学力開花に向けた土台形成 その2
前回は、先々の学力開花を見通して、児童期まで(特に3~4年生頃まで)に習熟しておきたい学習に関わる技能的要素を5つほど取り上げてご説明しました。ただし、身につけた学力が将来にわたって生かされ、充実した人生を送れるようになるには、技能的な側面だけに着目し注力するだけでは不十分です。では、どんな点に目を向けて取り組んだらよいのでしょうか。そこで今回は学習技能以外の視点から児童期までに配慮しておくべき事柄にスポットをあて、ともに考えてみようと思います。
① 確かな学習習慣を身につける。
学習習慣の重要性については今更言うまでもありませんね。勉強が習慣として定着すると、学力を計画的かつ着実に伸ばしていけるので、学力向上に向けた見通しを立てるうえで欠かせません。
習慣づけは、勉強以外の様々な取り組みに効力を発揮します。それは、決まった時間に特定の行為を繰り返していると、脳内に行動パターンの回路のようなものが形成され、体が勝手に動くかの如く同じ行為が繰り返されるようになるからです。子どもには勉強より楽しいことがたくさんありますから、「勉強は気が進まない。嫌だな」となりがちです。しかし、習慣として浸透するとこういった葛藤がなくなります。「やらなければ」といった重苦しい心理状態から解放されるのです。
もう一つ。わが子に「もっと意欲的になってほしい」と嘆く保護者が多数おられますが、ある教育社会学者は、「意欲に直接働きかけるより、先に習慣づけを!」と述べておられます。勉強の習慣づけの過程で、子どもは徐々に勉強の面白みに気づくようになるからです。頭を使って考える時間が定期的に設けられると、ふと、今までわからなかったことがわかるようになります。この体験が人間の好奇心や自己向上心を充足させ、学ぶことへの意欲向上につながるのです。習慣づけ、おそるべし!
ただし、問題は「どうやって習慣を浸透させるか」ということでしょう。親が勉強の時間やメニューを決めてあてがうと、子どもは「押し付けられた」と感じます。さりとて子ども一人で学習計画は立てられません。学校の宿題、他の習い事、塾の課題など、必要なことをリストアップし、食事の時間などの生活サイクルと照らしながら一緒に一週間単位で学習計画を練り上げましょう。低学年の場合、一緒にやるという形式で取り組みの継続性を高め、お子さんの様子を見ながら一人でやれる範囲を広げるとよいでしょう。そして、自分でやろうとしたときには大いにほめるなどのフォローをし、「決めた時間になったら机に向かうのが当たり前」になるよう、粘り強いサポートをしていきましょう。
② 勉強に対するプラスのイメージを浸透させる。
大人で「勉強が好きでたまらない」という人はほとんどいません。それでいて、勉強に熱心な人はたくさんいます。そういう人の心の内には、「勉強は辛い面もあるが、自分にとって必要なものだ」という思いがあるのではないでしょうか。どのお子さんも、そういう人間に成長してほしいものですね。
ところが、小学校の低学年の段階で、すでに勉強を嫌がる子どもが相当数いると聞きます。その原因の一つとして、保護者が「これをやりなさい!」「まだできないの!」と勉強を強要しているからだという指摘があります。私自身、このような場面を目撃した経験があります。親の願いは理解できるものの、アプローチの方法が適切ではありません。正式な学びの世界に参入したばかりの子どもには、「勉強って面白いものだ」「わかったときのうれしさは格別だ!」と感じる体験がまずもって必要です。なぜなら、勉強に対するよいイメージが心に形成されるからです。それがやがて高度な学びの段階に入ってからの前向きな努力につながります。
私が中学受験の指導現場にいたとき、成績上位層の子どもの大半は、難しい課題に対してひるむどころか自分から率先して取り組んでいたことを思い出します。難度の高い問題を大人に無理やりあてがわれ、汲々とした思いで取り組む子どもと、自ら難しい課題に挑戦する子どもと、どちらが将来が有望かは言うまでもありませんね。お子さんが課題に難渋していても、すぐに解きかたを教えたり、「まだできないの!?」と叱ったりするのは控えましょう。「そうか、難しい問題なんだね」と、まずは子どもの気持ちに同調してあげてください。そのうえで、一緒に考えたりヒントを与えたりしながら、自分で解決できるよう導いてあげてほしいですね。このようなサポートを受けて自力解決の姿勢を培った子どもは、勉強から決して逃げ出しません。ぜひ辛抱強く応援してあげてください。
③ 自己肯定の気持ちを携えた子どもになる。
児童期の子どもには、まだ大人のような行動規範が根づいていません。自分の行為がOKであるかどうかは、親が認めてくれるか、喜んでくれるかどうかにかかっています。
あるとき、担当クラスの男の子が、「ぼくはおかあさんにほめられたことがありません」と言ってきました。そこで折を見て彼のおかあさんに「息子さんをもっとほめてあげてください」とお願いしました。ところが、即座に「だって、ほめようにもほめるところが全然ないんです」と言い返されました。いろいろ欠点の目につく息子さんではありましたが、さすがにそのときは彼がかわいそうになりました。
幼児教育の専門家として著名な外山滋比古氏(故人・お茶の水女子大名誉教授)は、「わが子をほめるという行為は、よいことをしたことへの対価などではない。それでは教育にならない。ほめるという行為はわが子をがんばらせるためにあるのだ」と著書で述べておられました。わが子をほめるという行為は、無償の愛に基づく行為なのですね。親に信頼されているという実感は子どもに自信と勇気を吹き込みます。ほめることを忘れずに!
そのほめることについて参考になる話があります。最近、フィギュアスケートでメダリストを夢見る小学生の女の子を主人公にしたアニメが人気だそうですね。10歳からフィギュアを始めたためにハンディがある(4~5歳で始めるのが一般的)のですが、才能と努力で急速に上達していきます。彼女の躍進を支えていたのは20代後半の男性コーチでした。
このコーチは小学生でも一人前扱いします。また、うわべでほめるのではなく、子どもが練習で工夫したり努力したりしている様子を注意深く見守り、根拠に基づいてほめるのです。それも大げさなくらいに。これが子どもの奮起を促すのですが、このコーチもスケートを始めた年齢が遅くて大成できませんでした。自身の苦労や挫折と向き合い、「才能あるこの子を大成させたい」という強い願いが、適切で配慮深い指導につながっているのでしょう。おかあさんがたの子育てにも参考になる話だと思いました。
以上、三つの要素を取り上げてご説明しましたが、根本のところには親の期待と愛情に基づく辛抱強い働きかけが必須だという点でつながっています。それがあってこそ、わが子のがんばりや努力を引き出すことができます。親は大変ですが、何事も親しだいなのは小学生までのことです。今のうちに親としてできるサポートをしっかりとしてやりましょう。ときには後悔するような関わりかたをしてしまうこともあるでしょう。しかし、それは気にしなくて大丈夫です。日頃の一生懸命な関わりを子どもは見ていますから、親の真意が伝わらないはずがありません。わが子の成長に関われるのはあと数年。悔いの残らぬよう、毎日の子育てを大事にしてくださいね。