子どもの才能は生まれつき?
いいえ、家庭の関わりが大きな作用を果たします。


2016.11.4 学ぶ楽しさを体験すると脳が変わる! その2

 前回は、子どもに勉強の楽しさを味わわせることの大切さについて書きました。みなさんは、お子さんの勉強にどのような関わりかたをされているでしょうか。できるなら、お子さん自身が学習に興味をもつよう導き、自ら積極的に取り組む姿勢が育つようサポートしてあげてください。

 とは言え、小学校の低〜中学年までの子どもはまだ勉強の段取りやスケジュールを組んだりすることができません。必然、「何を、いつ、どのように、どれだけ取り組むか」などについて、親が関わらざるを得ません。子どもの勉強に関わるとき、大概の親はわが子の取り組みの甘さに苛立ったり、もたもたして先へ進まない様子に業を煮やしたりし、結果として命令や指示を繰り返しながらやっとその日の学習スケジュールを終えさせるといった状況に至りがちです。

 しかしながら、こうしたことが延々と続く学習生活は望ましくありません。勉強の推進力として欠かせない積極性や自律性がいつまでも育たないからです。親のコントロールによる学習生活を続けていると、親がわが子の勉強に関与できなくなる年齢に至ったとき、子どもは自分で学ぶ術を知らないため、大変な苦労を強いられることになります。

 先日、あるおかあさん〔私の勤務する学習塾の低学年部門(1〜3年生)を経て、現在中学受験部門(4〜6年生)の4年部にお子さんが通っておられます〕から相談を受けました。お子さんの勉強に取り組む姿勢に元気がなく、成績も頭打ちの状態が続いて心配されてのことでした。

 無論、お子さんのことをろくに知らずにアドバイスはできません。授業の担当者に、そのお子さんの授業の様子やノートの状態、テストに関わる情報などとともに、保護者面談をしたときの印象などについての情報をもらいました。そのお子さんは、宿題や提出物もちゃんと出し、ノートを見てもテキストの問題にしっかりと取り組んでいるし、テストに備えた勉強もちゃんとしていました。そのいっぽう、授業では自分の考えが正しかったことがわかると、子どもはパッと明るい笑顔を浮かべるものですが、その女の子はそういったことがありませんでした。このような情報のやり取りで気づいたことは、家庭での勉強に親が関わり過ぎ、親の采配で勉強しているということでした。

 勉強の主役は子どもです。その子どもが自らエネルギーを投じて一生懸命勉強に打ち込むよう導いていくのが大人の務めです。しかしながら、前述のように子どもがまだ幼さの残る段階においては、子ども自身に勉強を委ねることができませんから、親がかなり勉強に関わる必要があります。ただし、その関わりは、やがては子ども自身の勉強にすることを念頭に置いたものであるべきです。子どもが自分でできそうなことは子ども自身にやらせ、ちゃんとやれたときには大いに喜びほめてやる。そうして、自分でやることへの自信やプライドを少しずつ育てるようにする必要があるのです。そのおかあさんは、そうした関わりかたの間合いが適切でなかったようです。

 後日、私の気づいたことをおかあさんに率直にお伝えしました。1週間後、丁寧な心のこもった手紙が私のもとに届きました。内容は、「私の関わりかたが間違っていました。いつまでも親主導でやらせているから、娘は勉強を自立させることができず、取り組みにも積極性が育たなかったのだと思います」などということが記されていました。

 さて、そのおかあさんの娘さんはこれからどのように変わるでしょうか。人間は、わかっていてもそう急激には変われません。しかし、おかあさんが意識してお子さんへのアプローチの方法を変えていけば、それが娘さんに伝わらないはずがありません。娘さんはまだ4年生ですからどのようにでも変われます。おそらく、勉強に元気が出てくるはずです。おそらく徐々に効果は表れてくるでしょう。

 ここでやっとブログの本題に直接関わる話に移ります。脳科学の知見に立つと、「小学生の勉強は楽しいものであるべきだ」という考えの妥当性は一層はっきりしてきます。この後はそのことについて書いてみます。

 人間があることに興味をもち、「それを知りたい」「もっと詳しく調べてみたい」という欲求に駆られるとき、脳のどの部分が活性化していると思いますか? 脳の機能や仕組みについてある程度知識のある人は、「前頭前野が活性化したからだろう」とお答えになるのではないかと思います。

 前頭前野(前頭連合野)というのは、動物の進化の歴史において最も後から発達した脳部位で、人間のみ突出して大きくなった部位です。思考や情報処理を支えるため、「知性の座」などと言われています。ですから、私も「前頭前野だろう」とはじめは思いました。しかしながら、実際は前頭前野の働きによるものではなく、好きか嫌いかなどの情動を司る脳幹部(脳の最も古い部分)の働きによるものだと言われています。この点についてふれている学者の著述の一部をご紹介してみましょう。

 一般に、人間が頭を働かせているときの主役は、確固たる論理や客観的な知識ではないらしい。最近の脳科学によると、脳の複雑な思考や情報処理を支えているのは、主観的で気まぐれな情動の心だという。脳の働きの部位で言うなら、知性の座たる「前頭前野」ではなく、最も古い脳部位、すなわち「脳幹部」(大脳辺縁系を含む)ということになる。大脳辺縁系や視床、視床下部を含む古い脳は、外部情報と内部情報の接点であり、「好きか嫌いか」「愉快か不愉快か」などの価値判断と、喜怒哀楽のような情動をつかさどる。
 なぜ情動の脳が「主」で、理論的な新皮質が「従」になるのかといえば、発生の順にしたがって生命の維持にとってより大切なほうが主導権を握るようにできているからである。これは、脳の構造がサルからヒトへ進化を始めたときから不変ということである。

 この引用文から、好き嫌いの判断は情動の発露となる古い脳部位で行われ、それが新皮質(前頭前野)へとリレーされて、様々な思考活動を促していくことがわかります。人間が進化の過程で古い脳部位を捨てずに残したのには、それなりの理由があるのですね。

 このことを、私たち学習塾の学習指導に絡めて考えてみましょう。私の勤務する学習塾の掲げるスローガンは、「楽しく学ぶ」「学ぶ楽しさを知る」です。なぜ「楽しさ」なのでしょう。「学習塾は、合格のために通うところだ」と思っておられるかたには奇異に感じられるかもしれません。しかしながら、次のように考えると納得してくださるかもしれません。

 楽しさ=快であり、その快なる精神的な働きこそが、先ほどの「古い脳」の支配する感情です。この学ぶ=快の感情が、人間(子ども)を勉強へと後押しし、その繰り返し、積み重ねが「習慣化」に繋がり、学力を向上させるのです。

 最も古い脳、すなわち「感情脳」は、最も新しい脳である「前頭前野」と密接なつながりをもっています。学ぶ=快の感情が、勉強という行為に人間を向かわせます。そして、その勉強の積み重ねを通じて鍛えられた前頭前野が、やがては「知性の座」としての本領を発揮し、古い脳を制御するようになるのです。

 たとえば、「この勉強はちょっと辛いけど、できたときにはものすごく充実した気分になれる。だからもっと積極的にがんばらなきゃ」というふうに、感情のもつネガティブな側面の働きを抑え、より建設的な方向に行動を向かわせるのです。

 こうした営みが子ども時代に繰り返されれば、前頭前野は健全に発達し、学力の豊かな人間になれるだけでなく、感情を適切にコントロールできる知性的な人間へと成長できるのではないでしょうか。こうした好循環の流れをつくるうえで、小学校低学年の時期の学習は大切な意味をもっているのです。

 少々イヤなこと、気の進まないことでも、やった後に得られる達成感のほうを選び、がんばろうとする人間に成長していく。――このような成長の流れを築くうえでの出発点は、「楽しく学ぶ」「勉強の楽しさを知る」ことにあるのです。

H,S

 

2016.11.11 子どもは読書の意義をどうとらえているか

 秋が日増しに深まってまいりました。暑過ぎず寒すぎずの秋は、何をするにも気持ちのよい季節です。スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋、勉学の秋と、いろいろ言われますが、今回は小学生の読書について書いてみようと思います。

 まずはこのブログをお読みのみなさんにお聞きします。お子さんは読書が好きですか? それとも嫌いですか? 月あたりおよそ何冊ぐらい本を読んでおられますか? 読書が好きなお子さんなら、「なぜ読書が好きなのか」について尋ねてみてください。いっぽう、お子さんがもしも読書嫌いなら、「なぜ読者が嫌いなのか」について確認してみてください。小学校の低〜中学年の時期の読書活動は、子どもの内面の発達に寄与し、それ以後の人生の歩みに少なからぬ影響を及ぼします。今のうちに読書の大好きな子どもにしましょう。では、今お尋ねした事柄に関わる情報をこれからお届けします。

 子どもの活字離れ、読書離れが取りざたされるようになったのは随分前のことですが、相変わらずその傾向は変わりないようです。子どもが本を読まなくなる傾向は、小学校高学年から強くなり、中学、高校生と年齢が上がるにつれて拍車がかかっています。ある調査によると、月あたり1冊も本を読まない子どもの割合は、小学生で10数%、中学生で約50%、高校生で60数%でした。

 年齢が上がるにつれて本を読まなくなる理由としては、成長に伴って様々なメディアと関わるようになること、勉強の負担が増してくることなどが指摘されています。余暇の楽しみとしての読書も、時間がないためにできなくなっていくのでしょう。ただし、学者によると、「忙しいから本を読まなくなると一概には言えず、忙しくても時間を割いて本を読む子どもも一定数おり、二極分化の方向に進んでいる」のだそうです。

 余暇の時間に本を読まない理由としては、高校生の場合、「読書よりもTVや音楽の視聴、友達とのおしゃべりなどのほうが楽しいから」と考える生徒が多数いることがあげられます。月あたり1冊も本を読まない理由としては、小学生、中学生、高校生を問わず、「本を読みたいとは思わないから」という回答がいちばん多かったそうです。

 このことからわかるように、読書に勤しむ子どもなるかどうかは、読書に割ける時間だけではなく、読書の必要性やおもしろさなどに対する認識など、個々の心理的な側面や動機もかなり強く作用しているのではないかと思われます。

 以上のような子どもの読書状況を受け、大学の先生(読書心理学)が、小・中学生を対象とした調査(小3:146名、小5:164名、中2:196名、計506名)をされています。調査内容は、読書の意義や働きをどう認識しているか、読書への感情と実際の読書量にどのような関係が見られるか、というものでした。なお、調査の手法など専門的な内容に関わる部分は割愛し、参考にしていただける調査結果の内容のみをお伝えします。

 子どもが読書の意義をどうとらえているかについては、右の表の中にある選択肢から当てはまるものを、子どもに数を問わず自由に選ばせました。
 選んだ項目の数は、小3が平均4.9、小5が6.1、中2が7.5と、年齢が上がるほど多くなるという傾向がみられました。

 右表は、多数の選択肢を共通性のある要素ごとに分類して3つにまとめたものです。以下は、調査を行った先生が3つの項目に分類した経緯を説明されている文をそのまま引用したものです。

 第一は、「空想や感動ができる、考えを深め知識を得られる」という読書の過程で生じる認知的内容についての意義を認めている項目、第二は「暇つぶし、ゲラゲラ笑える」など気分転換を図る、リフレッシュのような意義についての項目、第三は「国語の成績があがる、先生や父母にほめられる」といった読書の過程というよりも読書を行った結果に注目した項目です。

 この先生は、外国の心理学者の説を踏まえ、1と2を「内生的意義」、3を「外生的意義」と名づけておられます。前者は、行動を行うこと自体が目的であり行動の過程で生じる事柄が次の行動を動機づけているのに対し、後者は、行動がある目標や別の行動のための手段となっており、ある行動の結果として生じる事柄のほうを重視して行動を行うという点に大きな違いがあります。

 では、「内生的意義」と「外生的意義」の選択において学年(年齢)による違いはあったのでしょうか。

 右の図は、読書の意義について子どもが選択した項目の学年による違いをデータで示したものです。

 これによると、1の「空想・知識」は、学年が上がるほど選択率が上がっているのに対し、「成績・賞賛」は学年が上がると選択率が下がっていることがわかります。

 これは何を意味するでしょうか。抽出する選択肢は数を限定せず、当てはまるものを自由に選んでよいという条件で調査は行われました。ですから、子どもは自分に当てはまると思うものを制限なく選んでいます。このことは、子どもの成長とともに読書の意義に対する意識が変化しているということを示すのではないでしょうか。小学校低〜中学年までの子どもは、親にほめられたり承認されたりすること、成績が上がるなど目に見えるわかり易い結果が得られることが読書の目的意識を支えたり、励みになったりするのでしょう。

 以前、「低学年児童の学習意欲を支えるいちばんの要素は、親による賞罰である」と いう学習心理学者の研究結果をご紹介しことがありますが、これは読書においても同じ ことのようです。このことに鑑みるなら、親が子どもの読書に積極的に関わることは、 子どもの読書を活性化するうえでとても重要なことだと言えるのではないでしょうか。

 また、年齢が上がるにつれて「外生的意義」から「内生的意義」へと変わっていくのは、それだけ子どもの内面の成長が進んでいくことの証しでしょう。親がほめてくれるからではなく、自分自身の心の充足が子どもを読書に誘(いざな)っていくわけです。この流れを築くには、読書活動初期において親が上手に関わっていくことが肝要だと思います。

 最後に。冒頭でみなさんに質問した内容をもう一度思い起こしてください。現在、お子さんがあまり読書に興味を示さない場合でも、「しかたない」とあきらめず、読書の楽しさにふれる経験をぜひ親からの働きかけでさせてあげてください。そして、読書に少しでも前向きな姿勢が見られたら、大いに喜び、ほめてあげてください。子どもの読書に関われる時間は、あと少ししか残されていないのですから。

H,S

 

2016.11.18 読書活動の活発な子どもの家庭って!?

 前回は、子どもは読書の意義をどうとらえているか、そしてそれが子どもの発達上どんな意味をもっているのかを、資料をもとに考えてみました。大人の読書は、心の充実やエンターテインメント性など、内面に関わる要素が読書の意義につながっています。しかし、低学年児童の場合、親にほめられたり、国語の成績が上がったりするなど、外的な要因が読書活動を支えていることがわかりました。

 こうした低学年期ならではの特徴を踏まえるなら、子どもの読書活動の活性化にあたり、親の関わりや家庭の読書環境整備などが大きな働きをするのではないかと予想されます。そこで、こうした切り口から有用な資料はないか探してみました。すると、学研教育総合研究所のウェブサイトで参考になりそうな調査資料が見つかりましたので、このあとご紹介してみようと思います。

 まずは導入として、子どもをもつ保護者に質問を一つ。次の1と2のうち、子どもを読書好きにするうえでより効果が高いのはどちらでしょうか。

1.家庭に子ども用の書棚を設け、たくさんの児童書を並べておく。
2.親が暇を見つけては読書に勤しみ、その様子を子どもに見せる。

 私には、わが子の読書について苦い経験があります。私自身が子ども時代に本が好きだったため、「家にいっぱい本を備えておけば、子どもは喜んで読むだろう」と思いました。当時、家のリビングには、児童図書がさっと数えて2百冊ぐらいはあったでしょうか。ところがあにはからんや、それらの本は息子の目を輝かせることなく、書棚で眠ったまま役割を果たすことなくお蔵入りになりました。

 こんなことを書くと、答えをお知らせしたようなものですね。そう、正解は2です。親が本を読んで手本を示す。そのことの有効性を裏付ける資料(2015年3月調査)を、ちょっとご覧ください。



 以前、モデリングについてご紹介したように、子どもは親を見て様々なことを学びます。親が本を楽しむ様子を見せることは、「本を読みなさい」と命令するよりも遥かに大きな効力を発揮するのですね。

 ただし資料をよく見ると、月に数冊以内の読書では、読書をしない親の家庭とそんなに大きな違いは生じません。月に6冊以上、すなわち親がかなり精力的に読書に勤しむレベルであって初めて目に見える違いが生まれるようです。「そこまでは無理です!」と、おっしゃる保護者もきっとたくさんおられるでしょうね。それは無理もありません。大人の生活は子どもよりも遥かに忙しく、なかなかそこまでやれるかたは少ないのが現実です。こうしたことが原因でしょうか。先ほどの資料を見ても、月6冊以上本を読んでおられる親は、全体の一握りに過ぎません。

 そこで、親がたくさん本を読む姿を見せられなくても、子どもの読書を促す効果を引き出せる方法を考えてみましょう。たいしたことは思いつきませんが、たとえば「子どもと一緒に本を読む時間を設け、親子共々読書を楽しむ」とか、「1日あたりの読書時間を短めにする代わりに、できるだけ頻繁に読書をする」など、少し工夫を加えてみてはいかがでしょうか。親子一緒の読書なら、毎日でなくても子どもによい刺激を与えることができるでしょう。

 ともあれ、小学生前半までの子どもたちの読書活動には、親の働きかけが大きな影響を及ぼすことは間違いありません。最後に、親子一緒の楽しい時間を過ごすことも、子どもの読書量に影響を与えるという調査結果をご紹介しましょう。これも、先ほどの資料と同じ調査に基づくものです。

 毎日生活を共にしていると、子どもは親が何を期待しているかを自然と理解するようになります。楽しい団らんの時間が頻繁に設けられている家庭では、より親子の意思疎通が図れます。また、子どもの気持ちを落ち着かせ、「親の望んでいることをしよう」という前向きな気持ちを生み出すのではないでしょうか。「勉強もがんばろう」と、やる気が高まるのは間違いありません。

H,S

 

2016.11.25 子どもの読書と親の役割

 今回は、「子どもと読書」をテーマにした一連の記事の3回目になります。これまでお伝えしたように、勉強にしろ、読書にしろ、子どもが物事に取り組むうえで意欲をもてるかどうかは親の関わり次第です。そこで、「子どもの読書の活性化に向けて、親はどんな役割をもっているのか」ということについて、一緒に考えてみたいと思います。

 何度もお伝えしたように、親は子どもの心理や行動に大きな影響力をもちます。親がわが子の読書活動に向けて、どのような配慮をしていくかで、子どもの読書の状況も変わっていきます。では、子どもの読書について親はどのような役割を担っているのでしょうか。

 大学で読書心理学を専門に研究しておられる先生(前々回の記事でもご紹介しました)によると、子どもの読書活動の活性化にあたって親に要請される具体的な役割は次の5つだそうです。



 これら5つの役割のうち、子どもの読書活動を活性化するうえで大きな働きをするのはどれでしょうか。それは、親のどのような行為や関わりによるものでしょうか。また、子どもの年齢によって、親の役割の効果に変化が生じることはないのでしょうか。そこで、こうした視点に基づく調査も行われました(この調査も、前々回このブログでご紹介した調査と一連のものです)。

 調査にあたられた学者は、結果を次の4つにまとめておられました。

1.親が読書好きであることが、子の読書の自立を促す親のさまざまな働きかけの量に影響を与える。
2.親が読み聞かせをしたり、図書館や本屋につれて行ったりするなど、読書に関して子どもと直接かかわることの方が蔵書量や親自身の読書行動よりも子の読書感情にあたえる影響が大きい。
3.家の蔵書量は子の読書量と関連はみられるが、子どもの読書への好感度という感情と関連があるのは、読み聞かせや図書館や本屋へつれていくといった子どもとの直接的な関わりである。
4.読み聞かせの影響は学年とともに小さくなっていくのに対し、図書館・本屋へつれていく役割の影響は変化しない。

 学者のまとめから、何か参考になる事柄があったでしょうか。1については、親の読書に向けた好意度が高ければ、それが親自身の読書量、家の蔵書量、子どもを図書館や本屋へ連れていく頻度、小さいころの読み聞かせの頻度などによい影響を与えることが付記されていました。親が読書好きであると、家庭の読書環境の整備や子どもに読書を促す働きかけなどにも波及していくようです。

 家に本をたくさん揃えているかどうかよりも、親が子どもの読書活動を促すべく、直接的に関わることのほうがよい結果をもたらすようです。前回のブログで、私自身の失敗談を書きましたが、息子が読書家にならなかったのは、私が「本さえあればそれを読むだろう」という、間違った考えをしていたからだということが改めてわかりました。

読み聞かせ、図書館や本屋へ連れていくなど、親から子どもへの直接的な関わりの例としては、どれも低学年児童までに功を奏し易いものがあげられています。いずれも、幼児から1年生頃までは結構親がしていることですが、2年生頃からいつの間にかどれもやらなくなるケースが多いようです。まだお子さんが自ら読書に勤しむ状態に漕ぎつけていないご家庭では、あきらめずに再びこのような働きかけをしてみてはいかがでしょうか。

 4つ目のまとめにありますが、読み聞かせの影響は子どもの加齢とともに小さくなるいっぽう、図書館や本屋へ連れていくことの影響は加齢に伴う影響力の低下が見られないそうです。こうした点も参考にしていただきたいですね。

 いずれにせよ、子どもにとっての読書環境は、本などの“モノ”だけではありません。それ以上に重要な役割を果たすのは“親の関わり”のようです。本を読んで手本を見せる、一緒に読む、図書館や本屋へ一緒に出かける、読み聞かせをする、1冊の本について読後感を述べ合うなど、様々な働きかけを絶やさない。そういう家庭のお子さんが読書の世界へ引き込まれていくようです。

 先ほどご紹介した調査を行った学者の著作には、「小2から小5までの読解力・語彙力の伸びを最も確実に予測できる活動は、家庭での読書時間である」という外国の学者の報告も紹介されていました。子ども自身はリテラシー能力の発達とともに、楽しみとして読書の世界に深く入り込んでいきます。その恩恵として知らず知らずのうちに豊かな知力の持ち主になれるのだという点も、読書のすばらしさを物語っていると言えるでしょう。

H,S

 




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