「今やろうと思っていたのに!」という言い訳の意味
小学生の子どもは、おかあさんに対して見え透いた言い訳をするものです。その代表的なものが、今回の表題で示した「今やろうと思っていたのに!」という言葉であろうと思います。小学生のお子さんをおもちのかたで、わが子からこの言葉が口をついて出てくるのを耳にした経験のないかたはおられないのではないでしょうか。今回は、言い訳をする子どもの心理的背景を考察するとともに、適切な親の対処法について共に考えてみようと思います。
わが子がこのような言い訳をすると、たいがいの親は腹を立て、「嘘言いなさい。全然やる気なんかなかったじゃない!」と言って叱ってしまいがちです。それが発端となって言い合いや親子喧嘩を繰り返しているご家庭はありませんか? しかしながら、それでは子どもの態度は改善されませんし、「やるべきことに率先して取り組んでほしい」という親の望みに叶った成長を遂げるのは難しくなってしまいます。
まずは、「なぜ子どもは、『今やろうとしていたのに!』という言い訳を申し合わせたかのようにするのか」について考えてみましょう。以前お伝えしたかと思いますが、小学校の中学年あたりに差し掛かると、子どもは「親が自分にどうすることを求めているのか」を理解し、それに応えようと努力することで基本的行動規範を身につけていきます。まだ親の影響力が残っているからこそのことですが、そのいっぽうでこの時期の子どもは少しずつ親から精神的に自立していきつつあります。親の意向に沿おうとする気持ちよりも自分の欲求を優先してしまうことも少なくありません。
そこで家庭での勉強時間が迫ってきた場面での子どもの心理状況について想像してみましょう。どのご家庭でもわが子に関する親の悩みの種は、遊びと勉強への切り替えがうまくできていないことであろうと思います。子どもにとって遊びは快楽を容易に与えてくれる掛け値なしに楽しいものです。それに比して勉強(ここでは算数を例に考えてみます)はというと、かなり辛抱して思考を巡らし、突破口を見出す、式を立てる、答えが正しいかどうかを検証する、などのまどろっこしいプロセスが必要で、簡単に楽しさを味わえるものではありません。したがって、やるべき時間が迫ってくると、「そろそろ時間だ。やらなきゃ・・・」という思いと、「もうちょっと遊んでいたい。勉強はおっくうだな」という思いとの葛藤が始まります。そんなとき、突然背後から浴びせられるのが「いい加減にしなさい! 」というおかあさんの苛立ちに満ちた言葉です。
このような状況で、子どもは「はい、わかりました」「ごめん。今すぐ始めるね」などと素直に応じるでしょうか。「今やろうとしていたのに!」と思うのではないでしょうか。ですから、親にすれば言い訳に聞こえるこの言葉は、子どもにとって嘘ではないのです。確かに、「やらなきゃ」と思っていたのです。ですから、この言葉を言い訳と決めつけて叱ってもよいことにはなりません。子どものやろうと思っていたこと自体は認めることが必要でしょう。ただし、このまま放っておくといつまで経っても同じことの繰り返しです。今やろうとしていたのが嘘で終わらないようにする必要があります。どうしたらよいでしょうか。
大前提として言えることは、子どものやる気と自覚を信じているというスタンスを貫くことだと思います。そして、子どものプライドをくじくような言動をとらないことだと思います。たとえば、やるべき時間が来ているのに机に向かう気配のない子どもを目の当たりにしたときにも、決してやる気がない、怠けているといった見かたをしないことが肝要です。
「えっ、じゃあそんなときどうすればいいの?」と思われたかもしれませんね。今やろうとしているのだという前提に立ち、うっかり時間が来ていることに気づいていなかったのだと受け止めてやればいいのではないでしょうか。「あっ、勉強の時間が来たみたいだね」「ゲームが面白くて夢中になっているうちに、勉強の時間になっていたみたいだね」などと声をかければ、子どもの自尊心は傷つかずに済みますから、「あっ、ほんとうだ。もう時間になっていたんだ!」と急いで机に向かうかもしれません。
子どもは「サボっていた」「やる気がない」と決めつけられると反発します。自分が悪いと知りながらも言い訳をします(これが精神的に親離れしつつある過渡期の子どもの典型的反応です)。こういうとき、「やろうとしていたことをおかあさんは信じてくれている」と思ったなら、素直にやるべきことに向き合えるものです。ちょっとしたことですが、こういう親の配慮で子どもはプライドを損なわずに済み、自分のやるべきことに向き合えるのではないでしょうか。
最後に今回のおさらいを。つぎの三つを心に留めてわが子に接してやりましょう。
1.わが子がやるべきことを自覚し、やろうという気持ちをもっていることを信じる。
2.どんな子どもの状況を見ても、感情をむき出しにして叱らない。
3.やれていないときには、声かけで我に返らせる(子どものプライドを傷つけない)
なかには、「こんな甘ちょろい対応なんてできない」というかたもおありでしょう。そういうかたは、5月22日に掲載した「親が厳しいと子どもは伸び伸びと育たない?」をいま一度読んでみてください。子どもをよく育てる方法はいろいろありますから、自分に合ったやりかたを見つけるとよいでしょう。私自身、かつて愚息が小学生だったころには、厳しい親と優しい親との間で揺れてしまい、苦労を強いられたことを思い出します。しかし、わが子が大人になる過程を見届けて確信したことがあります。それは、親がわが子にどういう人間であってほしいと望んでいるのかが伝われば、子どもは紆余曲折があっても親の期待に応えるべく成長していきます。親の期待する方向性がブレないことです。