受験勉強の開始前に大切にすべきことって!?

 今年も受験シーズンがやってきました。年頭のコラムでは、中学受験生の子どもたちが入試本番で実力を発揮できるよう、保護者の方々がどんな声かけをしたらよいかについてアドバイスをお伝えしました。受験生のお子さん全てが、もてる力を存分に発揮されるよう心より念じています。

 ところで、本コラムをお読みの保護者のなかには、まだお子さんが小学校の低~中学年で、現段階では中学受験を検討中のかたもたくさんおられることでしょう。そこで今回は、このような保護者に、中学受験を意義深いものにするための秘訣についてお伝えしてみようと思います。受験というと、大概のかたは大学受験や高校受験をイメージされると思います。これらの受験は、人間としてかなりできあがった年齢期の受験ですから、保護者が関与する余地は多くありません。ほとんどの受験生は、自分の考えに基づいて受験の備えをし、得た結果をもとに進路を定めていると思います。

 しかしながら、中学受験の場合はかなり様相が異なります。対象者は、まだしつけの終わっていない小学生です。受験をめざすかどうかをはじめ、どの中学校を受験するか、どのような勉強で学力を伸ばすか、学校生活とどう両立させるかなど、受験に関わるほとんど一切のことを保護者がサポートする必要があります。昔から「中学受験は、親子の二人三脚でするものだ」と言われていますが、成長途上の小学生の受験ですから、親の負担が相当に大きいということは覚悟する必要があるでしょう。

 もう一つ。受験というものは希望する進路を得るために行うものですが、学校にとっては入学者選抜のために行うものです。選抜に漏れた受験生に救いの手を差し伸べてくれたり、受験後のフォローをしてくれたりすることはありません。しかしながら、親にとってわが子は世界で唯一無二の存在です。合格できなければ、人生が台無しになるような受験など受け入れられるはずがありません。そこで考えるべきは、受験をめざすプロセスをどうわが子の成長に生かすかという発想です。その意味において、保護者の方々に求められるのは、「結果第一主義の受験勉強に走らない」という受験スタンスではないでしょうか。

 もしも、受験生活を通じて子どもが勉強の大切さを知り、「勉強は、自分に必要なものだ」という認識をもつに至ったならどうでしょう。受験の結果はどうあれ(志望校合格の確率はきわめて高いです)、どんな進路を選んでも子どもの将来は大いに期待できるでしょう。そこで保護者に配慮していただきたいのは、今のうちに「勉強とは楽しいものだ。自分にとって必要なものだ」ということを、お子さん自身が感じ取れるような学習生活を実現することです。もしもお子さんがまだ低学年であれば、日々の学習生活においてはそのことを最優先にお子さんをフォローしていただきたいですね。

 無論、勉強は楽しいばかりではありません。特に一定水準を超える学習の段階に至ると、むしろ辛く感じることが多いものです。中学受験をめざした勉強も同様で、仕上げの段階に至るとかなりハードな勉強を乗り越えなければならなくなります。まして、人気校の受験となると、質量ともにハイレベルで厳しい勉強が求められます。しかし、勉強のよさをたっぷりと味わってきた子どもは最後まで辛さにへこたれることはありません。つぎのイラストを見てください。AとBのどちらが受験生として好ましく映るでしょうか。子どもの将来が楽しみでしょうか?

 二つを見比べたなら、ほとんどのかたがBのほうを選ばれるでしょう。理由は明白です。Bは、子ども自身が勉強を必要なものだと受け止め、自ら士気を鼓舞して難問に挑戦しています。これなら、受験後も慢心せずに勉学に打ち込み、より高みへと自分を導いていけることでしょう。いっぽうのAは、大人の指示や圧力で勉強しています。これでは受験に合格しても、その後の人生を子どもが自分で切り開いていけるかどうか心配になります。私は、Bのような取り組みを実現している子どもをたくさん見てきました。これはおとうさんおかあさんの子育ての賜物でしょう。こういう受験勉強ができるようになった子どもは、受験の結果がよいだけでなく、どんな進路を辿っても(中学受験で多少の不運があったとしても)先々の人生を逞しく生き抜いていけることでしょう。

 無論、いきなりBのような取り組みのできる子どもはいません。ポイントは、受験勉強以前、受験勉強初期の段階までに勉強のよさに触れ、「勉強って楽しい!」「やり遂げたあとの充実感がたまらない!」といったように、勉強に対するプラスのイメージを築けるような体験をしていたかどうかであろうと思います。このような体験を経て高学年に進んでいく過程で、子どもは自らに厳しい勉強を課していくことを厭わない人間へと成長していくのです。

 最後に、勉強の楽しさやよさを子どもに実感させる体験がなぜ必要かを、脳の仕組みからご説明しましょう。「これは好ましいものか」「嫌なものか」など、第一印象に基づく価値判断は、大脳辺縁系にある扁桃体と呼ばれる古い脳部位が司っています。いったん入力した情報を細かく分析し、「ほんとうに必要か」「どう生かすべきか」などの判断をするのが、より高次の脳部位である後発の大脳新皮質(前頭前野)と呼ばれる部位です。どちらの優先順位が高いかというと、古いほうの脳部位です。その理由ですが、食うか食われるかの時代(太古の昔)を生き残るうえで、動物にとって何より重要なのは、「危険か、安全か」や、「好きか、嫌いか」などを瞬時に察知することだったからです。その機能をもたなければ、人類はとうの昔に滅びてしまったことでしょう。

 以上を踏まえると、まずは、「勉強は楽しいものだ」という印象を築いておくことが大切だとわかりますね。そこをうまく通過すれば、やがて「勉強は楽しいばかりではない。苦しいこともある」ということを実感させられる場面に出くわしても、勉強から逃げ出すことはありません。前頭前野がよい第一印象に基づいて勉強の価値判断を形成しているため、「辛いけれども必要だからやるべきだ」と子どもの前向きな行動を促してくれます。わが子を自立した知性派の学習者に育てるコツはここにあるのだと言っても過言ではありません。

 さきほどのイラストのBでみられるような勉強の取り組みは、勉強に対するプラスの観念を浸透させる体験をくり返した成果と言えるでしょう。「まだ小学校の低学年なのに、勉強嫌いの子どもがたくさんいる」という話を耳にしますが、これは周囲の大人から勉強を強要されたり、勉強のことで叱られたりする経験が繰り返された結果だという指摘があります。「がんばってほしい」という親心はどなたも同じ。重要なのは、わが子にどう関わるかを考え、工夫することではないかと思います。そのための手段や判断を誤らないことが大切でしょう。

 次回は、勉強を前向きに受け入れた子どもにするための方法について共に考えてみようと思います。