子どもの才能は生まれつき?
いいえ、家庭の関わりが大きな作用を果たします。


2017.8.18 “プラス思考”の子育てが子どもを伸ばす! その1

 人生においては難しい問題に直面することがしばしばあります。そんなとき、「だいじょうぶ。絶対に解決できる!」「きっとやれるさ!」とポジティブに考える人もいれば、「失敗したらどうしよう?」「だめだ。もうどうしようもない!」と、ネガティブな心境に追いやられてしまうタイプの人もいます。

 どちらの考えかたが局面の打開に有効かは言うまでもありません。「やれる!」という強い信念や確信はものごとを遂行するうえで大きな力になります。いっぽう、悪い結果を予測してしまうとモチベーションが低下し、できるはずのことまでできなくなってしまいます。

 では、ポジティブ派か、ネガティブ派かは、どうやって決まるのでしょう。まず言えるのは、ポジティブな考えかたで状況に対処するか、ネガティブな考えかたに振り回されるかは、問題への対処前にどのような情報を得たか(どのような暗示を受けたか)も大きく影響するということです。たとえば、最近私の読んだ書物にアメリカの学者の次のような実験結果が紹介されていました。

 60代と70代と80代の人々が年齢とともに記憶力は低下すると書かれた記事を読むように指示され、そのあとに記憶力のテストを受けたときには、テストに出てきた単語のうち44パーセントしか覚えていなかった。テストのまえにその記事を読まなかった同様の構成のグループでは、58パーセントの単語を覚えていた。数学の難題を解く大学のテストでは、女子学生たちは自分が女性であることを指摘されただけで、なんのほのめかしも受けなかった女子学生よりも成績が悪かった。

 人間は年を取るにつれて記憶力に自信がなくなるものです。上記の一つ目の実験は、このような加齢による記憶力の低下を被検者に意識させ、それが記憶力の発揮にどのような影響を及ぼすかを試したものです。結果は、何の前情報も与えられなかった対照グループ(実験の対象となったグループと比較するために設けられたグループ)よりも記憶力の働きが鈍ることが確かめられました。二つ目の実験は、数学の試験の直前に「女性は数学が苦手」という観念を受験者に想起させ、それが試験の結果に影響を及ぼすかどうかを確かめようというものでした。こちらも、何の前情報も与えられていない対照グループよりも成績が悪くなったということが確認されました。

 もう一つご紹介しましょう。人間は、自分の所属する集団に対する帰属意識をもっています。スタンフォード大学の心理学者クロード・スティール博士は、「知的な、あるいは身体的な能力を試すテストのまえに帰属する集団に関係することがらをほのめかされると、それがテストの結果に大きな影響を及ぼす」と述べ、この現象を「ステレオタイプの脅威」と名づけました。

 一つ例をあげてみましょう。前述のスティール博士は、アイビー・リーグの有名な大学の学生の集団にミニゴルフ(10ホール)をやらせ、事前に与えた情報がスコアにどんな影響を及ぼすかを調べる実験を行いました。学生を二つのグループに分け、片方には「生まれつきの運動能力を試すテストである」と伝え、もう片方には「戦略的思考能力のテストである」と伝えたのです。すると、前者のスコアは後者のそれよりも平均4打数悪かったといいます。

 二つに分けられた学生グループはどちらも全員が白人でした。彼らに共通のステレオタイプな集団認識は、「われわれは運動能力にはあまり自信がない」と「われわれは戦略的に物事を考えるのは得意である」というものでした。結果は前述のとおりです。「運動能力を試す」と言われたグループはモチベーションが下がり、「戦略的思考を試す」と言われたグループはモチベーションが上がったと考えられます。ちなみに、同じ大学の黒人学生のグループに同条件で実験をしたところ、逆の結果、すなわち「運動能力を試す」と言われたほうのグループの成績がよかったそうです。

 こうしたステレオタイプの思考に振り回されるのを回避するには、どんな方策が考えられるでしょうか。以下は、そのことに関して前述の書物に書かれていた内容を少し短くまとめたものです。

 ステレオタイプの脅威にかんするいいニュースは、かすかなほのめかしと同様のほんの小さな対策で脅威を無効にできる点である。最も効果的な対策のひとつは、ステレオタイプの脅威にさらされている生徒たちに、「知能はさまざまな影響を受けやすいものである」と種あかしをすることだ。そのことを理解した生徒は自信を持ち、テストの得点やGPA(欧米の学校で採用されている教科の総合的な学力評価数値)があがることもたびたびあるという。
 もちろん学力テストのスコアはさまざまな訓練によって左右されるが、知能そのものはそんなに変わるものではない。しかしスタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックが目覚ましい発見をした。知能は影響を受けやすいものだと信じる生徒のほうが成績がはるかによいのである。ドゥエックは人々を二つのタイプに分けた。「凝りかたまった心」の人々と、「しなやかな心」の人々である。前者は、知能やほかの能力は本質的に生まれつき変わらないものであると思っている。後者は、知能は改善できると信じている。ドゥエックの示すところによれば、生徒の心のありようを見れば成績の伸びがだいたい予測できるという。知能は伸ばすことができると信じている生徒は、実際に成績も伸びている。
 知能そのものが変わろうと変わるまいと、心のありようは確実に変えられる。ドゥエックやほかの研究者の示すところによれば、正しい対策によって生徒の心のありようを凝り固まったものからしなやかなものへ変えることはできるし、結果としてそのほうが成績もあがる。

 要するに、「自分のもっている能力は生まれつきのもので変わることはない」と考える人よりも「自分の能力はさまざまな要因で変わっていくものであり、アプローチの方法や努力ししだいで、できなかったことだってできるようになる」――このように考えることが、学校での学業成績や物事への取り組みにおいてよい結果を引き出すための最善の方策であるということではないでしょうか。

 ここまでの話で何か参考になる点があったなら幸いです。次回は、表題にある「プラス思考の子育て」に直接関連することへと話を進めてまいります。前半だけで予定を超える文字量に達してしまいました。アメリカのジャーナリストの文献を参考にして書きましたので、私の理解不足で読みにくい点、わかりにくい点が多かったならご容赦ください。

H,S

 

2017.8.10 子どもの素直な反省を引き出す叱りかたとは!?

 今回も引き続き「子どもを叱る」ということに関するテーマを掲げてみました。今回は3回目になるので「いかに叱るか」の「まとめ」をしてみようと思います。
 親が叱ることをためらう原因の一つは、後味の悪い思いが残るということでしょう。それは、叱ったのではなく、感情が高ぶって怒ったからです。ある書物によると、親が怒ってしまうのは次のような親の状況が作用するからだと言います。



 決まりをめぐる親子の衝突はどのご家庭でもおありでしょう。勉強の時間になってもテレビを見ていたりすると、つい「いつになったら勉強するの!」と声を荒げてしまったことはありませんか?イライラしていると、ただ叱るつもりがいつの間に感情的に怒ってしまうんですね。

 しかし、「悪いのは子ども。叱りかたまで考えるなんて」というわけにはいきません。学者の調査によると、よく怒る親の子どもは、怒りを抑制して叱る親の子どもと比べて、怒りっぽく、反抗的で、人の言うことを聞かない傾向が強いと言います。また、親子で怒りをぶつけあうことの多い家庭では、子どもの学校での成績、人間関係の調整能力、行動力、情緒の安定などにおいて適応レベルが低いこともわかっています。怒る親のもとでは、自分をうまくコントロールする力が育たないのです。

 望ましいのは、「怒る」のではなく子どもにどうあってほしいかを念頭に置き、冷静に「叱る」ということです。それを実行するうえで基本となる親のありかたこそ、前回ご紹介した「権威型」の親像です。「権威型」というと、いかめしく大層なことのようなニュアンスが生じますが、次のような事例を参考にするとどなたでも可能だとご理解いただけるのではないでしょうか。



 さて、このおかあさんの対応のどこがよかったのでしょうか。おかあさんの言っていた「いつも」と「今回」はどこが違ったのでしょうか。まずはみなさん自身で考えてみてください。

 どうでしょう。答えは見つかったでしょうか。ここで、もう一つ事例をご紹介してみましょう。今度は文章中の「    」の部分に入れる適切な言葉を考えてみてください。おとうさんのどんな言葉が子どもの行為に変化をもたらしたのでしょうか。



 どうでしょう。おとうさんはどんなことを言ったのでしょうか。答えの例としては、「なるほど、バターライスってほんとうにおいしいね。拓也が毎日食べたがったわけだ」などのような言葉が当てはまるでしょう。 この例のように、子どもの行為を改めさせるには、いけない点をただ指摘するだけでなく、その行為に及んだ理由を慮ったり、子どもの気持ちを汲み取ったりすることが重要なんですね。

 さて、ここで子どもをいかに叱るかについて、基本的な流れをご提案しておきたいと思います。



 上記はあくまで一例です。ご自身のキャラクターに合わない部分は自分流に工夫してみましょう。また、叱るときには次の点に留意すると子どもは素直に受け入れてくれます。

A.叱る効果は、「何を言うか」より「どう言うか」で決まる。
 叱るときには、「叱る言葉」ばかりに気を取られがちですが、「どんな言いかたをするか」のほうがもっと重要です。具体例で考えてみましょう。
 「さっき呼んだとき、おかあさんの声を無視して、ずっとテレビを見ていたよね。それでいいの?おかあさんが呼んだときは、どうするんだった?」
 上記の言葉を、非難がましくトゲのある言いかたをした場合と、やさしく言い含めるように言った場合とで比べてみましょう。印象が全く違ってきます。優しく愛情を込めて叱るほうが、ずっと心にしみてきます(実際に声に出して確かめてみましょう)。うんざりした表情、ため息、すぼめた唇もNG。子どもを傷つけるだけです。

B.一方的に叱らず、子どもに説明や釈明の余地を与える。
 一刀両断に子どものしたことを切り捨て、子どもを窮地に追い込んでも効果はありません。子どもの言い分にも耳を傾けてやることが大切です。子どもに自分の気持ちや考えを説明させる機会を設けることは、良好なコミュニケーション姿勢を育むという効果をもたらします。子どもが何か言いたそうだったら、「あなたはどう思う?」と、申し開きのチャンスを与えてやりましょう。

 また、「あるおかあさんからの報告1」で注目に値するのは、「洋をおかあさんの横に座らせた」ということと、「手を取って話した」ということと、「目を見て話した」という点です。いずれも、お互いに冷静になって話すためのコツなんですね。

 どうでしょう。多少なりとも参考になったでしょうか。ご自身の反省点が明確になったり、新たな視点が見つかったりしたなら幸いです。最後に。叱ることを難しく考える必要はありません。失敗したって構わないのです。重要なのは、叱るおかあさんの言葉や態度から、親の愛情や期待をお子さんが感じ取っているかどうか。それさえ問題なければ、その場は反発しても内心では反省しています。ですから、親子関係にひびなど入りません。

 お子さんとのよりよい親子関係を築くべく、また、お子さんの健全な成長を引き出すべく、叱ることにも信念をもって臨みましょう!

H,S

 

2017.8.4 叱るおかあさんを子どもはどう思っている?

 これまでお伝えしたことからご承知いただいていると思いますが、わが子を叱るという行為は、バウンダリー(してよいことといけないことの境界線)を明確にするうえでも、子どもを自立させる「権威型」の子育て(「あたたかさ」と「厳しさ」のバランスのとれた子育て)を実現するうえでも欠かせないものです。

 そのいっぽうで、わが子を叱るのを苦手に思うおかあさんは少なくありません。叱って子どもが素直に反省すればよいのですが、大概はそううまくいきません。わが子の抵抗にあうと、我知らず感情が高ぶって、怒鳴りつけたり、手を出したりと、後味の悪い結果に至ることが多いものです。

 しかしながら、わが子の望ましくない現実を目の当たりにしたとき、注意するのはしつけの一環として当たり前のことです。それは世界中のどの国においても共通の認識です。たとえば、ある国の教えに「叱らないのは相続権の喪失である」というのがあります。またある国では「叱られるのは子どもに必要なことであり、子どもには叱ってもらう権利があるのだ」という教えがあります。

 そこで本来なら、「効果的な叱りかた」「後味の悪い思いをしなくてすむ叱りかた」をここでご提案したいところですが、その前に私が勤務している学習塾に通う子どもたちに実施したアンケートの結果をご紹介してみようと思います。このアンケートは、「叱られる頻度」や「どういう叱られかたをしているか」などについて調査したほか、「叱るおかあさんをどう思うか」についても答えてもらいました。調査をしたのは2014年で、調査対象者はおよそ500名です。

 今回は、「叱るおかあさんをどう思うか」に対する回答の一部をご紹介してみようと思います。進学塾に通う子どもの家庭ですから、みなさんのご家庭と共通点も多いと思います。ただし、調査対象者は小学4・5年生ですから、みなさんのお子さんの様子とは違っているかもしれません。しかし、あと1、2年先のお子さんを思い描いて読むと、これはこれで参考になる点も多いのではないでしょうか。

 まず、親に対して厳しい見方をしている回答をご紹介してみましょう。



 4・5年生ともなると、親への批判的な目が育っていることがわかりますね。「自分を棚に上げて」という言葉にはドキリとさせられます。また、「成績で叱る」「年上の自分ばかり叱る」というのは、子どもにとって「不公平だ」という反発があるようです。親からの「揺さぶり」めいた言葉も、子どもにとっては不快でやめてほしいことのようです。また、感情的になったり、そのあまり手を出したり、物を投げたりするおかあさんもおられるようですが、これも叱る効果を台無しにしてしまいます。

 ただし、子どもは叱られることをただただ嫌がっているわけでもないようです。次のようなコメントは、それを裏づけているように思います。



 どうでしょう。「叱られるのは構わない。しかし、きちんと納得させてほしい」という子どもの側の気持ちが汲み取れる言葉がいろいろ見受けられます。このことからも、「あたたかさと厳しさ」のバランスの重要性を再認識させられる思いがします。
 最後に、おかあさんに叱られることに対して感謝や前向きなとらえかたをしているコメントもご紹介しておきましょう。



 わが子が期待通りにやってくれないと、愛するがゆえに感情が先走り、思いもしない激しい叱りかたをしてしまったり、冷静さを欠いて手を出したりすることもあります。しかしながら、「あたたかさ」とのバランスを日頃から意識してわが子に接していれば、親の子どもを思う気持ちはちゃんと伝わっているのではないでしょうか。

 まして叱りかたに配慮すれば、上記のように子どもはおかあさんに叱られたことを感謝する気持ちをもつのですね。おかあさん、叱るべきときには愛情をこめて毅然とわが子を叱ってやりましょう! おかあさんの気持ちは必ずお子さんに伝わります。

H,S

 

2017.7.28 子育ての“アクセル”と“ブレーキ”って!?

 夏休みが始まりました。学校への通学がある普段と違い、朝から晩までわが子が家にいる毎日は、おかあさんがたにとって必ずしもうれしいものではないかも知れませんね。なにしろ、お子さんはまだまだ手のかかる年齢です。一日わが子と一緒にいるとやりたい仕事もできず、おまけに小さなトラブルが頻繁に起こり、ストレスが増えるのは避けられません。

 さらには、夏休みは子どもが生活習慣を崩しがちで、これまでせっかく苦労して築いた節度ある生活や学習の取り組み姿勢が台無しになってしまうことが少なくありません。というのも、子どもというものはそのときの状態やムードに流されがちです。夏休み独特の開放感は、面倒だと思っていたことを投げ出し、楽なこと、楽しいことに子どもを向かわせてしまう危険性が大なのです。

 夏休みが始まって1週間ほど経過しましたが、すでにイライラしたり、癇癪(かんしゃく)を爆発させたりしたおかあさんもおられるのではないでしょうか。顕在化していなくても、親にはどこかで「子どもは自分の所有物だ」という意識があります。子どもを望ましい方向へと導くためには辛抱や我慢が伴いますが、イライラしているときにはその辛抱や我慢ができず、すぐにかっとなって叱ったり、感情的に怒鳴りつけたり、強い命令口調になったりしがちです。

 そういうことも、たまにはしかたありません。しかしながら、毎日何度も生じると親だって気分がよくありませんし、子どもに期待する行動の自発性や実行力が損なわれてしまいます。学習習慣や生活習慣の乱れがもとで、信頼に基づく親子の人間関係が揺らいだり、子どもの健全な成長の流れがスポイルされたりするような事態は何としても避けたいものです。

 というわけで、私はおかあさんがたに「夏休みは、普段以上にわが子の“しつけ”について意識してください」ということをお願いする次第です。毎日親子一緒に過ごすということは、しつけという観点から子どもに関わる場面が当然増えますし、うまくすれば子どもをより望ましい方向に導けます。どのみちわが子と過ごす時間が増えるのなら、それを積極的に活かしたいところですね。

 そこで今回は、子どものしつけにあたる親にとって基準となる重要なスタンスとはどのようなものかを一緒に考えてみたいと思います。

 以前、しつけという言葉のもつ本来の意味について、有名な発達心理学者の説をご紹介したことがあります。それは、「しつけ・・・は、着物を仕付け・・・るということから成り立った言葉だ」というものでした。着物は、完成すると仕付け糸を外します。これと同じように、子どもが一定の成長を遂げた段階で、親はしつけ糸を外す、すなわち子どもの自律に委ねる必要があるというものでした。つまり、しつけは子どもを自立した人間に成長させるための親からの働きかけであるということです。

 以下は、子育てのタイプを4つに分けて説明したものです(欧米の専門家の著作から引用しました)。どれが「仕付け糸を外す」という考えに沿った子育てだと思われるでしょうか。

 子育ての4つのスタイル
 左の図をご覧になると、子育ては「あたたかさ」と「厳しさ」のバランスをどうとるかで特徴づけられるということになります。
 具体的には、「権威=あたたかくて厳しい」「過保護=あたたかくて厳しくない」「脅威=あたたかくなくて厳しい」「放任=あたたかくなくて厳しくない」の4タイプに分けられます。
 「あたたかさ」の度合いは、親が子どもにどれぐらいの愛情を注ぎ、支えているかで判断することができます。また「厳しさ」は、子どもの生活をどれぐらいコントロールしているかで判断されます。
 さて、前述の「しつけ」という言葉のもつ本来の意味に適合する子育てはどのタイプでしょうか。また、みなさんはどのタイプに一番近いでしょうか。ちょっと考えてみてください。

 それでは、4つの子育てスタイルについて簡単にご説明します。

権威・・・子どもに十分な愛情を注ぎ、基本的に子ども自身のことは子どもの自主性に任せる。ただし、食事やテレビなど、生活面で節度やルールの必要なことは厳しく守らせる。
脅威・・・子どもの意見に耳を傾けることがなく、親が一方的に決めがちである。子どもの感情や価値観は省みられないことが多い。行儀はよいが自尊心の欠ける子どもが育ちがちである。
過保護・・・子どもの要求を何でも叶えてやろうとする。子どものことを放っておけない。必要以上に子どもの意志を尊重するあまり、子どもに主導権をとられて、それを取り戻せなくなることが多い。
放任・・・自分の生活で精一杯で、子どもに愛情を注ぐ余裕がない。経済的に豊かでも、親が仕事にかまけて子育てに時間をかけない場合も同様。自尊心が低く、問題行動を起こす子どもに多い。

 もっとも望ましい子育て、それは「権威型」です。権威型は、子どもを自立に導く強い作用をもつ子育てだと言えるでしょう。権威型の親は、「あたたかさ」と「厳しさ」が両立しています。そういう親の子どもは、「自己管理ができるようになり、積極的で前向きな考えかたをもち、強い精神力と適度な自尊心を育てると言われます。

 あたたかさは、子どもの能動性を後押しするアクセルであり、厳しさは、子どもの自制を促すブレーキのようなものです。この両方を上手に使い分けることが重要なんですね。ただし、子どもにあたたかい親であるいっぽう、必要なときは厳しさを発揮するということは、口で言えば簡単ですが、実行するのは難しいものです。

 親としての「厳しさ」と切っても切り離せないのが「叱る」という行為です。また、必要に応じて「罰」を与えることとも大いに関連してきます。これらのさじ加減が難しいのですね。ついつい叱り過ぎたり甘くなったりするのが親というものですから。その意味において、「権威型」の親であるためには、親の側に意志の強さや一貫性が求められるということが言えるでしょう。

 叱ると多くの場合子どもの抵抗を受けます。それに対して感情が高ぶり、子どもとのいざこざが生じがちです。強く叱り過ぎると後で叱った親が落ち込んでしまいますし、子どもとのいざこざを避けようとすると、叱るのを躊躇してしまいがちです。それらが原因で、わが子を叱るのを苦手にしているかたもおありかもしれません。親としての愛情をあたたかく注ぎながら、必要なときには毅然と叱る。そんな親でありたいものですね。

 そこで、次回はわが子をいかに叱るかについて考えてみたいと思います。よろしければ、引き続きお読みください。

H,S

 

2017.7.21 夏休みを、充実した実物体験の場に!!

 随分前の話になりますが、わが子を高校に通わせずに独学で勉強させ、長男を東大医学部、次男を京大経済学部に、18歳で進学させた家庭が話題になったことがあります。この家庭のおとうさんは、子どもたちが小さいころには川原や動物園に連れて行き、そこで実物の観察と体験による教育を施したそうです。

 家の近くを川が流れていたので、おとうさんは子どもたちを自然に親しませようと、毎日必ず一度は散歩に連れて行きました。田んぼにはひきこみの小川があったので、そこに生息しているフナやカエルを観察したのです。川原では底まで見える場所に、じっと座って水の中を覗いてみると、水辺に棲むいろいろな生物の生態がわかってきます。あるいは、草むらや茂みをあきもせずかがんで眺めていると、バッタやキリギリスやトカゲやヘビなどの生物が生息していることに気づきます。

 おとうさんは、子どもたちに自然界の生物や、それらの生態についてたくさんの質問を受けるので、家に帰って直ちに百科事典や図鑑を調べて、できるかぎり答えるよう努めました。やがて、子どもたちは文字も読めないのに百科事典や図鑑を広げ、興味を抱いた生物の写真やイラストが載っているページを開いては写生する習慣がついたと言います。

 動物園も、自宅の近くにあったので、勉強の合間にしょっちゅう子どもたちを連れて行ったそうです。その回数は、数年間で150回に及びました。実物を見る回数を重ねると、子どもというものは大人も驚くような発見をするものです。動物の種類や習性について観察したのはもちろん、骨格から発生の段階までも興味をもつようになりました。こうした方面の本を買うために、おとうさんはわざわざ東京まで行ったほどでした。ヘビやトカゲなどの爬虫類の写生に熱中した子どもたちは、小学校入学前からしっかりとした観察をして、大人も顔負けの正確な絵が描けるようになったそうです。

 このように、優れた観察力や集中力や自発性が育てられたのは、実物に即して学習する体験学習、すなわち、即物的学習の方法が効を奏したものと思われます。頭がよくなるというのは、脳の神経細胞同士が結びつき、新しい回路を築いていくということを意味します。そして、神経ネットワークがどんどん広がり、密になっていくことを言います。

 こうした神経細胞の結びつきは、新しい体験を積むほどに、学習すればするほどに強固になります。幼児から小学校低学年期は、新しい神経回路を築く重要な時期にありますから、言葉だけでなく、体全体による学習刺激を浴びることが重要です。つまり、実物に触れるような体験学習による感覚教育が、脳の発達に大変重要な役割を果たすのです。このような教育をするにあたり、自然以上によい環境はありません。まさに、自然こそ、最良の教育環境といえるでしょう。

 神経生理学者によると、脳神経間の連絡部がよく発達するには、二種類の神経がいっしょに働かなければならないそうです。第一の神経が情報をキャッチし、学習材料の存在を知らせる信号が働いても、第二の神経で「やるぞ!」という意欲の信号が同時に働かないと、第一と第二の神経の連絡部がよく発達しないというのです。すなわち、学習素材の信号に意欲の信号が伴わないと、学習活動は成立しません。
 ところが、この学習意欲を育てる教育が難しいのです。先ほどの実体験を積み重ねる学習は、その意味において大変重要な効果を発揮します。実物を目の前に見たり、直接触ったりすることで、その生物に対する興味関心が強化され、さらにはその生物の仲間に関してもっと知りたくなったりします。また、小学校低~中学年までの子どもは、見たものを自分で絵に描いてみようとしたり、何度も繰り返し見に行こうとしたりします。こうした活動が、子どもたちの知識を蓄積するとともに、「知りたい!」という欲求をますます増幅させるのです。

 おそらく、多くのご家庭では学校のある期間のお子さんのスケジュールはかなり予定で埋まっていると思います。これまで、塾への入会を検討しておられるおかあさんとお話しする際、「行かせたいのだけれども、平日は習い事やスポーツなどで1日も空いていません」と言われることが度々ありました。すでに通っておられるご家庭においても、「他にも習い事などに行かせている」というかたは大変多いのではないかと思います。このようなご家庭にとって、夏休みはお子さんに「実体験型」の学習に触れさせる絶好の機会です。お子さんといっしょに戸外へ出かけ、お子さんが興味を示す何かを見に行く体験をぜひさせてあげてください。

 このように申し上げても、「動植物などについての知識は、図鑑で得ればよい」と思っておられるかたもおありかもしれません。しかしながら、絵や写真による知識は、実際に見たり触れたりする体験にとって代わることはできません。生ものとしてのその生物の実際を確かめることと、その生物の一面を描写したに過ぎない写真や絵とでは、脳に記憶される情報量が比較にならないほど違います。

 なお、実際に見せれば子どもは何にでも興味を示すのかというと、そういうわけにもいきません。子どもにも興味の対象に個人差がありますから、まずは子どもが行ってみたい場所、見たいものがある所へ行くことから始めるのがよいでしょう。それには、日頃からわが子がどういうものに興味を抱いているか、関心を寄せているかを掌握しておくことが必要です。家庭での団らんのときなど、そうした方面の話題に花を咲かせてみてはどうでしょうか。

 最後にもう一点付け加えさせていただきます。せっかくの体験学習や行動学習の機会を、単なるレジャーや形式的な行事に終わらせるのももったいない話です。子どもが実際に見たり体験したことを、絵に描いたり、言葉で表現したりすれば、それこそ脳内の神経回路をつくるシナプスはどんどん増えていくことでしょう。今年の夏は、そんな試みをしてみてはいかがでしょうか。「体験学習とは、表現学習である」と言った有名な学者がいますが、この言葉はまさにそのことを指摘したものだと思います。

H,S

 

2017.7.14 夏休みは、“生活習慣の自立”を合言葉に!

 わが子には、将来どんな大人に成長してほしいと思っておられるでしょうか。無論、それは親によって様々でしょう。しかし、少なくとも「何事も前向きで、自立した立派な人間に成長してほしい」という願いは、多くの親に共通するものだと思います。思春期がくるまで、親は毎日のしつけを通して、わが子がこの願いに叶った人間に育つよう働きかける日々が続きます。

 ただし、それは決して楽なことではありません。たとえば、毎日の起床や就寝一つとっても親の手を借りずにやれる子どもはそう多くないものです。子どもが自分の身の回りのことを自分でやれるようになるには、親の側に一貫した関わりが求められますが、子どもの自立に向けてのプロセスはもどかしいもので、ついつい口を出し、手を貸すことになってしまいがちです。おたくではどうでしょうか。

 「これまで、少し過保護だったように思う」「いろいろ細かく子どものことに干渉しすぎた」など、反省すべき点を感じておられるかたはありませんか?そういうかたは、どこかで意図的に子どもへの関わりかたを転換する必要があるように思います。できるならお子さんが低学年のうちに生活上のことは自分でやれるようにしておきたいものです。なぜなら、生活習慣の自立もままならないまま高学年になると、子どもは何をするにつけて中途半端にしかできない状態になってしまうからです。子どもの年齢が上がれば上がるほど、親の影響力は薄れますし、子ども自身もよほどのことがないと染みついた悪い生活習慣を自分で改善するのは困難になってしまいます。

 その意味において、流れをよい方向に変える絶好のチャンスが夏休みではないでしょうか。私たち玉井式の導入塾からのご提案。それは、夏休みに入る前に、生活や勉強の基本的方針・計画を立てることです。「それならこれまでだってやってきた」――そうおっしゃるおかあさんもおられるかもしれません。しかし、私たちがご提案する内容は少し違っているかもしれません。どういうことかをこれから少しご説明してみましょう。

 子どもが計画通り勉強をやりこなしたり、やるべきことを実行したりできるようになるには、「計画自体が子ども自身のものになっていなければならない」とよく言われます。低学年児童の場合、おとうさんおかあさんと一緒に立てた計画であり、子どもの言い分も聞き入れた計画であり、子どもが納得して受け入れた計画となっているかどうかが、成否を分ける重要なポイントになってくると思います。

 ご提案したいのは、計画を立て、夏休みがやってきてからの親の見守りです。この夏休みは、子どもを頭ごなしに叱ったり、「やりなさい」と命令したりするような押しつけをしないで、わが子が計画を実行できるよう応援してみませんか。大人が押しつけずに、いかにして子どもが計画を実行し、けじめのある夏休みの生活を実現するか、そのことにチャレンジしてみることをご提案したいのです。「この夏休みは、計画をちゃんと実行した!」という手応えは、親の叱咤激励がなければより大きいものになりますし、何よりも大きな自信になるのではないでしょうか。

 ただし、それは「全く叱らずに」という意味ではありません。「いかにして子どもが自発的に計画を実行するか」という視点から親の関わりかたを決めていただくということをご提案するものです。子どもを絶対に叱るまいとすると、却ってストレスは溜まる一方です。そして、やがてはたまったストレスが爆発してしまいます。「決めたことは自分でやる!」そういう意志や行動性をいかにして引き出すか、まずはご夫婦で相談し、作戦を練っていただいても構いません。

 その作戦の一つとして、たとえば親が励行すべき事柄をリストアップし、夏休み終了まで一貫した見守りと応援を実行するという方法などいかがでしょうか。

この夏をきっかけに! “自立”した子どもにする、親の心得7箇条
一. お子さんと話し合い、何か一つ夏休みの“努力目標”を掲げましょう。
一. 夏の生活と学習の“計画”を、親子共同で立てましょう。
一. パワーコントロールを控え、子どもの率先した行動を期待しましょう。
一. 子どものどんな小さな努力や進歩も見逃さないよう努めましょう。
一. この夏は、「いかにたくさん子どもを誉めるか」に挑戦しましょう!
一. どんなことがあっても笑顔を絶やさない母親であるよう努めましょう。
一. “早寝早起き”を原則に、家族全員の規則正しい生活の実現をめざしましょう!

 低学年の子どもに限らず、計画を実行するには、「励みがある」こと、「親が見ていて誉めてくれる」こと、「計画に無理がなく、実行できるものである」ことなどが条件になります。

 「励み」に関しては、夏休みの締めくくりに親子で何か楽しい行事を計画するということなど、アイデアはいろいろあるのではないでしょうか。「誉めること」に関しては、小さな努力を見逃さず、タイミングよく誉めることを心掛けたいものです。子どもを動かすには「誉める回数」が重要な意味をもっています。どんなささやかな努力や進歩も見逃さない親であってください。「計画」を「実行」に繋げるには、親子での話し合いが不可欠です。お子さんの言い分も聞いてやりながら、子ども自身に納得のいく計画になるよう配慮してあげてください。それは実行できるかどうかに大きな影響を及ぼします。

 この夏休みが、お子さんのより善き成長の場となりますように! また、おかあさんにとって、子育ての善き転機となりますように!

H,S

 

2017.7.7 愛情深く、断固たる姿勢で境界線を引く

 前回はあなた自身の心の境界線(バウンダリー)の状態を、チェック表で確認していただきました。バウンダリーは、強すぎても弱すぎても望ましくありません。あなたは、強いほう、弱いほう、どちらの傾向が見られたでしょうか。

 私は15年余り進学塾の指導現場で働きました。その間、千名以上のお子さんを見てきましたが、経験を重ねるうちにある段階から、親の子育てタイプと子どもの性格とに明らかな相関関係があることに気づきました。

 授業中にしゃべりたい欲求や何かをやりたい気持ちを押さえることができず、授業の進行やクラスの雰囲気を台無しにするタイプの子ども(ほとんどが男の子)がときどきいます。そういう子どもの親と面談すると、たいてい驚かされます。さぞ押し出し感のあるこわいタイプのおかあさんだろうと思っていたのに、まるで違うのです。「いつも息子がご迷惑をおかけしているのではないかと心配しています。学校でも再三指摘されるのですが、私の言うことを全然聞いてくれません」といった塩梅です。逆に、おとなしくて引っ込み思案なタイプのお子さんのおかあさんは、「さぞ控えめでおとなしいかただろう」と思いきや、たいていは全く逆でした。わが子の行動を厳しくと取り仕切る、支配型のタイプのおかあさんでした。

 考えてみれば当たり前のことです。親が子どもに明確なバウンダリーを示すことができず、子どもの行動を全然制御できないでいるから、学校や塾でも自制の利かないに状態になるのです。また、親のバウンダリーがあまりに強くて、行動の自由が抑制されているから、子どもは自己表現が苦手な引っ込み思案のタイプに育ってしまうのですね。

 ここで、母親のバウンダリーが弱いと子どもがどういう問題が生じるかについて、臨床心理学者のクラウド博士の著作で紹介されていた実例をもとに考えてみましょう。

 私のクライアントのテレサは、十三歳の息子ジョシュアが宿題をしないことに困っていました。そこで私たちは、宿題をする時間帯を決め、毎晩その時間は宿題をさせるという計画を立てました。その時間になったら宿題だけをもって自分の部屋に行き、宿題以外のことをしてはいけません。しかし、ジョシュアが実際に宿題をするかどうかは監督せず、宿題をもって間違いなく机に向かっていることだけを確認します。それがテレサと私の約束でした。
 次の面談の日、テレサは気弱な顔で現れました。テレサ自身が約束を果たせなかったのです(決まりを守らせるための自制心を親が持っていなければ子どもは自制を身につけられません)。
「どうしました?」
「決まりを説明して実行に移そうとしたところまでは良かったのですが、ジョシュアが友達から野球の試合を観に行こうと誘われまして……。私は宿題が終わるまではだめだと言ったのですが、そうしたらものすごく怒ってしまったのです。あまりに怒って、悲しそうだったので、どうしても止められなくて」
「だから最初に言ったではありませんか。子どもはそうやって親の決まりに抵抗するものなのだと。息子さんが決まりを嫌うことは分かっていたでしょう。それでどうしたのですか?」
「あまりに悲しそうな顔をされて、私自身耐えられなかったので行かせました」
「次の晩はどうでしたか」私は答えは予想できましたが、聞いてみました。
「同じような状態になって、ジョシュアがまたふてくされてしまったのです。どうしても逃したくないイベントがあったものですから」
「ちょっと確認させてください。あなたにとって何がなすべき正しいことかを決める基準は、そのときの息子さんの態度なのですか? もし彼ががっかりして怒ったら、それは悪いことだからすべきではない、と。そうなんですね」
「そのように考えたことはありませんが、そうなのかもしれません。息子が悲しむ姿を見るのがいたたまれないんです」
「あなたには、いくつか重要な点をよく理解してもらわないといけませんね……」

 この話はまだまだ続きますので、ここでいったん打ち切りましょう。引用文の最後で、クラウド博士が「いくつか重要な点」と述べていたのは、どのようなことでしょうか。これは、みなさんの子育てにおいても大変重要なポイントですので、ご紹介しておきましょう。クラウド博士は、

・親の価値観が、未熟な年齢の子どもの感情によって左右される。子どもの機嫌がいちばんの判断基準になっている。 → 果たしてそれでよいのか?
・子どもが思い通りにいかずにいらだつときこそ、成長を引き出す絶好のチャンスである。 → この子育ての重要な側面を見落としてはいないか?(いらだちの経験が子どもの耐える力を育む)
・今のままだと「自分はいつもハッピーであってしかるべきだ」「ほしいものを手に入れたければ、泣けばいつでも誰かが動いてくれる」ということになる → それは親の価値観に沿っているのか?

 以上、三つの点を母親のテレサに問いかけました。この問いかけはテレサの気持ちを突き動かしました。子どもが少々抵抗しても、親の善悪に関する判断や方針を変えてはならないのです。そのことを初めて強く決心したのでした。子どもが「辛い」「嫌だ」など、心の痛みを感じたとしても、それは子どもにとって必要な体験です。子どもの痛みに安易に寄り添えば、子どもは自分の欲求を押さえて我慢することをいつまでも学ぶことができません。

 やがて母親の手を離れると、子どもは自分の思い通りにならないことをたくさん経験することになります。そのときにする苦労と比べると、今強いられる我慢などたいしたことではないのです。何としても今のうちに子どもに自制の心を植えつけるべきなのです。この自制の心は、この先に控えた人生や、当面の学業で成功するための必須の要素になります。

 最後に、クラウド博士の言葉で今回は締めくくろうと思います。子どもの要求に負けてしまいそうなとき、きっと親に勇気を与えてくれることでしょう。

 宝石は磨けば光ります。金は熱によって精錬されます。スポーツ選手は訓練すれば強くなります。学生が目先の楽しみを後回しにして一生懸命勉強すれば、将来、希望の職業に就く可能性が高まります。同じように、試練は子どもの品性を練ります。欲しいものがあれば、それを目指して努力することを学びます。苦労や痛みは、人生を切り拓いていくための人格を培うのです。

 欲求をいったん取り下げて我慢する。それができるようになることで子どもは成長していきます。子どもにこの試練を乗り越えさせることも、親の大切な仕事なんですね。まずは、お子さんの気持ちを受け止めてあげること、それから親子で決めたルールを守ることの重要性を語って聞かせること、守らないとどういうことになるかを理解させること、これらを意識してがんばってみてください。

H,S

 

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