子どもの才能は生まれつき?
いいえ、家庭の関わりが大きな作用を果たします。


2016.5.6 “9歳の壁”という言葉をご存知ですか?

 みなさんは“9歳の壁”という言葉を耳にしたことがおありでしょうか。昭和の後半から教育の世界で話題にされるようになった言葉だそうで、私が知ったのは20数年前のことです。
 この言葉にどんなイメージをおもちになりましたか? 「壁」から連想し、「子どもの成長上の問題点」という受け止めかたをされたかたが多いことでしょう。この「9歳の壁」について考察するうえで重要なのが、子どもの言葉と思考の発達のプロセスです。
 子どもは、目に見える具体的なものとの照合で言葉を覚え始めます。それから、年齢が上がるにつれて、「うれしい」「悲しい」「つらい」「恥ずかしい」など、目に見えない事象を表す言葉の理解も進んでいきます。これらの言葉の先生は、言うまでもなくおかあさんです。さらに年齢が上がると、子どもの行動範囲や人との交流の広がりに伴い、より抽象性を帯びた言葉にふれる機会が増えていきます。
 事例をあげてみましょう。子どもは成長につれて、おとうさんやおかあさん、おじいさんやおばあさんを「家族」という括(くく)りで表現したり、皿や茶碗、コップなどを「食器」というカテゴリーで言い表したりすることを知り、それを自分で使えるようになっていきます。
 このように、同じカテゴリーで括れるものを総称する言葉で言い表したり、「戦争」や「平和」など、社会の状況を捉える言葉を使ったりするためには、高度な概念操作が必要です。したがって、それが可能になるまでには相応のステップを踏まなければなりません。
 聴覚障害児は、実際に触って確かめられるものと言葉の関係は理解できるものの、抽象的な事象やものごとを表す言葉を理解するのに難渋します。したがって、教科書に抽象語や概念語が増えてくる4年生(9歳)頃に行き詰まることになりがちです。“9歳の壁”は、このような問題をとらえて生まれた言葉だと言われています。
 ところが、「健常児も例外ではない」ということが次第に認識されるようになりました。確かに、学習塾の教室でも結構あることです。たとえば、4年生の国語の授業などで、いくつかの具体例の根底にある共通性に気づき、一般化してとらえられるようになった子どもがいる一方、まだその段階に至らない子どももかなりいることに気づきます。「もし一人で宇宙旅行に行ったら」という仮定の話を、楽しむどころか「そうなったらどうしよう」と本気で心配するような子どももいます。

 上の図でもわかるように、仮説で論理を組み立てる思考を小学生の子どもは苦手とします。それができてこそ、大人の思考に近づいたと言えます。そこになかなか到達できない。この状況を言い表したのが“9歳の壁”という言葉なのだと思います。つまり、9歳前後が具体的思考から抽象的思考への移行期であり、内面の成長の節目にあたる時期なのです。
 先ほど、“9歳の壁”は、普通の小学生にも存在するのだということをお伝えしました。実際、子どもの養育にあたっているおとうさんやおかあさんが、わが子の言葉の発達状況を見て心配になるようなケースは、以前より増えているのではないかと思います。
 「うちの子は、話すこと、考えることが幼稚だ」と嘆いているかたはおられませんか? そのようなかたは、次の二つの図を見比べてみてください。おたくのお子さんの生活は、どちらのほうに近いでしょうか。

 子どもの思考の発達にあたっては、言葉にふれる機会と実体験とのつながりが大きく作用します。ですから、言うまでもなく左側のファクターとつながりの深い生活をしている子どもほど、思考の発達は順調に進むと考えてよいでしょう。
 コンピュータゲーム機の浸透、家族の会話の減少、子どもの集団遊びの場の減少、核家族化の定着など、子どもの言葉と思考の発達を阻む要因は年を経るごとに増すばかりです。こうした現状に対して不安をもつ人は、おそらくはかなりの数に上るのではないでしょうか。そのことを踏まえるなら、“9歳の壁”は現代社会がもたらした構造的現象であると言えるかもしれません。
 玉井式にご縁をいただいているご家庭の多くは、お子さんの中学受験を視野に入れられておられるのではないかと思います。このようなご家庭にとっては、「“9歳の壁”をいかに上手に乗り越えるか」は、相当に重要な課題の一つと言えるでしょう。
 そこで次回は、中学受験で出題された国語の問題を例にあげ、小学生いっぱいまでに到達しておきたい思考のレベルがどのようなものかについて、ともに考えてまいりたいと存じます。

H,S

 

2016.5.13 中学入試で求められる思考の成熟度

 前回に引き続いて“9歳の壁”という言葉に絡め、子どもの思考の発達について私自身の学習塾での経験を踏まえながら話を進めてまいりたいと存じます。

 実は、9歳の壁という言葉を知ったとき、私が真っ先に思い浮かべたのは中学受験をめざしている子どもたちのことです。国語のテストで悪戦苦闘している子どもの多くは、抽象的な内容を扱った文章を苦手としています。また、人間心理の深い部分への理解が十分ではありません。ある人物が、友人のために心ならずも本心とは逆のことを言ったりするようなシーンがあります。しかし、「なぜそう言ったのですか」などと聞かれても、的を射た心理の把握ができない子どもが多いのです。

 このような子どもたちは、表出された行動や言葉を通じてしか、作中の人物の気持ちを読み解くことはできません。つまり、具体的事実をもとに考える段階で止まっているのです。そして、残念ながらそういう子どもが中学受験生のなかにもかなりいるのです。

 ここで、実際の中学入試問題を通して、子どもの内面の発達度がどう問われているのかを確かめてみましょう。次の課題は、かつて私が勤務している学習塾の主要ターゲット校で出題されたものです。



 この問題を6年生にやらせてみました。それも、入試がだいぶ近づいてきた秋の深まるころのことです。さて、子どもたちはどう答えたでしょうか。代表的なものをあげてみましょう。
 ・いじっぱりでまけずぎらいな人
 ・いじわるで性格の悪い人
 ・いやみを平気で言ういやな人

 出題意図は明白です。言葉や態度とはうらはらな医者の思いやりと優しさ。それに思いを馳せることができるかどうかを試しているのです。しかしながら、子どもたちのほとんどは、うわべの医者の言葉や態度に惑わされた答えを書いていました。

 これはどういうことを意味するでしょうか。小学生の子どもには、行動の背景にある心理を洞察する力が十分に育っていないのです。「ついでだ」と言って老人を診察する医者の本心に気づかず、ほんとうに「ついでだ」と読んでしまいます。「いやみを言った」と書かれていると、ほんとうに「いやみな人だ」と思ってしまうのです。このように、言葉をそのまま文字通りに受け取ってしまい、人物の心の核心部分に迫っていくような読みかたができません。

 ここまでお読みになって、「これは大変、うちの子は中学入試に通用する読解力が身につくかしら」と心配になったかたがおられたらごめんなさい。上記のような人間の内面に関わる問題の出題数は、そんなにあるわけではありません。読んでできごとの事実関係を掌握できる力があれば、入試で決定的な不利を被ることはありません。実際、この問題をやらせてみた男子の大半が無残な結果だったにもかかわらず、やがて本番ではこの私学(県内の最難関校)を受験してみごとに合格していました。

 ちなみに、上記の中学入試問題は男子私学の入試問題で、誤答の例もすべて男子児童でした。少なくとも、女子児童はそこまで幼稚ではありません。無論、女子児童のなかにも人物の心理などに疎いタイプの子どもはいますが、その割合は男子よりもずっと低いのが普通です。女子で読解力のあるお子さんは、15字以内という制限から、医者の表面と実際を対比して答えるべき問題であることに気づいていました。たとえば、「口は悪いけれども心の温かい人(14字)」などと答えていました。

 よく言われるように、思春期までは女子のほうが言葉や思考の発達が早く、精神年齢も1歳〜1歳半ぐらいは高いと言われています。したがって、男子は女子と口喧嘩をしてもまるで相手にならず、やりこまれてしまうようです(男子が精神面で女子に追いつくのは中3あたりからだと思われます)。

 今回も長くなってしまいました。そろそろ終わりにしなければなりませんね。子どもの内面の発達において問題が生じやすく、親や周囲の大人がケアしなければならないのは男の子だということがおわかりいただけたでしょうか。

 次回は、そういった幼稚なタイプの男の子をもつ父親が、ご自身の体験をユーモラスに書いておられる書物がありますので、参考までにご紹介してみようと思います。

H,S

 

2016.5.20 語彙獲得が学習活動に及ぼす影響

 だいぶ前の話ですが、ある作家が自分の子どもの中学受験に至るまでのエピソードを本にしたところ、評判になったことがあります。

 私も仕事柄中学受験に関わっており、しかも本の内容が子どもの内面の成長と国語力との相関関係を暗示させるものだったため、興味を惹かれて読んだことを記憶しています。このところの話題の流れにも沿った内容の記述がありますので、今回は関連する部分をご紹介してみましょう。(都合で多少表現を調整しています)。



 このエピソードは、「言葉を知らないと勉強にならない」ということを教えてくれるでしょう。この作家の息子さんは、算数でも言葉で引っかかって苦労したそうです。

 「ネギが3たばあります。べつのところに5たばあります。合わせて何たばですか」という問題で、「たば」の意味がわからず、思考がストップしたそうです。上の学年になっても、算数の文章題で「くさったリンゴを処分した」の「処分」の意味がわからないため、正解できなかったというような記述もありました。

 親はわが子に「学力に秀でた優秀な人間になってほしい」と願います。そこで、「どんな勉強をさせるべきか」「どんな塾に通わせるか」などに関心を寄せることが多いものです。

 しかし、そこに盲点があります。勉強は何によって行われるのかというと、言葉(主として書き言葉)です。言葉を知らなければ子どもは勉強できませんし、やっても空回りしてしまいます。その意味において、「言葉(書き言葉)の習得」は学力を伸ばすための必須条件だと言えるでしょう。

 これは“言わずもがな”のことですが、国語に限らず、すべての教科の勉強は教科書を介してするのが基本です。そこで、子どもは活字(書き言葉)をコミュニケーションのツールとして活かせるようにならなければなりません。先ほどの作家の息子さんは、言葉のバリエーション(理解語彙数)が乏しいために国語だけでなく算数においても苦労したというわけです。

 では、子どもはどんなプロセスを経て書き言葉の語彙を増やすのでしょうか。小学校に入学し、子どもは書き言葉の世界に正式に参入します。文字の一つひとつを学び、その組み合わせで様々な言葉ができるのだということを一から学んでいきます。

 ただし、低学年の頃は、すでに知っていた「話し 言葉」と照合して新たな「書き言葉」を獲得していきます。ですから、語彙としてはすでに身につけていたものであり、語彙の全体数はなかなか増えません。しかし、やがて書き言葉が一定数に達すると、一人で読書を楽しめるようになります。そこから、子どもの語彙は急速に増えていきます(右表参照)

 なにしろ、本のなかで出合う新しい言葉は、おかあさんとの会話で獲得する語彙とは比べものにならないほど多くなります。そこで一気に増えた語彙が、子どもの思考に大きな変化を生み出していきます。すなわち、具体的なものを表す言葉だけでなく、抽象的な事柄を意味するような言葉や、微妙な心理を表すような言葉も理解できるようになっていきます。このような流れがうまく進行することで、子どもの学習はより高い次元へとグレードアップすることができます。もしも、子どもがまったく本を読まなかったなら、上表のように中〜高学年での爆発的な語彙増加を達成することなど到底できないことでしょう。

 子どもの思考のレベルアップを果たすうえで語彙を増やすことが肝要であること、それが学力向上にもつながることをお伝えしました。そして、この流れを築くうえで読書活動が大きな働きをするということをお伝えしました。しかし、大切なことはそれだけではありません。次回は、子どもの思考の発達や学力向上を図るうえで、親はどんな配慮や働きかけをしたらよいかについてお伝えしようと思います。よろしければ次回もお読みください。

H,S

 

2016.5.27 “9歳の壁”をどう乗り越えるか

 このところ、“9歳の壁”という言葉の存在とその意味についてご紹介したのを発端にして、9歳前後が子どもの思考の発達における節目となっていることについて考察しています。

 玉井式においても、“9歳まで”という言葉を用いていますが、これは脳が柔らかくて刺激に対する反応性や受容性が高い時期が9歳ぐらいまでだということに基づいています。やったらやっただけ伸びるときにこそ、必要かつ適切な学習体験をさせよう。このような趣旨で考案されたのが玉井式の教育プログラムなのだと言えるでしょう。

 そうすると、“9歳の壁”と“9歳までの能力開発”は、同じように“9歳”という言葉を用いても全く次元の異なる話なのかと思われるでしょうか。私はそうは思いません。9歳頃が具体的思考から抽象的な思考に移行する節目にあるということは、「子どもの思考の枠組みがより大人に近づいたのだ」ということを意味するでしょう。それは同時に、「脳の活動の基礎工事が終わりつつある」ということでもあります。

 つまり、脳の活動様式が定まり、高度な思考ができるようになっていく代わりに、以前のような柔軟性や圧倒的と言えるほどの吸収力が失われていくのではないかと思います。このように考えても、9歳頃が子どもの発達上の重要な転換期にあるのだということがわかるのではないでしょうか。

 今回は、“9歳の壁”に関する記事の最後の回にしようと思います。そこで、「どうすれば、わが子が上手に“9歳の壁”を乗り越えることができるだろうか」ということについて、私の考えを書いてみようと思います。と言っても、実はこの課題に対する答えは、5月6日に掲載した記事の「子どもの発達を促すのはどちら」というタイトルの図ですでに示しています。ですから、今回はそれをより詳しく丁寧にお伝えしてみようと思います。

1.家庭内での「親子の会話」を活性化する。
 言うまでもありませんが、小学生までの子どもにとっておかあさんの影響力は絶大です。何しろ、何もわからない赤ん坊のときから、ものごとに関わるほとんどすべてをおかあさんが教えてきたのですから。ですから学校に通うことになってからも、言葉の先生としてのおかあさんの影響力はいささかも衰えるものではありません。子どもにとって、家庭でのおかあさんとの言葉のやりとりは、語彙を増やし思考の能力を高めていくうえで不可欠なものなのです。

 今、お子さんと一日どのくらい会話をしておられますか? また、その会話ではどんな言葉が用いられていますか? お子さんにとって、おかあさんの言葉は抽象語を習得するための手本に他なりません。おかあさんの日常の何気ない言葉の数々は、まさしく子どもが身につけたい抽象語の宝庫なのです。

 ですから、忙しい日々を送っておられるおかあさんも、毎日楽しい会話の時間をお子さんのために設けてあげてください。そして、お子さんの多少まどろっこしい話を丁寧に聞いてあげてください。その繰り返しによって、お子さんは新しい表現のレパートリーを獲得していきます。そのなかには抽象語がかなり含まれているはずです。そして、それはおかあさんを通じて学んだものに相違ありません。

2.「読み聞かせ」や「読書」を活発にする。
 子どもが語彙を増やすうえで、読書の果たす役割は小さくありません。というより、小学校の3〜4年生以後は、読書こそが語彙贈強の一番の手段になっていきます。

 お子さんの読書の状況を振り返ってみてください。3年生なら、もう一人で本をどんどん読むようになったお子さんもおられることでしょう。1年生でも、早いお子さんは自分で読書を楽しめるようになっておられるかもしれませんね。

 ただし、「一人で本を読むからもう安心」と思わないでください。挿し絵にばかり反応したり、筋立てや結末に気を奪われたりして、ほんとうの読書ができていないケースも少なくありません。そのことを意外と親は気づかないもので、「うちの子はどうして国語の読解が苦手なのかしら」などという問題に突き当たって初めてわが子の実態に気づくかたもあるようです。

 ですから、まだ読書を子ども任せにせず、ある程度見守っていくことも大切だと思います。できれば、同じ本を読んで楽しい場面や心に残った事柄についてお子さんとやりとりをしてあげてください。それが読書を意味のあるものにしていくうえで大いに役立つと思います。

 また、「読み聞かせは、せいぜい1年生まで」と思っておられるかたはありませんか? 読み聞かせは、子どもが読書を一人でできるようになったら必要がなくなるものではありません。読書と並行して、是非続けていただきたいのです。なぜかというと、読み聞かせは筋立てを楽しむだけでなく、表現の豊かさを味わうほんとうの読書へと誘(いざな)ってくれるからです(読み聞かせについては、機会があったら詳しく書いてみようと思います)。

3.実物を見たり触ったりする体験を数多くする。
 子どもが言葉を獲得するうえで、実体験はそのベースとなる大切なものです。子どものうちには、実物を見たり、触ったり、使ったりする体験は少しでも多いに越したことはありません。いくら図鑑で見ても、実物を直に見た生の情報に勝ることはできません。

 この具体物に対する知識が豊富にあるということが、実は抽象性を帯びた表現の理解にあたっても、大変大きな役割を果たすと言われています。抽象的な事象や事柄を表現した言葉をイメージ化するにあたっては、そのイメージ構成のベースとなる知識が結局のところ具体物にふれた経験によって形成されたものだからです。

 また文章を読み進めていくということは、描かれている場面や情景をどれぐらい絵のようにイメージできるかが、内容理解の度合いを決めると言われています。言葉で表現されているものをイメージ化するうえで、実物をよく知っているかどうかは非常に重要なポイントです。子どものころに、豊富な実体験を積み重ねておくことは、言葉の習得が高度なレベルに進めば進むほど重要性が増してくるのではないでしょうか。

 日曜日や、夏休み・冬休みなどは、お子さんを様々な場所に連れて行き、実物にふれる体験をさせてあげてください。お子さんのものごとに対する理解の手だてになるとともに、そこでの体験は親との楽しい思い出として、永遠に脳裏に刻まれていくことでしょう。

 子どもが“9歳の壁”を乗り越えられず、苦労するような事態を避けるには、内面の発達のプロセスを大人が理解し、子どもが健全な成長を遂げられるよう環境を整えていくしかありません。言葉は思考の大切な手段であり、コミュニケーションの手だてです。その言葉を獲得するにあたり、親が子どもに関われるのはあと数年ほどしかありません(親の影響力は、子どもが思春期を迎えると一気にしぼんでしまいます)。「わが子に何をしてやれるか」を考えつつ、悔いの残らぬ働きかけをしてあげてください。

H,S

 




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