頭脳形成に役立つのはパズル?ミステリー?

 興味の対象に関する情報が瞬時に得られる、知りたいことの詳細がすぐにわかる時代がやってきました。私のような年配者から見ると、かつて想像もできなかった便利さです。その立役者がインターネットです。ネット検索は、もはや世界中の人々に欠かせない情報入手の手段と言えるでしょう。しかも、その便利さは小学生でも享受できます。何しろ、知りたいことをキーボードに打ち込むだけで、ありとあらゆる情報が提示されるのですから。

先日、教科書にも音声や動画にアクセスできるQRコードが掲載されるという新聞記事を読みました。2024年からは、小5や小6の英語学習にデジタル教科書が導入されることも決定しています。これによって、子どもたちの主体的な学習が高まることが期待されているようです。

ただし、こうした学びの便利性の進歩は諸刃の剣でもあります。子どもが、「知りたい!」という欲求を満足させるまでのもどかしいプロセスを省略してしまうと、子どもの頭脳の成長にブレーキがかかるのではないでしょうか。たとえば、苦労して手に入れた物ほど愛着がわきますし、長く大切に所持したくなります。疑問や謎に対する回答も同様で、あまりにもたやすくわかってしまうと、手に入れた知識は脳内で十分に鍛えられておらず、活用できるレベルに達しません。したがって、直に忘れ去られてしまうのです。ノンフィクションライター(英)のイアン・レズリー氏は、この現象を「ミステリーはパズルよりも心に残る」と表現し、次のようなことを著書に書いておられます。

偉大な科学者や発明家も、問題に対してパズルではなくミステリーとして向き合っている。確かなことよりも不確かなことに魅了されるのだ。物理学者のフリーマン・ダイソンは、科学は事実の集合ではなく、「ミステリーを探求する終わりのない旅」であると表現する。アメリカの発明家で音響機器の開拓者として知られるレイ・ドルビーは、この原則がイノベーションにも当てはまることを力説している。「発明家であるためには、不確実性とともに生き、暗闇で手探りをしながら、本当に答えなどあるのかという不安と闘う境遇を受け入れなければならない」。アルベルト・アインシュタインもきっと同じ思いだったのではないだろうか。「われわれの経験で何よりも美しいのはミステリアスなことだ」と彼は述べている。

レズリー氏はさらに、「私たちはミステリーよりもパズルを重視する文化の中で生きている。学校はもちろん、大学でさえ科学とは明快な答えのある疑問の集合であると考えている」と指摘し、さらに「私たちはこのような文化的圧力に抵抗しなければならない。人生のあらゆる問題をパズルのように考えようとする人々は、単純明快な解が得られないと当惑し、フラストレーションを感じるだろう。ミステリーはパズルより難しいが持続性がある。ミステリーによって持続的な好奇心を刺激されると、私たちは自分の知らないことに意識を集中し続けることができる」と述べておられます。

確かに、学校においては、テストに備えていち早く単元の概要を理解したり、公式を使って素早く解を引き出せたりするタイプの子どもが優秀とみなされます。学校は大勢の子どもを相手に指導するわけですから、効率的な指導成果が得られる方法を優先します。パズル型の教育が行われるのはやむを得ない面もあるでしょう。ネット検索での知識拡充もパズル型に他ならず、もはや世界中の学校で推奨されています。ただし、保護者も同じように学習をパズルのようにとらえると、せっかく子どもが秘めていた可能性の芽が育たないこともあるのではないでしょうか。子どもを取り巻く環境全体がこうした考え一色に染まると、試行錯誤を繰り返しながら自分のペースで力をつけていくタイプの子どもは評価されにくく、それどころか落伍者の烙印を押されかねません。こうした教育によって埋もれてしまう才能が少なくないとしたら、とても残念なことです。

どの子どもに、どんな才能が宿っているかは誰にもわからないものです。学校は個々がもつ潜在的な可能性に目を配り、手を差し伸べてくれるところではありません。結局は、親が子どもの才能の芽吹きを促すような刺激を根気よく与え続けるしかありません。いろいろなことにチャレンジさせ、子どもの目が輝く対象、子どもが必死になって取り組む対象と出合うまで、根気よくフォローを続けてやるべきではないでしょうか。

わが子にはどのような可能性があるのか。それを事前に知ることはできません。では、何をしてやればよいのでしょうか。一つの方法は、前回ご紹介したように、家庭で子どもの興味を惹くような話題を投げかけ、反応があったらそれについて図鑑などで一緒に調べてみることでしょう。図鑑は入門編としての概論的知識を上手に網羅しています。図鑑から得られる情報を点検しているうちに、興味の対象が絞られてきたり拡散したりし、知りたいことに新たな展開が生じることもあるでしょう。

もう一つ、親としてぜひ働きかけていただきたいことがあります。それは、子どもの興味の対象、あるいは親が是非見せたり体験させたりしてみたい事柄に触れさせることです。そのための施設も全国にいろいろとありますね。週末や春休み、夏休み、冬休みなどにはいろいろなプランを練って、ぜひお子さんを連れて行ってあげてください。そうした体験が、子どもの才能開花や頭脳形成に大きな影響をもたらすことは決して少なくありません。

ノーベル賞を受賞したアメリカの偉大な物理学者リチャード・ファインマン博士は、子どものころ父親にしばしば博物館へ連れて行ってもらったそうです。父親は決して人生の成功者とは言えない経歴の人でしたが、とにかく熱心に彼を連れて博物館へ行き、氷河痕などの模型を見せては熱っぽく説明してくれたと言います。その説明には、子どもでも気づくような間違いがしばしばあったそうですが、それ以上にファインマン博士の心を動かしたのは、父親の熱心な働きかけや説明でした。この情熱が偉大な物理学者を生み出したのですね。これは親だからこそできる、子どもの才能開発教育ではないでしょうか。

面倒なプロセスをいとわず、知りたいことを少しずつ極めていく経験をわが子にさせることも、便利なデジタル社会だからこそ求められるのかもしれませんね。今回の記事が多少なりとも参考になれば幸いです。
※上記の引用文は、「子どもは40000回質問する」イアン・レズリー/著 光文社 によります。