“できる子”に関する一般通念を改めるべき?

 早いもので、今年も残すところ数日になりました。今年はどんな1年だったでしょうか。小学生、それも低学年のお子さんをおもちのかたは、生活面の世話やしつけが大変で、苦労が絶えなかったことでしょう。また、高学年のお子さんをおもちの場合、中学受験を控えているケースもおありでしょう。そうなると、親の負担も半端ではありません。無事に受験を乗り越えられますよう、心からお祈り申し上げます。

 さて、今回は小学校の低~中学年のお子さんをおもちの保護者を想定した話題です。子どもの勉強の面倒をみているときに、イライラさせられたことはありませんか? 親は教えたことをすぐさま理解し、難なく課題をこなしてくれることを期待します。しかし期待に反する子どもも少なくありません。

 だいぶ前のことですが、所用である大手学習塾のロビーに出向いていたとき、突然に空気を切り裂くような甲高い声が聞こえてきました。「えっ、なんだろう?」とあたりを見回すと、一組の親子が目に留まりました。算数課題にてこずる娘さん(小学2年生ぐらい)に苛立ち、おかあさんが黙っていられなくなったのでしょう。「いったい、この一問にどれだけ時間をかけているの? もう、10分以上も経っているじゃない!」という叱責の言葉で、事の次第がわかりました。

 おかあさんの気持ちもわからないではありません。わが子には、勉強のできる子になってほしいという願いがあります。その願いと裏腹な現実に突き当たったとき、たいていの親は苛立ちます。ですが、この対応で子どもがよくなることはまずありません。それどころか、親に自分を否定されたときのショックと悲しみが脳裏に深く刻み込まれ、後々まで心の傷となって残る恐れもあるでしょう。

 ところで、早く問題意図を察知し、的確に解を見つける子どもが優秀で、解くのに時間がかかる子どもは見込みがないのでしょうか。つぎのAとBのタイプの子どもを見てください。「どちらが学業で成功すると思うか」と尋ねられると、おそらく全員がAのタイプとお答えになるでしょう。

 頭がよいのは間違いなくAのタイプでしょう。ただし、学業面でどちらが成功するかというと、必ずしもAとは限りません。Aのタイプの子どもには懸念すべき点があるからです。いっぽう、Bのタイプは理解に手間取りますが、それが却って高いレベルへの到達に役立つこともあるのです。

 以下の引用文は、アメリカの心理学者アンジェラ・ダックワース氏の文献によるものですが、上記のことを裏づけているのではないでしょうか。氏は心理学者になる前、中学校の教師をしていました。彼女が初めて中学1年生の数学を担当したときのエピソードです(文字数の都合で多少省略箇所があります)。

 生徒のなかには数学的概念の呑み込みがずば抜けて速い子が何人かいた。クラスでも抜群によくできる生徒たちに教えるのは、とても楽しかった。文字通り、頭の回転が速いのだ。たいしてヒントを与えられなくても、すぐに問題のパターンをつかんでしまう。私が黒板で例題を解くのを見ただけで「わかった!」と言って、つぎの問題をさっさと解いてしまうのだ。
 いっぽう、それほど能力のない生徒たちは、なかなかパターンがつかめずに苦労する。
 ところが最初の学期の成績評価を行ったところ、驚いたことに、能力の高い生徒たちの成績は思ったほどによくなかった。
 それとは逆に、最初はなかなか問題が解けずに苦労していた生徒たちのなかには、予想以上によい成績を取った生徒が何人もいた。このように伸びた生徒たちは、決まって欠席もせず、忘れ物もしなかった。授業中にふざけたり、よそ見をしたりもせず、ノートをしっかり取って、よく質問をした。最初からすぐに問題が理解できなくても、あきらめずに何度も挑戦した。

 頭の回転が速くてすぐに理解できる子どもは、物事を掘り下げて深く理解しようとしない傾向があり、自分の頭のよさを生かしきれないところがあります。反対に理解に手間取るタイプの子ども、納得することにこだわって時間を費やす子どもは、傍目には「できない子」と思われがちですが、何度も何度もやり直すことで理解を深め、結果的に頭の回転の速い子どもよりも学業で高い到達点に至ることがあります。「きちんと理解したい」という欲求は、勉強の効率性においてはマイナス面がありますが、高い到達点へと自分を導く原動力になってくれるのですね。

 もう一つ例を挙げてみましょう。うろ覚えで恐縮ですが、社会人対象の講座でのエピソードです。ある業界の専門知識をかなり有している人が参加する講座に、一人だけ場違いと思えるようなレベルの低い質問をする受講生がいました。はじめは「この人、なんでこの講座に?」とあきれられ、見下されていたのですが、いつの間にか講座で一目置かれる人気者になったそうです。「あのー、今のことでちょっといいですか?」と、その人が質問を始めると、それをきっかけに講座の展開がスムーズになり、場の雰囲気が活性化したのです。その人物は他の受講生にとって、「知っているつもりのことが、実はよくわかっていなかった」ということに気づかせる、キーパーソンの役割を果たしてくれたのでしょう。

 わが子がたとえ理解に手間取り、やり終えるまでに時間がかかっても、苛立って叱ったりするのは禁物です。わかろうという気持ちがあり、たとえゆっくりでも一生懸命に思考を巡らせているなら、必ず進歩していくのです。その繰り返しこそ価値の高いものであり、それに気づかずわが子の伸びしろを奪ってしまうような拙速な対応は厳に戒めたいものです。理解が速い子には立ち止まって深く考えさせるよう促し、理解が遅い子にはわかるまで辛抱強く励まし見守る。そのような親であっていただきたいですね。大切なのは、目先の到達点ではなく、将来の到達点なのですから。

 では、よい年をお迎えください。
 

※上記引用文は、「GRITT」アンジェラ・ダックワース著 ダイヤモンド社によります。