児童期の子どもの親に求められるもの〈今年を振り返って〉
今年2月に開始した本コラムですが、早いもので年内の最終回となりました。これまで21回掲載しましたが、興味をもってお読みくださった回はあったでしょうか。
私は中学受験の専門塾に勤務していたのですが、年を経るほどに「児童期の子どもの学習指導は、保護者との関わりなしにはできない」と思うようになりました。小学生の学習指導は、家庭教育との連携に基づいて行うべきものなんですね。本コラムを担当させていただいたのは、そういった点において玉井満代先生と考えが一致していたからだと思います。今年の締めくくりとして、今回は児童期の子どもの学力形成の勘所について、そして親の役割について、若干の振り返りをしてみようと思います。
小学生が一生懸命勉強に取り組むのは、「知ることや解決することが楽しいから」、「やり遂げたときの達成感が得られるから」だけではありません。むしろそれらよりも、「おかあさんが見守ってくれるから」「がんばると、おかあさんが喜びほめてくれるから」など、親の意向やリアクションが強い影響をもちます。親の影響力が絶大な年齢期ならではのことです。それは、「児童期にこそ、親は子どもを絶えず見守り、適切な関わりをする必要がある」ということに他なりません。やがて子どもが思春期を迎えると、親の影響力は急速に後退し、自分自身の内面にある欲求(例:目標を達成したい)が学習の推進力になっていきます。この段階にスムーズに移行するには、児童期の親子関係が健全なものであり、学習の基盤がうまく形成されていることが条件となります。本コラムでおかあさんがたに発信している情報は、信頼関係で結ばれた良好な親子関係を築くことも意図しています。年の終わりに、再度過去のコラム原稿をチェックしていただければ幸いです。
本コラムを始めたときにも書きましたが、「まだ低学年なのだから、今は伸び伸びさせてやりたい」「勉強は、もっと上に学年になってからでいい」とお考えのかたもおられるかもしれません。それはそれで親の考えとして理解できることです。しかしながら、児童期前半にこそ身につけておくべき学習基盤というものが厳然とあります。先々の学習の進展を視野に入れるなら、その前提となるものをきちんと備えておく必要があります。本コラム開始時に、それがどのようなものかについて合計4回にわたってお伝えしました( 2/23 、 3/9 、 3/23 、 4/6 )。
そのなかで、特に着目していただきたいのは「リテラシーの基盤」を築くことと、「算数・数学の感覚的素養」を磨くことです。と言うのも、リテラシーの基盤形成が不十分だと、中~高学年からの中学受験準備の国語学習で難渋することになります。たとえば、抽象的な意味合いの言葉の理解や人物の内面描写の理解がうまくできないなど、国語の成績に問題が生じがちです(特に男子)。また、算数の感覚的素養が眠ったまま中~高学年になると、中学受験でおなじみの図形や速さの単元で苦戦するケースが多々あります(特に女子)。
男子のほうが概して算数・数学の成績が優位にあるのは、男女の性差、すなわち生物学的な要因によるものだと長い間みなされてきましたが、近年は研究者の見解が変わりつつあるようです。封建的な家族制度、誤った社会通念に基づく親の態度、教師の思い込み、学校外での学習経験の差などが女子の才能開化の妨げになっているという見かたが強くなっています。また、幼少期からの遊びの指向性の違いも、この方面の才能開化に影響しているという考えもあります。男子は、動くもの、形のあるものをいじったり、動かしたり、組み立てたり、バラしたりする遊びを好みます(おもちゃ・レゴ・砂場遊びなど)が、女子は静かで色彩豊かなもの(塗り絵・着せ替え人形など)を志向します。この違いが男女の学問適性の違いを生み出している面もあるでしょう。しかしながら、原因がわかれば対策も講じられるはずです。
いっぽう、書字や読解の能力の発達は、女子のほうが男子よりも早い傾向が見られます。もともと言語脳は、女子のほうに若干優位性があるとも言われています。したがって、児童期においては語彙や文章読解力で女子が勝っており、思考も概して男子のほうが幼稚です。自分の考えを理路整然と話したり、長文をすらすら読んで理解したりするのを苦手とする子どもは男子に多く見られます。二世代家族が基本の家庭生活、少子化、子ども同士の交流の機会の減少などが、この傾向に拍車をかけているのではないかと思います。かつては、親が特に何もしなくても、子どもが周囲の人間との交流を通じて勝手に言葉を覚えたり、本を借りて読むようになったりしたものですが、そんな環境は失われつつあります。言語脳の発達が遅くなりがちな男子は、言語習得にとって大切な年齢期(特に児童期前半)の環境の変化に影響されやすいのかもしれません。男子のほうが言語に関わる能力の個人差、ばらつきが多いというデータがありますが、これも男子が平均値で女子よりも読解力が低い原因となっているように思います。
以上から、女子の算数・数学における感覚的素養、男子の語彙不足や読解力不足が、学業成就の壁となりやすいということが言えるでしょう。現在の状態を振り返ってみてください。もしもお子さんが3年生までなら、まだまだ根本から見直しながら状況を改善する余地が十分にあります。また、すでに高学年になっているからと言ってあきらめるのは早計です。人間の脳は、刺激を受け続けるなかで、その刺激に対する対応力が自然と養われる柔軟な性質をもっています。いわゆるニューロンの発火現象が起こり、徐々に苦手だった領域の学習もやりこなせるようになっていきます。わが子の可能性を信じましょう。
お子さんが玉井式の講座を受講されているご家庭は、今の学習体験を楽しみながら継続してください。たとえ成績的に苦労している場合でも、決してあきらめないでください。上述のように、経験を繰り返していれば、そしてお子さん自身が「やれるようになりたい!」という願望を胸に、一生懸命取り組んでいれば、それが無駄に終わることはありません。親が子どもの才能を見切ったら、それは確実に子どもに伝わります。「だいじょうぶ。きっとできるようになるよ!」と優しく背中を押してあげてください。
努力を継続する力を養った子どもは、少しずつでも着実に力をつけていきますし、大人になってからもその姿勢を失うことはありません。人生を有意義に生き抜くことができるでしょう。わが子を努力する人間に育てることは、子育ての重要な柱となるものです。今しかできない、親の重要な仕事と心得ていただきたいですね。
<押さえておきたい!> 親としての今年1年を振り返ってみましょう。
1.「この学年のこの1年は二度とない」という気持ちで子育てを。
児童期の子どもの1年は、何も変わらない毎日の積み重ねのようですが、一つひとつの体験を肥やしにして子どもは自分という人間を着実に築いています。親はそのことを踏まえ、「この学年のこの1年は二度とないのだ」という意識でわが子に接してやりたいものです。この1年の子育てを振り返ってみてください。もしも後悔がいっぱいあるようでしたら、その分は来年の子育てに向けた課題としてがんばってくださいね。親が注いだ愛情が無為に終わることは決してありません。
2.親が諦めないで応援すれば、子どもも親の期待に応えようとがんばります。
今回は、児童期の前半までに築いておきたい学力基盤についておさらいしましたが、うまくいっていない面があったとしても落胆は無用です。「きっとやれるよ!」と励まし、応援し続けてやりましょう。努力の積み重ねは、子どもの能力を驚くほど変えてくれるものです。今までできなかったこともできるようになりますし、素養を獲得するための最適年齢が多少過ぎていたとしても、補正は効くものです。そもそも、わが子が努力を惜しまぬ人間になったなら、子育ては成功したようなものです。