子どもの才能は生まれつき?
いいえ、家庭の関わりが大きな作用を果たします。


2015.08.10 伸びる子にするための基本を考える その1

 今回は、子どもの勉強(主として読み書き学習)の望ましいありかたを話題にとりあげてみました。おたくでは、お子さんの勉強についてどのような方針をもち、関わっておられるでしょうか。

 あるおかあさんは、「勉強は、4〜5年生ぐらいからがんばればいいかなと思っています」とおっしゃっていました。「早くから勉強、勉強と追い立てなくても、いずれ時期が来たらきっと勉強に目覚めてがんばるようになるだろう。それまでは、大いに遊び、スポーツなどを楽しみ、健康な体をつくっておけばよい」――このようなお考えでしょうか。子どもの自然な成長を願う親心が感じられますね。

 またあるおかあさんは、子どもが小学校の1年生のときから家庭教師をつけ、かなり難しいことまで勉強させておられます。また、おかあさん自身も、お子さんの勉強の取り組みを熱心にサポートされています。「このほうが学校の勉強も余裕をもってこなせるし、他者に対するアドバンテージが自信につながり、先々もがんばれるのではないか」と期待してのことでしょうか。これも子どもを思う親心の表れでしょう。

 一般に、前者のような考えは“成熟主義”、後者のような考えは“訓練主義”と言われます。どちらが正しいのでしょうか。また、子どもの将来に望ましい結果をもたらすのでしょうか。

 お気づきかもしれませんが、どちらにも危うい点があり、賛成しかねるやりかたです。無論、「完全な間違いだ」とまでは言えません。ひょっとしたらうまくいくこともあるかもしれません。しかしながら、確率的には失敗する可能性が高いのです。

 なぜでしょうか。まずは前者について考えてみたいと思います。“読み”の力の発達を例にとってみましょう。子どもの読み書きの学習は、小学校入学をもって正式にスタートします。

 文字学習が少し進むと、簡単な文章が読めるようになります。この段階では、文字一つひとつの音を実際に声に出しながら、文字とそれに対応する発音を照合していくことになります(音読)。そうして2年生の前半ごろ、多くの児童は黙読の段階へ進んでいきます。

 黙読は、活字を読むときの負担を大いに軽減してくれます(音声というブレーキが外されるうえ、文字の連なりの切れ目を見つけ、言葉の意味を理解する作業が快適にできるようになります)。この段階へ漕ぎつけると、子どもは自然と読書活動にいそしむようになります。それが一層正確で滑らかな黙読を可能にしていきます。これが、3年生頃までの読みの態勢の発達の流れです。

 以上からわかるのは、文章を読む能力は、3年生いっぱいまでにおおよそ定まるということです。このことは前述の、文字学習のスタート、音読、黙読、読書、読みの熟達という流れをたどっていけばおわかりいただけると思います。専門家の調査によると、3年生と5年生の児童に同じ文章を読ませて読了時間を測定したところ、その平均値はほとんど変わらなかったそうです。この結果は、子どもの読みの態勢は、3年生頃に安定してくることを意味しており、前述の私の見解と一致していると言ってよいでしょう。

 子どもの読書活動は、黙読能力が安定してくる3年生頃から急速に活発になります。それに呼応して、語彙がものすごい勢いで増えていきます。そして、4年生頃から抽象的な思考が発達し始め、5〜6年生頃になると論理的な思考力もかなりのレベルで可能になっていきます。文字学習のスタートからたどっていくと、こういう流れがどうやって生じるのかがよくわかりますね。

 もしも、音読、黙読へのステップアップがうまくいかなかったならどういうことになるでしょう。うまく黙読のできない子どもは、読みの負担が大きいために読書を嫌がる傾向があります。たとえがんばって読もうとしても、時間がかかりますし、読んだ内容の理解も不十分ですから、二重三重の苦痛を強いられます。こうなると、読みの習熟が順調な子どもとの差は開く一方になってしまいます。

 「勉強は、4・5年生になってから」という考えが、読みの習熟のプロセスという観点に立つと、非常に危険であるということが、これでおわかりいただけたでしょうか。かつての日本では、きょうだいがたくさんいましたし、近所の子ども同士のつながり、おじいさんおばあさんとの交流などを通して、子どもが自然と活字にふれる経験をし、読みの能力を磨いていく環境が与えられていました。しかし、今日の日本ではそういったことを期待するのは難しいと言えます。だからこそ、子どもの読みのステップアップに向けたサポートを大人が意図的にする必要があるのです。

 話が長くなってしまいました。とりあえず今回はここまでとし、次回はもう一つの親の考えかたの是非を考えてみようと思います。よろしければ続きをお読みください。

H,S

 

2015.08.17 伸びる子にするための基本を考える その2

 前回は、「勉強は、もっと大きくなってからがんばればよい」という考えの問題点について検討してみました。今回は、これと好対照の「早めに勉強を進めておくほうが有利」という考えについて検討してみようと思います。

 すでに、「早目にがんばらせよう」という親の考えかたについても、「危うい点があり、賛成しかねる」とお伝えしています。それはどういうことを言うのでしょうか。

 文字(漢字)の習得を例に考えてみましょう。小学校入学の段階で、未習の漢字をたくさん書けるようになっている子どもは、その後もずっとこのアドバンテージを維持したり、さらに差を広げたりできるのでしょうか。

 残念ながら、私の知る限りにおいてはそうではありません。小学校に入学した段階では、個々の子どものひらがなや漢字の習得度の差はかなりあるのが普通です(ひらがなは大半の子どもがマスターしていますが、拗音や促音、幼長音などの特殊なものまですべて理解している子どもはごく少数です)。これは、就学前教育が非常に多様であり、子どもたち一人ひとりの習得度が実に様々だからです。ただし、この個人差は1年生の秋が深まるころにはあらかたなくなると言われています。

 なぜでしょうか。その理由を知っておくことは、今後の学習のありかたを考えるうえでも大いに参考になるでしょう。以下に、文字学習の先行体験の少ない子どもと、多い子どもの小学校入学後の学習状況の違いを簡単にまとめてみました。

●先行体験の少ない子ども 文字の学習が新鮮で熱心に学ぶ。少し書けるようになってくると、文字で何かを表現することに夢中になったり、手紙を書いて相手にメッセージを伝えようと一生懸命がんばったりするようになる。たどたどしくほほえましい手紙を書いて、おかあさんを喜ばせるのはこのころのことである。子どもは、このような体験を通じて、文字によるコミュニケーション能力を相当なスピードで獲得していく。
●先行体験の豊富な子ども すでにたくさんの文字を学習しており、漢字も相当数書けるようになっている。しかし、これらの知識は子ども自身の知的欲求によって獲得したものではない。親に命じられ、がんばって覚えるとほめられる。それが文字学習の主要な動機であることが多く、子ども自身に文字習得の喜びや楽しさがあったわけではない。学校で文字を教えられても、その大半が既習の文字であるため、学び取る喜びや楽しさが伴わず、文字学習への意欲がなかなか高まらない。

 文字を自分で読めるようになり、書けるようになることを通じて、子どもは文字というものの便利さやすばらしさを実感します。そして、目の前にいない人と意思伝達をする体験を通して、「なぜ文字というものが発明されたのか」ということを理解します。それが子どもの文字習得への意欲を駆り立て、子どもの学習活動を活発化させていきます。

 ところが、大人に要請され、大人にほめられることを主たる動機として文字学習の先行体験をした子どもは、文字を獲得することのもつ意味や、文字の便利さに思いを致すことが少ないようです。それが小学校入学後、わずか1年もたたないうちに先行体験のアドバンテージを失ってしまう主要な原因になっているのではないかと思われます。

 いかがでしょう。勉強というものは、早く始めればいいということではなく、そうかと言って子どもの自覚が高まるまでゆっくりと待ってやればよいというものでもないということが、これでおわかりいただけたでしょうか。

 そもそも、初等教育の開始年齢がどの国でもおよそ6歳頃であるということにも、それなりの理由があるようです。先生が全体に語りかけることを、自分のこととして受け止め、理解できるようになるにはそれ相応に子どもが成長していなければなりません。また、鉛筆を握って文字を書くにはある程度の筋力が必要です。また、先生の話に耳を傾け、何をどうしたらよいのかを理解し、課題を解く作業をするには、一定レベルのコミュニケーション能力や思考力が求められます。さらには、自分のやったことが正しいのかどうかを自己検証する姿勢(メタ認知的視点)も、学習活動においては求められます。

 これらのことから判断すると、正式に集団の場でリテラシーを学び始めるには最適年齢(発達段階)があり、それより早くから取り組ませることがプラスになるとは限らないことがおわかりいただけるでしょう。前述のように、文字の機能性に着目し、「文字って、便利だな!」という感動の伴った学習を子どもに経験させたほうが、伸びしろも豊かになるのではないでしょうか。

 やや極端な例をもとに考察してきましたが、勉強においては「ゆっくりでよい」という考えも、「少しでも早いほうがよい」という考えも望ましいとは言えず、よい結果をもたらすことは少ないと思ったほうが賢明でしょう。

 ただし、勉強で成果をあげるには、適切な時期に適切なステップを踏む必要があるのは間違いありません。前回、読みの習熟のステップについてお伝えしましたが、このステップを踏み外すと、国語だけでなくすべての教科の学習が円滑に進まず、後手を踏んで苦労を強いられてしまいます。

 また、ある方面の才能は、一定年齢までに刺激を与えておかないと開花し損ねてしまいます。代表的なものが算数の図形単元です。玉井式に限らず、才能開発教育においては「9歳まで」という言葉が頻繁に用いられますが、図形学習にもそれが当てはまります。次回は、この「9歳まで」という言葉にスポットを当てて考えてみたいと思います。

H,S

 

2015.08.21 才能開発は“9歳まで”と言われるわけ その1

 玉井式は、子どもの「能力開発」に焦点を合わせた教育プログラムを推進しています。能力開発には、特に何歳までという具体的な線引きはありませんが、“9歳まで”というフレーズが一般的には多く用いられています。玉井式も、この“9歳まで”ということを念頭に置いて開発されています。

 では、なぜ“9歳まで”という表現が用いられるのでしょうか。今回はその理由を、私が調べてみたことをもとにお伝えしてみようと思います。この記事を通じて、9歳までの学習の重要性や、玉井式が提供する学習プログラムの意図やよさについてご理解いただけたら幸いです。

 なお、“9歳まで”という言葉のほかに、才能開発においてによく使われるのが“3歳まで”という言葉です。これは、脳の主要な組織が3歳頃までに形成されることを踏まえたものでしょう。しかしながら、
3歳以前では子ども自身の自覚的学習が成立しません。また、脳の組織化に関する研究には不明な点が多く、詳しいことはわかっていません。ですから、専門家の間では“3歳まで”というフレーズは、誤解を招き易い神経神話の一つとみなされているようです。

 それでは、能力開発において“9歳まで”という表現がしばしば用いられる理由をこれからご説明してまいります。なお、能力は、資質や才能、知能などという言葉に置き換えることができます。これらのうち、幅広い知的活動に適用される能力として用いられるのが知能(英語ではintelligence)という言葉です。そこで、これから子どもの知的能力の発達について言及する際には、知能という言葉を使用します。ご了承ください。

 知能は、大きく二つの種類に分けることができます。一つは「結晶性知能」、もう一つは「流動性知能」と呼ばれるものです。この分類は、レイモンド・キャッテル(1905−1998:イギリス出身で、ロンドン大学卒業後アメリカに招かれて学者として成功した)という学者が提唱したものですが、現在では広く世界中で受け入れられています。二つの知能は、発達の様相が全く違います。また、発揮される領域も大きく異なります。

 結晶性知能(crystallized intelligence)とは、「頭のなかに蓄えている情報」に基づいて発揮される知能で、おもに言葉、知識、思考、判断、数的処理などに関わる能力です。学習を通じて培われた能力が結晶化して残り、以後の学習活動に活かされることから名づけられたと言われています。一般的な読み書きの際に求められるのは、だいたいこの「結晶性知能」だと思ってよいでしょう。また算数の場合、学習して得た知識を操作することによって解を引き出すような領域が、この知能の守備範囲です。

 このことからもわかりますが、いわゆる教科学習と呼ばれるものの大半はこの結晶性知能に関わっているとみてよいでしょう。理解すること、考えること、覚えることに関連した学習は、みな結晶性知能の活動領域なのです。

 一方の流動性知能(fluid intelligence)は、知識があまり役に立たない状況で発揮される神経系の知能です。図形の認識や識別、図形の空間把握、速度などに関わり、これまでに体験したことのない、まるで予期しなかった状況のもとで直ちに峻別・反応が求められるときに稼働します。「流動性知能」という呼称は、「予期せぬさまざまな状況に対して、流動的に対応する際に発揮される」という意味合いから名づけられたようです。

 よく、「私は数学的な閃きが足りない」「算数のセンスがない」などと言って嘆く人がいます。このタイプの人は、流動性知能に弱点をもっています。閃きやセンスを問われる課題は、ゆっくりじっくり考えても解決できません。それよりも、瞬間的な反応力が決め手になります。このことからも、学んだ経験をもとに考えて解決する結晶性知能とは違う、神経系の知能であることがわかるでしょう。

 では、ここから「能力開発は、なぜ“9歳まで”と言われるのか」について話を進めていこうと思います。 下の図は、「結晶性知能」と「流動性知能」が生涯を通じてどのように変化するかを調べたものです。

   ▼結晶性知能と流動性知能の発達曲線 キッテル研究資料    ※上表は、キャッテルの研究によるものです。

 どうでしょう。二つの知能の曲線の違いをどう理解したらよいでしょうか。長くなってきましたので、ここでとりあえず今回の話を終え、続きは次回一緒に考えていこうと思います。

 なお、「流動性知能」に関しては、グラフに描かれている曲線を見れば、「能力開発」がなぜ9歳までと言われるのかの答えがある程度見えてくるのではないでしょうか。この知能が急激に発達する年齢を見てください。また発達のピークは何歳頃に訪れているでしょうか。

H,S

 

2015.08.28 才能開発は“9歳まで”と言われるわけ その2

 前回は、知能には「結晶性知能」「流動性知能」の2種類があることをお伝えしました。そして、この二つの能力の及ぶ範囲、特徴を大まかにみていきました。そして最後に、二つの知能の生涯にわたる発達曲線を確認しました。

 さて、「結晶性知能」と「流動性知能」の発達曲線をもとに、「なぜ能力開発は9歳までと言われるのか」についての答えを考えてみようと思います。無論、手掛かりはそんなに多くありません。二つの知能に関する基本的情報はお伝えしましたが、あとは発達のカーブを描く曲線をもとに推論するしかありません。では、二つの知能の発達曲線をもう一度見てください。

   ▼結晶性知能と流動性知能の発達曲線 キッテル研究資料    ※上表は、キャッテルの研究によるものです。

 まずは「流動性知能」から見ていきましょう。この神経系知能は、低年齢の時期に発達カーブが急激に上昇し十代半ばで早くもピークを迎えます。そしてそれ以後はゆっくりと下がっていきます。つまり、中学生いっぱいでポテンシャル自体は限界値に達し、以後はいくら努力しても高めることができなくなる知能なのです。

 流動性知能の発達カーブをより詳細に見ていきましょう。3歳前後から9歳あたりまでの上昇が最も著しくなっています。それ以後は徐々に上昇カーブが緩やかになり、15歳ぐらいでピークを迎えます。つまり、流動性知能は9歳前後までの伸び率が最も高く、学習した効果を引き出しやすいのです。このタイミングを活かせば、知能の上昇カーブはより高い放物線を描き、15歳時点の最高到達点が高くなります。つまり、算数の閃きやセンスを問われる課題に強い子どもになれる確率が高くなります。

 さて、一方の「結晶性知能」はどうでしょう。幼少期から50〜60歳ごろまでゆっくりとしたカーブで上昇しています。70歳になっても、ピーク時とあまり変わらない水準を維持しています。前回、「結晶性知能」という呼称の由来をご説明したように、学習によって得た成果が結晶化して、後々まで知的な活動を支えてくれる知能です。だから、学習を積み重ねていけばいつまでも伸び続けるんですね。このことは、あらゆる年齢層の方々に勇気を与えてくれるでしょう。

 では、結晶性知能は「9歳まで」というフレーズに適合しないのでしょうか。そうではありません。結晶性知能は「言語性知能」と呼ばれるように、言語と密接に関わる知能です。学習は言語を介して行われますが、この場合の言語は音声言語よりも文字言語が高いウェートを占めます。前々回、子どもは小学1年生から正式に文字学習を始め、やがて小学校3年生頃に読みの態勢が安定軌道に乗るということをお伝えしました。この流れがうまくできると、小学2〜3年生頃から子どもの読書活動が活発化していきます。そして、見る見るうちに語彙が爆発的に増え、思考力も伸びて行きます。

 逆に、9歳前後までの読みの態勢づくりがうまくいかなかった子どもはどうでしょう。うまく読めない子どもは、大概読書を嫌がります。読むことが苦痛で、無理に読んでも内容がよく理解できないし記憶にも残らないのですから当然です。そうなると、読みの達者な子どもとそうでない子どもの学力差は開く一方になってしまいます。結晶性知能の発達カーブも、両者を比較すると歴然たるものになるに違いありません。

 このことに照らすと、9歳前後までの読みの態勢づくりが、その後の子どもの学習のはかどりに著しい影響をもたらすことが予想されるでしょう。なにしろ、全ての教科の学習は文字を使って行われます。読みの力がしっかりと身につき、数多くの語彙を有する子どもは、どの教科の学習も快適に行えますが、読みが稚拙で活字から意味をくみ取る力が足りない子どもは、どの教科の学習も難儀してしまいます。

 以上から次のようなことがわかります。「9歳までに読みの態勢を上手に築くと、結晶性知能の発達曲線がより上向きになり、年齢相応よりも常に高い水準の言語活動・思考活動が可能になる」のです。そうして、常に書物を読むこと、学ぶことを怠らなければ、一生を通して高いレベルで結晶性知能を伸ばしていくことができるでしょう。

 ここまでお読みくださったかたは、玉井式の学習プログラムと二つの知能の開発との関わりについて知りたいとお考えになったかもしれませんね。次回以後、そうした関心にお答えする情報を少しずつお届けできたらと考えています。

H,S

 




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