家庭内の言葉遣いと子どもの知力の関係
「いつまで続くのか」と思われた夏の暑さからやっと解放され、心地よい秋の風に癒されるこの頃です。とは言え、やっと手に入れたしのぎやすい気候は長くは続きません。朝夕は、早くも寒さを覚えるようになりました。今のうちにベストシーズンを満喫しておきたいものですね。

9月24日掲載のコラムで、「親子の会話」に対する認識が親と子どもとでは異なっているのではないかということをお伝えしました。子どもは親との楽しい会話のやり取りをすることで心を充足させ、ものごとに取り組む意欲を育むことができます。ですから、子どもが望む親との会話は心の弾む言葉のやり取りをするものなんですね。しかしながら、親は子どもと一緒の時間があるとつい日頃の子どもの行為に注文をつけることに費やしがちです。これでは子どもの望む会話は成立しません。そのことを踏まえ、親子間の会話のありかたを見直していただけたら幸いです。
もう一つ、親子の会話について重要な留意事項があります。それは、「家庭内の会話でどのような言葉を使用しているか」ということです。児童期の子どもにとって、言葉を磨くいちばんの場所は家庭です。そして、言葉の先生・師匠たる存在は言うまでもなく親(主としておかあさん)です。この家庭内会話の実態が子どもの思考やコミュニケーション能力の発達に大きな影響を及ぼします。
何十年も前の話になりますが、イギリスの教育社会学者(ロンドン大学のバーンステイン教授)が「家庭の会話が子どもの知的発達にどのような影響を及ぼすか」について大がかりな調査をしました。富裕層と貧困層が階級として固定されてしまう原因はどこにあるのかを研究するためでした。そして、彼が下した結論は、「階級の固定化の主原因の一つは、家庭内の言葉の使用状況の違いである」というものでした。大まかにではありますが、この説についてご説明してみましょう。

どちらの会話タイプが好ましいでしょうか。言うまでもなくBです。ただし、なかには「Aのほうが親しみを感じる」とおっしゃるかたもあるでしょう。それはそれで一理あります。つまるところ、良いか悪いかの価値基準ではなく、「どちらが子どもの知的成長に寄与するか」という問題なのだととらえるべきでしょう。では、なぜBタイプの会話が子どもの知的成長にとってプラスに作用するのでしょうか。
1.長いセンテンスで語彙の豊富なほうが、自分の考えを詳しく伝えることができる。
子どもだけでなく、大人でも長いセンテンスを用いた会話をしようとすると脳に負荷がかかります。短くサッと言い表したくなります。しかし、自分の思いを丁寧にしっかりと相手に伝えるには、相応の情報量が必要ですし、それをぶつ切りの言葉で伝えるのは不可能です。子どものころから長いセンテンスを使って自らの思いを丁寧に伝える経験を積んでいると、やがてそれが当たり前のようにできるようになります。当然、複雑な構文を使っての表現(経験則的に習得する)も身につきますし、使用する語彙も豊富になりますから、より高度な言葉のやり取りや細やかな表現もできるようになるでしょう。
2.代名詞を多用すると、状況に依存した会話になりがちである。
「こそあど言葉」は会話において大変便利です。そのものの名前をいちいち言わなくても、何のことなのかが相手にたちまち伝わります。「これ、便利だね」「それって、冗談でしょ」「あれを、もってきて」「いったいどれがほしいの?」など、代名詞は日常の親子間の会話で絶え間なく用いられています。しかし、この表現は相手が目の前にいてこそ使えるものです。状況を共有していない人には何のことかわかりません。また、親しい間柄だけで通用する省略表現も公の場では通用しません。不特定多数の人の前でも、何を言おうとしているのかがきちんと伝わる表現ができるようになるには、事物の名をきちんと言って会話をする習慣も身につけておくべきでしょう。
3.感情的な表現よりも、論理的な表現のほうがコミュニケーションを取りやすい。
家族、それも親子となると、互いに遠慮が要らないことから、感情むき出しの言葉が飛び交いがちです。しかし、そういう言葉に偏って生活していると、多くの人と思いを共有する必要のある場でのコミュニケーションに支障をきたしてしまいます。論理に基づく、誰が聞いていても思いが伝わるような言葉遣いに慣れておくことも必要です。そもそも、高度な内容の話題を扱い、何を伝えたいのかが互いにわかるような会話をするにあたっては、感情を抑えて冷静に伝えるべき言葉を吟味しながら話すことが求められます。それは、日頃から論理に基づいた話しかたを心がけていないと不可能なことです。
以上から、なぜBタイプの会話のほうが子どもの知的発達にとって好ましいのかがおおよそおわかりいただけたのではないでしょうか。学校で先生が用いる言葉は、大概はBタイプの会話様式に基づいています。したがって、Aタイプに偏った会話で育った子どもは、先生の言っていることがよくわからないという事態にもなりがちです。冒頭でお伝えしたように、Aタイプの会話のほうが親しみやすいですし、ましてや家族間の会話となると、Aタイプのような会話に偏るのは自然なことです(決して悪いことではありません)。しかし、子どもの会話世界が家庭内を軸とするのは小学生までです。それ以降はきちんと誰にでも自分の意思を伝えられる言葉遣いが求められるようになります。そのことを踏まえ、家庭内会話のありかたに留意するのが親の役割だと言えるでしょう。
とかく親は聞き分けのない子どもの態度に立腹し、腹立ちまぎれの感情的な言葉で叱ってしまいがちです。まどろっこしい子どものおしゃべりを最後まで聞いてやれず、途中でストップをかけてしまいがちです。こういったことから現実を見直してみてください。人の言うことを辛抱強く最後まで聞き届ける姿勢、自分の思いを理路整然と滑らかな言葉遣いで伝える力は、日常生活での長い鍛錬あってこそ身につくものです。Bタイプの会話様式を身につけるには、辛抱強い親のサポートが欠かせないのだと心得てくださいね。
最後にもう一つ。公衆の面前で、まるで他人が存在しないかの如く感情むき出しの言葉のやり取りをしている親子をよく見かけます。それは、親しい身内だけの場なら許されるでしょうが、公の場では聞き苦しく人を不快にしてしまいます。そのことを子どもに教えるのも家庭教育の役割だと思います。それも子どもの知性発達に大いに影響を及ぼします。TPOに基づいた言葉の使用についても、ぜひお子さんに教えてあげていただきたいですね。

