃ」というふうに、建設的な行動に導きます。ただし、そこに至るまでどうすればよいのかが親として悩ましいところでしょう。勉強とは楽しいものだという実感を、どうしたら子どもに味わわせることができるか。この問題については、またこのコラムで取りあげてみようと思います。まずは各家庭で、お子さんに勉強の楽しさに触れさせる努力をしてみてくださいね。

