入試結果は不平等、でも努力の成果は誰にも平等

 2月も半ばを迎え、全国各地で行われていた中学入試も幕を閉じようとしています。一人でも多くの受験生の夢が叶ったことを念じるばかりです。

 入学試験は入学者を選別するためのものです。当然ながら、進学の夢が叶った受験生もいれば、叶わなかった受験生もいます。では、希望通りの入試結果が得られなかったなら、受験は無意味だったのでしょうか。そんなことはありません。受験生活を通して、子どもたちはたくさんのことを学んでいます。受験をめざしたからこそ身についたものはいっぱいあるのです。努力はうそをつきません。合格か否かに関わらず、それぞれの努力に応じて成果はもたらされているのです。それが成長途上にある小学生が受験することの大いなる価値だと私は思っています。

 ある年、かつて指導を担当した男の子(中学2年生)のおかあさんが突然訪ねてこられたことがあります。「確か、彼は受験した中学校に受かっていなかったっけ。どんな用事なのだろうか」と、少しばかりうろたえながら応対しました。すると、おかあさんは「受験は残念な結果になったんですけど、おたくの塾に通わせた成果が後になってよくわかりました」とおっしゃるではありませんか。

 そのおかあさんの息子さんは、公立の中学校に進学したのだそうです。しばらくは落胆の気持ちが尾を引いたものの、しだいに立ち直り、やがて学年でトップの成績をあげるまでになりました。そして、先生にも、クラスメートにも一目置かれるようになりました。その理由はすぐに思い当たりました。授業の前に下調べをする。授業に集中し、疑問点を解決して家に帰る。家では必ずおさらいをする。この勉強方法は中学受験をめざした生活で身につけたものでした。彼にとっては当たり前のことでも、大半の生徒はそれができないのです。よい成績を収められたのは当然のことでした。

 彼には何歳か下の弟がいました。それでおかあさんは来られたのだそうです。「下の子も、おたくの塾のお世話になろうと思っています。それで、とりあえずご挨拶にと思って」とおっしゃいました。学習塾に勤務する者にとって、家庭からお預かりしたお子さんを合格へと導くのがいちばんの仕事です。それができなかったのに、お礼を言われるのは面はゆいことですが、「ありがたいな」と思わずにはいられませんでした。進学の夢が叶ったものの、しばらく遊んでしまったために後で苦労する子どももいます。それなら、彼のような経験をすることも決して無意味ではありません。むしろ、辛酸をなめたほうがよかったとさえ言えるでしょう。

 未完成な段階の子どもの勉強は、とかく空回りしがちです。ある年、担当した6年生が「算数がいちばん好きなのに、なぜかテストではさっぱり点が取れない」と嘆いていました。確かに、よくがんばっているのに、算数だけ極端に成績が振るわず、「これでは志望校合格は難しいな」と思っていました。いっぽう、彼は読書好きだったせいか、国語の成績は常に上位者に引けを取らないほどでした。「きみは、国語だけなら〇〇中学(地域最難関の私学)にだって合格できる力はあるよ」と、いささか気休め的な励ましの言葉をかけたことを思い出します。

 入試では、案の定志望校合格の夢は叶いませんでした。それきり彼のことは記憶から消えていたのですが、随分経ってから彼が旧帝国大学の工学部を出て、石油プラント系の企業に勤め、外国で活躍しているという情報を得ました。中学受験をしたころには、テスト成績に結びつかなかった算数力は本物だったのです。まったくわからなければ、興味をもてなければ算数を好きになるはずがありません。実は、長い間日の目を見ることのなかった努力が、ある段階で一気に花開くことがままあるのです。才能開花までのタイムラグが長いタイプの子どももいるのです。あきらめずに努力を続けると、彼のように後発で伸びていくこともあるのですね。そのことも、ぜひこのコラムを読んでくださっている人には胸に留めていただきたいと思います。

 上記二つの例は、進学の夢実現のための手段としての中学受験に、違った角度からの光を当ててくれるのではないでしょうか。中学受験をめざして努力を積み重ねたことで、先々の能力開花に向けた準備が整うのです。よく考えてみると、こちらのほうがより重要なことのように思えます。みなさんはどう思われるでしょうか。受験勉強には、中学進学後、学力を伸ばしていくうえで必要とされる要件を整えてくれる、そういうメリットがあることもぜひ知っておいていただきたいですね。以下、中学受験を通して誰にも平等にもたらされる収穫を列挙してみました。

中学受験がもたらしてくれるもの

・ 宿題をいつやるかを考え、自己管理しながらこなしていく姿勢が身につく。
・ 授業前に下調べをし、「何が知りたいか」を明確にして授業に臨む姿勢が身につく。
・ 授業の後、復習をして疑問点に決着をつけておく姿勢が身につく。
・ テスト前にしっかり準備をし、テスト後には振り返りをするのが当たり前になる。
・ 中学進学後の学習の基盤になる基礎が身につく。
・ 自分が好きな分野は何か、自分の適性は何かが明確になる。
・ 自分の長所や短所を具体的に知ることができる。


 他にもいろいろありますが、これぐらいにしておきましょう。リストアップしたポイントは、受験で志望校合格が得られたかどうかとは関係なく、受験をめざして一定の努力をした子どもたちすべてに与えられる収穫です。一つ一つ点検してみてください。いずれも、長い学びの人生を支えてくれる大切なものばかりです。

 受験をするとなると、どうしても「合格しなければ意味がない」「何としても子どもの夢を叶えさせてやりたい」と、大人は思い込みがちです。しかしながら、子どもの長い将来を見通したなら、中学受験はそのプロセスにも大いなる意味があります。それを大切にしたうえで「いかにして合格を得るか」を考え、サポートすることが大人に求められるのではないでしょうか。そういう受験に失敗はありません。子どもの長い将来を見据えましょう。