家庭内会話と子どもの勉学適性の関係

 前回は、子どもに命令や否定、禁止の言葉を頻繁に浴びせることの問題点を取り上げてみました。子どもはどんな言語環境で育つかで成長のありようが随分違ってきます。なにしろ、子どもにとって親は言葉の先生にあたりますから当然のことでしょう。子どもを望ましい方向へ導く意図であっても、そのために発する言葉が適切でなければ逆効果を招くおそれもあります。親が日常で使用する言葉は子どもにとっての言語環境に他なりません。そのことを胸に留めておきたいものですね。

 さて、今回も前回に引き続き、家庭内で使用する言葉を話題に取り上げてみようと思います。上述のように、家庭の言語環境は子どもの成長の内実と深く関わっています。言葉と思考には密接なつながりがありますから、能力や性格面に影響を及ぼすのは当然のことと言えるでしょう。では、どんな言葉遣いが子どもの勉学適性を後押しするのでしょうか。

 たとえば、家庭で親が使用する言葉が学校で先生が用いる言葉、教科書に書かれている言葉に近いものであれば、子どもは違和感なく理解できますし、学校になじむことができるでしょう。いっぽう、家庭の言葉が学校で求められる言葉と異なれば子どもは戸惑います。また、使用語彙が少なくて乱暴な言葉遣いに慣れて育った子どもは、先生の言葉が十分に理解できませんし、自分の思いを言葉で適切に表現することにも難渋します。必然、勉強面で苦労を強いられます。

 家庭で日常的に使用される言葉が、子どもの知的発達に大きな影響を及ぼすことを体系的に論じたのは、ロンドン大学の教育社会学者バーンステインでした。今から数十年前のことです。彼はイギリスの貧困層と富裕層が階層的に固定され、貧困層が這い上がれないまま幾世代も同じ状態をくり返している原因を調査しました。そして、家庭内の言葉遣いと知的能力形成との間に強い相関関係を見出したのでした。この説はたちまち世界中に流布し、日本でも昭和の末期以降、大学関係者などを通して頻繁に紹介されていますが、子育て中の保護者の参考になりそうなポイントをいくつかご紹介してみましょう。


 まずは①について考えてみましょう。文を成り立たせる構文には「単文」「複文」「重文」などがあります。いちばんわかりやすくてシンプルなのは、主語と述語が一つだけの短文ですが、相手に十分な情報を伝えるには不向きです。そこで、主語に対応する複数の述語を駆使する「複文」や、主語と述語の関係が二つ以上ある「重文」などを用いる必要があります。また、自分の発信したい事柄を順序だてて整理しながら伝えるうえで、「だから」「しかし」など、順接や逆接の「接続語」の使用も必須となります。ただし、これらの表現は常日頃耳にし、子ども自身も使い慣れていなければ役立てることはできません。

 つぎに②ですが、毎日の生活で使用する言葉が多彩で、微妙なニュアンスの言葉を使い分けることに慣れている子どもは、先生の言葉も、教科書の著述も正確に理解することができます。しかし、日常で使用する言葉の数が少なく、語彙の獲得が十分でない子どもはそうはいきません。毎日の生活で一緒に過ごすことが多いのはおかあさんですが、そのおかあさんから発せられる言葉が多様で細かいニュアンスを的確に伝えるものであれば、子どもはそれを吸収することができます。子どもにとって、少しだけ背伸びを要する言葉を意識して使ってあげてください。それを聞くことで子どもは新しい語彙を自分の中に取り込んでいくことができるでしょう。

 親子が同じ部屋にいて会話をする(このシチュエーションが圧倒的に多い)③のような場合、周りにあるものを同時に見ることができますから、つい「あれ」「それ」「あそこ」など、指示語で済ませてしまいがちです。このような会話に偏ると、状況を共有できない条件で会話をする際に、うまく伝達できない事態が生じがちです。阿吽の呼吸で済むのが親子の会話の利点ではありますが、心持ち丁寧に説明する言いかたを会話の際に心がけてやりましょう。それを子どもは写し取ることで、丁寧な言い回しができるようになります。

 最後に④ですが、日本人は伝統的に「しつけに説明は不要」という考えかたをしがちですが、それは子どものコミュニケーション能力の発達にとっては望ましくない面もあります。アメリカの知人に、「アメリカでは、子どもが納得するまで親の考えや期待を徹底的に説明する」と言われたことがありますが、それは論理的に言葉を組み立ててコミュニケーションをする能力を養ううえで大いに効果があると思いました。普段このような会話をしていれば、おのずと子どもにもそれが身につきます。感情に任せた話しかたではなく、論理の道筋を重んじた会話を心がけていただきたいですね。前回のコラムで、「命令や禁止、否定の言葉を控えましょう」といった趣旨のことを書きましたが、これらの言葉は発信する際に感情過多になりやすいという欠点があります。落ち着いた気持ちで、論理の道筋に叶った表現のできる子どもに育てる意味においても慎むべきではないでしょうか。

 親子間の会話はリラックスして身構えなくて済むという大きな長所があります。しかし、親の発する言葉を吸収して子どもは育ちます。この点に鑑みるなら、「子どもの知性開化の土台づくりが家庭内の会話なのだ」という意識も大切にしたいところです。今回お伝えしたことで参考になる点がありましたら、ぜひ実践してみてください。