子どもの才能は生まれつき?
いいえ、家庭の関わりが大きな作用を果たします。


2017.10.13 楽しみながら学力基盤を築けるものって!?

 表題の問いかけに対していきなり答えを言うようなものですが、今回も前回に引き続き、読書にまつわる話題を取りあげてみました。「読書の秋」真っただ中にある今日この頃、みなさんのお子さんは読書の楽しさを満喫しておられるでしょうか。

 小学2~3年生ぐらいになると、子どもは一人で読書を楽しめるようになります。好みの本を探しては、片っ端から貪り読むような読書家のお子さんも少なくありません。逆に、「うちの子は全然本を読もうとしません。どうしたら本を読むようになるでしょうか」と心配するおかあさんもおられます。

 ある調査によると、「小学生の約22%は月に10冊以上の本を読んでいるが、そのいっぽうで約16%の子どもは月に1冊の本も読んでいない」というデータが示されたとか。どうやら、小学生の読書傾向は両極化の様相を呈しているようです。

 読書によって、子どもは手軽に未知の世界に足を踏み入れ、たくさんの仮の体験をし、数多くの知識を吸収することができます。しかも、子どもに様々な興奮や感動を与えてくれますから、エンターテインメントとしても極上の存在であり、読書で心配なのは時間に糸目をかけない状況に至ることぐらいでしょうか。本を読み耽っているときの子どもには、「~のため」といった意識はまるでありません。ですから、無条件に楽しくて子どもの知的成長につながる稀有の存在といっても過言ではありません。

 ただし、子どもが読書を楽しめるようになるまでには相応のステップを踏まねばなりません。小学校入学当初の子どもは、建前的にはまだ文字言語が未習であり、本を自分で読んで楽しむ段階には至っていません。無論、大概の子どもは先行体験によってある程度文字に親しんでいますが、物語を読んで楽しめるほどではないのが普通です。

 そこで必要になってくるのは、ちゃんとした文字学習の指導を受けて活字を読むための土台を築き、そこから徐々に本(教科書)に登場してくる活字の言葉を語彙として自分のものにしていく流れを築くことです。そこで必須ともいうべき脳内の作業があります。それは、すでに獲得していた語彙、すなわち音声による言葉(話し言葉)との照合です。「つくえ」という文字の言葉に出合ったら、「tu-ku-e」と声に出して発音することで、「つくえ」が示している意味を理解することができます。この作業を延々と続けていかなければなりません。

 このようにして、既知の音声の言葉と照合を繰り返すことで、文字の言葉(文字言語)の語彙数が増えていき、やがて子どもは簡単な言葉で書かれた本なら自分で読めるようになっていきます。自分の力で本を読めるということは、子どもにとっては大変な喜びです。当然のごとく、みるみる読書が活発化していきます。

 このことは、子どもの語彙獲得の道筋に劇的な変化が生じることを意味します。子どもは、自分で本を読み進めながら、新たに登場してきた文字言語の意味を、文脈から類推(無論、挿絵も助けになります)して理解できるようになっていくのです。活字の言葉との出合いの数は、音声による言葉との出合いのそれよりも格段に多いのが特徴です。子どもは、本を読めば読むほどたくさんの新しい言葉に出合いますから、著しいスピードで新しい語彙が獲得されていくようになります。

 こうして、文字学習開始後のある段階から、子どもの語彙獲得の流れが反転することになります。既知の音声言語をベースに新しい文字言語を獲得していく流れが、本を読むことによって獲得した文字言語を、新しい音声言語の語彙として活用していく流れができるのです。学習心理学者は、この現象を「反対給付」と名づけています。

 こうして、読書を通じて子どもが一人で語彙を獲得していく流れができると、子どもたちの内面世界は急速に変貌し、大人の域に近づいていきます。それがはっきりと見て取れるのは、小学4年生からの3年間です。この頃の語彙発達の様子については、2016年5月20日に掲載した記事(「語彙発達が学習活動に及ぼす影響」)に詳しく書いていますので、よろしければ読んでみてください。

 これはそのときの記事内容の繰り返しになりますが、読書の活発化は読みの熟達にもつながります。活字の流れを目でとらえ、切れ目を瞬時に仕分けて意味の流れをつかめるようになっていきます。そうして、活字を通して情報を採り入れる力が養われますから、国語だけでなくあらゆる教科の学習で成果をあげることができます。

 ただし、子どもの読書が活性化するのは楽しいからです。知識獲得、語彙増加などはあくまで副産物なのだと認識してください。そうでなければ、子どもは喜んで読書に向き合うようにはなりません。また、深いレベルでの読書に到達する子どもの大半は、「楽しいから読書に夢中になる」という傾向があるようです。そこを外してしまうと、読書すら子どもにとって苦痛なものになってしまい、読書の与えてくれるすばらしい恩恵に浴することはできなくなってしまいます。

 長くなってしまいました。次回に続きを書こうと思います。よろしくお願いいたします。

H,S

 

2017.10.6 子どもに読書の習慣を根づかせよう!

 段々と秋が深まってきました。秋と言えば何をするにも好適な季節であり、「~の秋」という標語をよく目や耳にします。「読書の秋」もその一つでしょう。今回は、子どもに読書の習慣を根づかせるために、親はどんな配慮をしたらよいかを話題にとりあげてみました。

 「手をのばして人生のよろこびをつかむと同時に、苦悩と相対し、折り合っていくために、子どもたちは強く、柔軟で、愛し、笑うことができるよう、成長しなければなりません。よい本は、子どもたちを助けそれを可能にします」

――これは、児童文学者で、幼児期から生涯にわたる読書教育の第一人者として活躍された、ニュージーランドのドロシー・バトラーさん(1925――)の言葉です。

 読書は子どもの成長にとって大きな役割を果たします。また、私の勤務する学習塾においても、よく学び立派な成績をあげている子どもたちの大半は読書が大好きです。寸暇を惜しんで本を読み耽る子どももいます。いったいどうしたら読書は根づくのでしょうか。これについて、バトラーさんは、次のように述べておられます。

 本を読むことを学ぶのは、偶然のきっかけや学校に任せておけないほど重要だと 私は信じています。また、子どもの暮らしにおける親の影響は、すべての公的機関と 教育機関もかなわないほど強いのですから、親は、子どもたちが、すらすらと、 楽しんで、自発的に本を読む子になるように、積極的に行動すべきだとも信じます。

 鍵を握るのはどうやら親のようです。子どもにとって親の影響力は絶大であり、親の積極的な関わりが子どもを読書好きにするために欠かせないようですね。そこで、バトラーさんからのアドバイスをご紹介してみましょう。

 「本を読む」子どもにするために
1 「手本を見て育つ」時期の子どもたちには、大人が何をして見せるかが大切だ。
 9歳かそれ以下の子どもたちはふつう、親にあこがれ、親のようになりたいと思います。この熱烈な願望を、9歳をはるかに過ぎても抱き続けるだろうなどと、当てにはできません。ですから、子どもがそういう願いをもっている間に、この気持ちを上手に利用しなければなりません。つまり、大人が日常生活の一部として、読書を楽しむことがまずは最も重要なことです。

2 図書館の利用者になっていなかったら、さっそく加入する。
 ひとたび図書館通いを始めてみると、借り出せる本の種類の多さに驚き、うれしくなるでしょう。大人も子どもも、家族全員が、毎週決まって図書館通いをするように努めましょう。家族みんなで本を見せ合い、話し合えば、読書から得られる喜びが一層増します。

3 大人の読書メニューに、フィクションを加えてみる。
 フィクションにも、子どもと大人が一緒に楽しめるものが見つかるはずです。愉快で健康的な物語の数々は、家族全員に読み聞かせることができます。――食事の後など、家族が顔を合わせる折ならば、いつでもいいでしょう。「さあ、みんな、この話を聞いてごらんなさい!」と言われれば、誰でもつい引き込まれてしまいます。

4 親が本を手元におきたいという欲求を行動にし、お手本を見せるのが決め手だ。
 書籍購入のための予算の使い道を決めるときには、子どもの意志だけでなく、「親」の要求も考慮されるべきだと、子どもにはっきりと伝えましょう。今週は「親の私」が本を買う番。二冊は買えないから、子の本は次の週よ、というように。子どもたちは、大人はずるい!というかもしれませんが、親の熱意を目の当たりにした子どもたちの、本に対する評価は急激に高くなるでしょう。

5 本を愛する気持ちが根をおろし育つためには、子どもの暮らしの中に時間がなければならない。
 今の子どもたちには読書の「時間」がありません。とくに、いわゆる「めぐまれた」子どもの日常生活にその時間がないように見えます。多くは、必要以上に日課が決められ、あちこち連れ回されます。手に余るほど何々教室に属し、習い事をしています。そういう子どもは、起きている時間の大半を送迎されて過ごします。これでは子どもたちが、ようやく家にたどり着いたとたん、テレビの前にどしんと座り込んでしまうのも無理はありません。

6 一人ずつの子に、読書を楽しむための「自分だけのコーナー」をつくってやる。
 現代の家に絶対必要なのは、古い世代にはおなじみの、秘密の隠れる場所です。カーテンにさえぎられた窓下の腰掛や、屋根裏部屋や、ポーチや、空き部屋。これらは、子どもたちにとっての聖域でした。(家の人に呼ばれても、聞こえないふりができました)今の時代、そういう聖域はますます必要になっています。昔のようにはいかなくても、大人の工夫で、子どもにとって静かな空間、世界から隔絶された空間を作ってやることができます。

7 子どもに読書をさせようと思うなら、家庭内の整理整頓が行き届かなくなるのは当然である。
 読書をする家庭は乱雑になりがちです。しかし、本と子どもたちが家庭に美しさを与えます。それに、子どもはいつまでも家にいるわけではありません。わが子の成長にとって貴重な時代には、子どもを極力あるがままに受け入れてやりましょう。汚れていて、ぶしつけで、反抗的で、喧嘩っ早くて、年中空腹で、際限なくさわったり、開けたり、押したり、決して待つことを知らない・・・・・・それが子どもというものですから。

 バトラーさんのこの提案に対して、みなさんはどのように思われたでしょうか。まずはご家庭の現状を振り返り、参考になる点があったら、今から少しでも実行に移してみてはいかがでしょうか。

 読書が真に根づいている子どもは、集中して文章を読み、すばやく書かれている場面や状況をつかみます。そして、登場人物の態度や言葉、行動の裏にある心理を的確に掌握します。国語の勉強をいやいや毎日やらされている子どもがいくら勉強しても追いつくことのできない読解力を自然に身につけてしまうのです。活字からイメージを起こし意味内容をつかむ力は、全ての勉強を支える、欠くことのできない力です。つまり、読書は全ての学問に通じる「言葉の力」を与えてくれる、大切なものなのです。

 成長の途上にある子どもにとって、本を読む楽しみにふれておく体験は、他の何にも増して大切なことではないでしょうか。お子さんが読書のもつ大いなる魅力にまだ気づいておられないようなら、おかあさんの働きかけで、ぜひ本の世界へいざなってあげてください。

H,S

 

2017.9.29 子どもと親子に関する3カ国比較調査 その2

 今回も前回に引き続き、日本とアメリカ、韓国の0~15歳児の親を対象に実施された公的調査の結果をご紹介しようと思います。

 今回ご紹介するのは、「親が子育てに対してどのような見解を有しているか」に関する調査結果に焦点を当ててみました。まずは、「子育ての意味(意義)」をどのような点に見出しているのかについて、日本、アメリカ、韓国の回答結果を比較してみましょう。



 日本と韓国の親が第一番目に選んだのは、「子供を持ち、育てることによって、自分が成長する」という項目でした。子育ては、単に生まれた子どもを育てるということに留まらず、「自分を成長させてくれるかけがえのない営みである」と、自分自身の行為として意味を見出そうとする傾向が強いようですね。日本と韓国は同じ東アジアの国だからでしょうか。日本で二番目、三番目に選ばれていた項目も、韓国で三番目、四番目に選ばれており、だいたい上位は似た傾向を示しています。

 私が最も注目したのは、「子どもを育てるのは楽しい」という項目です。アメリカでは断トツの1位で、67.8%の親が選んでいます。韓国でも2位であり、50%強の親が子育ての意味の中核に据えています。ところが、日本ではわずか20%余りの親しかこの項目を選んでおらず、5位に甘んじています。日本と韓国の親は、他の項目ではそんなに大きな違いはありませんが、この項目のみ意識に大きな隔たりがあることに驚かされました。

 アメリカ人は、子育てを楽しむこと自体が子育ての与えてくれる大きな意味(意義)であるととらえているのでしょう。韓国でも、かなりこういった傾向が強いようです。それに対し、日本の親は「子育ては楽しいものである反面、つらいことも多い難儀な仕事でもある」と認識したうえで、その両面を自らの成長につなげて受け止めているのではないかと思います。そのことは、別の調査項目からも見て取れます。



 「子育ては、楽しみや生きがいである」という受け止めかたに対して、アメリカでは77.2%、韓国でも68.2%もの親が「とてもそうである」と答えています。しかしながら、日本の親は「とてもそうである」が44.2%と、アメリカや韓国の親よりもかなり低い数字となっています。ただし、「まあまあそうである」と答えた親の数を足せば、80%以上の親が子育てを肯定的にとらえています。他国の親ほどには積極的に肯定していないものの、決して否定的にとらえているわけではないように思います。では、次の資料を見ていただきましょう。



 アメリカの調査結果は、子育てに対して肯定的な感情が大半を占めていたひとつ前の調査結果と正の相関を示しています。「子育ては、つらく、苦労が多い」に対して、父親母親とも6割以上が「まったくそう思わない」もしくは「あまりそうは思わない」と答えています。アメリカの親の多くは、子育ての意味を「楽しむ」ことに見出し、実際に楽しんで子育てをしているのでしょう。

 いっぽう、日本や韓国は事情が少し違っているようです。韓国の親は日本の親よりも、子育てを「楽しいもの」と感じる傾向が強いものの、現実にはつらさや苦しさも伴うことを実感している人が多いようです。「子育ては、つらく、苦しいもの」という受け止めかたに対し、父親も母親も半数以上が「とてもそう思う」と答えています。一見矛盾しているように見えますが、楽しさとつらさは併存し得るものであり、これはこれでうなずける結果です。

 日本の親は、「子育てはそう楽しいばかりのものではないだろう」という考えかたを軸にしつつ、その楽しさも、つらさや苦労も享受しているのだと思います。このような日本の親の子育て観は“深い”と思わずにはいられません。みなさんはどう思われたでしょうか。ともあれ、子育てという営みを心底楽しみながら謳歌しているアメリカの親はうらやましいかぎりです。

 以上、日本とアメリカ、韓国の親の子育てに関する調査の結果をご紹介しました。外国と日本の親との違いを実感しつつ、ご自身の子育てに対する考えを再考するうえで役立てていただけたらと思って書いてみました。

H,S

 

2017.9.22 子どもと親子に関する3カ国比較調査 その1

 今回と次回は、公的調査(総務庁青少年対策本部による)の結果をグラフで示した資料をもとに記事を書いてみようと思います。

 今回ご紹介するのは、子どもの家庭での過ごしかたや、親子の関わりなどを、日本、アメリカ、韓国の3カ国を調査したものです。子どもの望ましい成長を実現するうえで、家庭環境の在りかたは大変重要な鍵を握る存在です。外国との比較から、現状を客観的にとらえ直す機会にしていただければ幸いです。資料は平成7年に発表されたもので、ちょっと古いのですが、これより新しいものが見当たりませんでしたのでご了承ください。日本の家庭の親子関係や家庭教育の在りかたを再考するうえで参考にしていただけるのではないかと思います。

 なお、この調査は委託された調査員による個別訪問面接の形式で行われ、対象者は日本が1015名、アメリカが1000名、韓国が1000名だと記載されていました。では、まずは最初の調査資料をご覧ください。



 この資料は、父親と母親がそれぞれ1日あたりどれぐらいわが子との接触時間を設けているかを調査したものです。

 まず日本について見てみると、父親のボリュームゾーンは「30分くらい(22.8%)」で母親のそれは「1時間くらい(22.9%)」となっています。後述しますが、この接触時間はアメリカの親と比較すると随分少ないと言えます。「ほとんどない(10.7%)」や「15分くらい(9.0%)」と答えた父親もかなり見られます。子どもとの1日あたりの接触時間が、わずか15分以内の父親が2割近くに達することがわかりました。また、4時間以上の接触時間を設けている父親はほとんどいないという現実も目を引きます。

 日本の結果と対照的なデータを示しているのがアメリカです。父親のボリュームゾーンは「3時間くらい(20.3%)、母親のそれが「6~10時間くらい(25.0%)」と、日本の親よりもはるかに親子の接触時間が長いということがわかりました。この時間的な差の大きさに驚かれたかたもおありでしょう。これは、アメリカの家庭においては「子どもとのスキンシップは何よりも大切である」「子どもを育てるのは夫婦共通の仕事である」という認識が定着しているからではないかと思われます。

 日本の隣国である韓国はどうでしょうか。同じ東アジア圏の国であり、民族的にも近いせいか、グラフのパターンは日本と似ています。ただし、父親の接触時間のボリュームゾーンは「1時間くらい(20.3%)」と「2時間くらい(19.4%)であり、日本の父親よりも親子の接触時間は長くなっています。母親について見てみると、ボリュームゾーンは「1時間くらい(23.2%)」と「2時間くらい(22.7%)」と、こちらも日本の母親より若干長くなっています。さらには、「6~10時間」と答えた母親が14.1%いることも注目されます。日本と似ているものの、親子の接触時間は韓国のほうが長いということがわかりました。

 さて、先ほどの資料で日本の親はアメリカや韓国の親と比べて子どもとの接触時間が短いことを確認しましたが、ここでの子どもとはどれぐらいの年齢かが気になるところです。そこで、子どもの年齢層別に親との接触時間を調べた資料をご紹介してみようと思います。



 玉井式の主要対象者は幼稚園年長~小学3年生ですから、「7歳~9歳」の年齢層が大多数であろうと思います。そこに絞って目を向けると、親子の接触時間が「ほとんどない」という家庭が1割近くあります。これは、幼児期まではある程度接触時間を設けていた親も、子どもが少し大きくなったことで安心してしまった結果かも知れません。それにしても、1日あたり親子で過ごす時間が30分以内の家庭が全体の5割近くに達しています。これはいささか少なすぎると言わざるを得ません。

 7~9歳と言えば学童期の前半にあたります。この時期に親子で過ごす時間は、子どもの性格形成や情緒の安定に大きな影響を及ぼします。勉強面でも基礎学力を形成すべき重要な段階にあります。親子の会話を通して子どもの向上心を高めるなど、様々なはたらきかけが求められるでしょう。これをお読みくださっているかたには、もっともっと親子で接触する時間を設けていただきたいですね。

 最後に、親子の接触時間の現状を、父親と母親それぞれがどう受け止めているかに関する資料をご紹介しましょう。



 これを見ると、日本の父親は親子の接触時間の現状は充分とはいえないと受け止めているようです。実に約6割のおとうさんが現状について「不足している」もしくは「やや不足している」と答えています。これについては韓国の父親も同様で、約7割のおとうさんが「不足している」もしくは「やや不足している」と答えています。

 要するに、日本や韓国の父親は親子の接触時間を設けることの重要性については認識しているものの、毎日の生活が仕事重視になっており、子どもと一緒にいる時間をつくりたくても思うようにならないというのが実状なのかもしれません。

 このブログをお読みくださっているご家庭のおとうさんのなかにも、そんな状況が当てはまるケースもおありでしょう。そんなおとうさんには、できるだけわが子と過ごす時間を設け、時間の許す限り楽しい話に花を咲かせていただきたいですね。おそらく、そうしたおとうさんの努力は、お子さんの成長にしっかりと反映されると思います。

H,S

 

2017.9.15 書く力は、じっくり継続的に育てる

 親はわが子の成長の様子について楽観的な見かたができないものです。特に勉強面については他の子と比べていろいろ気を回して心配してしまいがちです。「うちの子は、今の状態で大丈夫だろうか。他の家のお子さんは、もっと進歩や上達が早いのではないだろうか」等々…。

 少子化の傾向が著しい今日においては、親がわが子についていろいろ気配りをするのは当然のことです。お子さんが小学校に入学するとき、「うちの子は、学校になじめるかしら」などと、ずいぶん不安の目で見守られたことでしょう。わが子にまつわる心配や気苦労は、まだまだ当分の間続きます。

 いつだったか、1年生のお子さんをおもちのおかあさんから相談を受けました。「うちの子は、まだ書くことが達者にはできません。今のままで大丈夫でしょうか。他のお子さんより遅れているということはないでしょうか。何か特別なことを、今のうちにやらせておいたほうがよいのでしょうか」――確か、こうした内容の話だったと思います。

 子どもは小学校に入学とともに、リテラシー社会の一員となるために必要な読み書き能力の学習を始めます。しかしながら、ほとんどの子どもは、それよりもはるかに前から文字の学習を体験しています。なかには、かなり長い文章でもすらすらと読めるようになっているお子さんもいます。書くことにしても、自分の名前を漢字で書けるぐらいのことは朝飯前で、たくさんの漢字を書けるようになっているお子さんも珍しくありません。

 したがって、小学校入学の時点において、子どもたちの読み書き能力にはかなりの個人差があります。このことを気にされるおかあさんのなかには、「早くから読み書きの学習を始めていたほうがよいのではないか」と心配されるかたもおありでしょう。これについて、ある専門書には次のようなことが書いてありました。

 「早く読み書きを習った子どもは、はじめは何かと有利だが、段々とその差は縮まり、2年生になる頃にはあらかた先行体験のアドバンテージはなくなる。

 これはうなずけることです。早く人よりも難しいことを学んでいたほうが、学力形成において有利であるなら、中学受験においてもそのことが実証されるはずです。

 しかしながら、毎年数多くの中学受験生を指導している私の勤務先の現場で、そうした先行体験有利説は全くと言ってよいほど聞こえてきません。実際のところどうなのでしょうか。そこで、引き続き専門家の見解をかいつまんでご紹介しましょう。

「たとえば書くことであるが、ただ書く練習をたくさんして、漢字をいっぱい覚えたとしても、それだけで学力が高くなるわけではない。重要なのは、子どもがひらがなや漢字などの文字の利便性や機能に自ら気づき、役立つことを実感する体験をすることだ。そうして、この便利な文字というものを、子どもが心底使えるようになりたいと願って勉強すれば、先に勉強を始めた子どもに追いつくことは少しも難しいことではない。むしろ、人よりも先に覚えさせようと大人が勉強を強要することのほうが問題である。そうなると、テストで高得点をあげることが勉強の目的になってしまう。そういう子どもは、結局行き詰まってしまう」

 1年生の子どもは、おかあさんとの手紙のやりとりが大好きです。お子さんが学校から帰ってくる前に、おかあさんが用事で外出しなければならなくなりました。そこで、お子さんに手紙を書いたとしましょう。学校から帰って、おかあさんからの手紙を発見した子どもは、手紙をもらったことがうれしくて、おかあさんが帰ってくるまでに返事を書こうと一生懸命にがんばります。そういう思いで書くための努力をしたなら、それはほんとうの勉強になります。

 特にまとまりのある文章を書くことは、子どもにとって相当な難事です。相手が目の前にいないうえ、返事がすぐにはもらえません。自分が伝えたい事柄を順序だて、読んだ人がわかってくれるような流れで書けるようになるのは、まだまだ先のことです。内言が発達し始めたばかりの子どもにとって、自分の思いを書き言葉で表現するのは大変な頭脳作業なのです。様々な状況で書くということを体験しなければ、自分の思いを書き言葉で自在に表現できるようにはなれません。

 1・2年生の子どもをもつおかあさんは、たいがい「うちの子は、書くのが苦手です」と、おっしゃいますが、それは当たり前のことなのですね。ただし、前述のようにおかあさんとの手紙のやりとりに熱中したり、毎日僅かでも日記を綴ったりするなど、継続的に書くということに取り組んでいると、ある時期から急速に進歩し、長い文章を書けるようになります。頭に浮かぶ自分の思いを、書き言葉に変換して表現する脳内の態勢が整ってきたからです。それは、おおむね3年生頃だと専門家は述べています。

 こうした経験を通して、構想力を発揮して長い文章を書けるようになった子どもと、書くことを疎んじたままの子どもとの違いがある段階から急速にはっきりとしてきます。

 このことからもわかるように、進歩が表面化するまでの努力の積み重ねが重要なのです。この段階で顕在化した差は、もはや少々の努力では埋め合わせることができません。手順や段階を踏んでいるからこそ生じる進歩なのですから。

 今はちゃんと書けなくても焦る必要はありません。お子さんに、「書くって楽しいことだね。文字って便利なものだね」ということを具体的な状況のもとで、繰り返し教えてあげてください。文字を使って表現することを自ら欲する子どもになるよう働きかけてあげてください。そうすれば、お子さんは自然と書くということに目を向け、自分の思いを綴ることに熱心な子どもになっていきます。そうなったなら、もう何も心配する必要はありません。

 1~2年生なら手紙のやりとり。3年生も含むなら、日記を奨励してあげてください。2~3行程度の日記だって構いません。毎日続けるということが何よりも進歩には必要なことです。「書く」ということは、子どもの内面世界の発達を促しますし、おかあさんがわが子の心の様子や成長を掌握するうえでも大変役立ちます。下手でも何かを表現していることを喜び、プラスのメッセージを添えてフィードバックしてあげてください。いつの間にかしっかりとした文章の書き手になっているわが子に驚く日がきっとやってくることでしょう。

H,S

 

2017.9.8 低学年期の学習は繰り返しが大切

 今回は、1、2年生までの低学年時における学習の留意事項について書いてみようと思います。ある書物に目を通していると、「3年生、4年生になっても算数の点数が芳しくない子は、低学年のうちに計算能力が鍛えられていないからである」という専門家の先生の指摘が紹介されていました。

 3年生頃になっても、一ケタの数と一ケタの数の足し算や引き算でモタモタするようだと、算数のどのような単元の学習においても難渋することを余儀なくされてしまいます。こういう状況を巻き返し、他の子どもの水準に追いつくのは決して簡単ではなく、もう一度1年生のレベルからじっくりとやり直す必要があるそうです。

 そう言えば、ある教育学者の著作に、「私の娘は、筆算の位取りがちゃんとできないまま上の学年に上がり、大変苦労した」というエピソードを紹介されていました。「これはまずい」ということで、おばあさんがかかりきりで計算の初歩からやり直しをさせたそうです。しかし、学校の勉強も並行して進んでいきますから追いつくのは大変だったそうで、算数の学力が学年相応になるまでに2年あまりかかったということが紹介されていました。

 どんな勉強も、基礎の基礎から始まります。以後の学習はそれをベースにレベルアップしていきますから、初期の学習を疎かにすると上の学年での学習に難渋することになります。学校でもそういう子どものための補償教育をする余裕はありませんから、置き去りにされる可能性が高くなってしまいます。

 計算の基礎の話に戻りましょう。基礎的な計算の学習は、実は低学年児童にとって取り組みやすいものなのだそうです。有名な数学者の広中平祐先生もそのようにおっしゃっていたとか。というのは、一度にたくさん時間をかけなくても、毎日コツコツと繰り返し学習を積み重ねれば、誰でも必ずマスターできるものだからです。むしろ、一度に多くの量の学習をしても、次の学習までに日をあけてしまうと効果は得られません。

 私の勤務する学習塾においても、ときどき「うちの子は普段はあまり勉強しませんが、やるときには1週間分を一気にやり終えてしまいます」といったようなことをおっしゃる保護者がおられます(こういう話をされるおかあさんのほとんどは、「うちの子は能力が高い」と自信をもっておられるようです)。しかしながら、こういう勉強は効果が薄いと言わざるを得ません。計算などのスキルの習得学習は、継続的に繰り返すことで脳に変化が起こります。続けることで、そうした方面の学習に関わるニューロン群のシナプス結合が促進されるのです。それによる効果は、やったりやらなかったりするよりもはるかに大きいのです。

 有名な私立一貫校の元校長は、学習の継続性やくり返しの重要性について著書で次のように述べておられます。

 低学年のうちにコツコツと積み重ねる勉強をさせなかった親たちは、その重要性に気がつかなかったのではないでしょうか。親が機嫌のいい時は、「やらなくてもいいよ」、機嫌の悪い時は、「三日分やりなさい!」。これでは、子どもが計算能力を伸ばすチャンスを与えられなかったも同然です。
 親たちの日常生活の中では、もはやコツコツと少しずつ何かを勉強する、ということは考えられないかもしれません。時間がない、だから一気にまとめて勉強したいと考えます。カルチャーセンターに通う母親などはその典型でしょう。
 しかし、小さな子どもにはそれができないことを、親は承知すべきです。じれったいほどゆっくり、コツコツ積み上げていく勉強が子どもには必要なのです。
 簡単な計算問題を、毎日5分でも10分でも繰り返してさえいれば、高学年になってから後悔することはありません。

 どうでしょう。高いレベルの勉強に取り組めるようになるには、ごく基本的なことをしっかりと繰り返して学ぶことが必要なんですね。

H,S

 

2017.9.1 日本家庭の知育の長所を再確認しよう

 長い夏休みが終わりました。大人でもそうですが、毎日の生活サイクルが切り替わると、当分は体も心も対応するのに時間がかかるものです。おたくではどんな状態でしょうか。

 夏休みが終わると同時に、「さあ学校が始まるぞ!」と、子どもたちが張り切って通学を始めてくれればよいのですが、しばらくは長い休暇の余韻を残し、夏休み前までの生活リズムを取り戻せないお子さんもおられるのではないかと思います。これはある程度しかたありません。生活の軸が変わると、気持ちの切り替えに時間が必要ですし、体がなじむには少し時間もかかります。お子さんを促し励まし、学校のある毎日の生活スタイルを取り戻すべくサポートしてあげてください。

 今回は、前々回、前回の話題のまとめをしておこうと思います。アメリカの心理学者によると、日本や中国、韓国から移民してきた人たちの子どもが、他の国々から移民してきた人たちの子どもや代々アメリカで暮らしている人たちの子どもよりも学力が高いそうです。この話題に関しては今年の6月9日に掲載したブログでもご紹介した通りです。

 先日もアメリカの心理学者リチャード・E・ニスベット氏の著した書物に目を通していたら、子どもの学習と能力向上との関係について、日本の親なら当たり前と思っていることが、欧米諸国の親にとっては当たり前でないということを教えられる記述が目につきました。

 たとえば、「勉強すれば自分の能力を伸ばすことができる」というのが日本やアジア圏の親の主要な考えかたですが、欧米の親は「能力、才能というものは生まれながらのものだ」と考える傾向が強いようです。このことについて言及された部分をいくつかご紹介してみましょう。

引用1 親にとって極めて重要なのが、知能は自分でコントロールできるのだと子供に教えることだ。アジア人はとくに、能力は勉強で手に入れるべきものだと考える傾向がある。当然、アジア系アメリカ人はヨーロッパ系アメリカ人に比べ、学習目標を達成するためにより懸命に勉強する。またアジア人は、成功したあとより失敗した後のほうが懸命に勉強する。一方ヨーロッパ系のアメリカ人は、失敗したあとより成功した後のほうが懸命に勉強する。最初に成功しなかったらもっと一生懸命勉強しなさいと、子供に教えるのが重要だ。

引用2 アジア人やアジア系アメリカ人の成果は、謎でも何でもない。懸命に勉強しているためだ。1980年代、日本の高校生は1日3.5時間勉強していて、現在はもっと長いかもしれない。インドシナ系ボートピープルの高校生の子供も、1日3時間勉強していた。一方、一般的なアメリカ人の高校生は、平均で1日1.5時間しか勉強しない。
 アジア人やアジア系アメリカ人の子供のほうが真剣に勉強するというのも、謎ではない。アジア人はこの本を読まなくても、知能や知的成果は大きく変えられることを知っている。孔子が2500年前に、その点を指摘している。能力の源を2つに分け、一つは生まれつき――天からの授かり物――で、もう一つは真剣な勉強によるものだと説いている。
 いまでもアジア人は、知的成果――少なくとも学校での数学の成績――はもっぱら真剣に勉強するかどうかの問題だと考えているが、ヨーロッパ系アメリカ人は、生まれもった能力や、教師がよいかどうかの問題だと考える傾向がある。アジア系アメリカ人はこの問題に対して、東アジア人とヨーロッパ系アメリカ人の中間の態度を示している。


引用3 アジア人やアジア系アメリカ人は、西洋人やアメリカ人と比べてもう一つ、動機づけに関する別の強みをもっている。何かに失敗すると、ますます必死で取り組むのだ。
 あるカナダ人心理学者のチームが、日本人とカナダ人の大学生を実験室へ連れてきて、創造性テストを受けさせた。しばらく取り組んだ実験参加者に、研究者たちはお礼を言い、どの程度の出来だったかを伝えた。そのとき実際の出来とは関係なく、一部の実験参加者にはとてもよくできたと伝え、残りの参加者にはかなりひどい出来だったと伝えた。続いて参加者に、好きなだけ時間を使ってかまわないからと告げ、同様のテスト問題を与えた。すると、カナダ人では、最初のテストで出来が悪かった場合より出来がよかった場合のほうが2回目のテストに長く取り組んだが、日本人では、最初のテストでうまくいった場合より失敗した場合のほうが長く取り組んだ。


 下線を引いた部分をもう一度ざっと読み直してみてください。これらは、私たち日本人が長く受け継いできた美徳であり、今日までの繁栄を支えてきた原動力だと思います。こうした日本人の長所を失わないようにしたいものですね。

 努力すれば能力は変えられる。失敗をしたら次は取り返そうと必死にがんばる。日本人の平均学力が高いのは、こうした考えや姿勢があるからのようですが、そのいっぽうで気になる点もあります。最近の大がかりな調査によると、日本の高校生の学習意欲が随分下がっているそうです。欧米の子どもは年齢が上がるほど学習意欲を高め、大学生は非常に熱心に学ぶと言われます。それに対して、日本の子どもは大学に入るまではよく学ぶものの、大学生になってからはあまり勉強しないと言われます。

 また、アメリカの子どもは勉強の成績で自分に自信を失ったり、自己卑下をしたりしません。その一方、日本の子どもは勉強ができる割に自分に自信がもてないでいるという調査結果があります。これらと先ほどのアメリカの学者の著述とを、どう結びつけて理解したらよいのでしょうか。

 日本の子どもに足りないもの。それは、勉強をすること、それ自体に喜びを感じる体験ではないでしょうか。日本の子どもは、「テストのため」「成績をあげるため」「進学のため」など、「~のため」に勉強する(させられる)傾向が強く、常に他者との比較で評価されがちです。だから、勉強ができるのに「もっと上がいる」と、自信がもてず、やがてそれが固定観念になって自信も意欲も下がっていくのだと思います。アメリカの子どもは、勉強面ではパッとしなくても、一つできなかったことができただけで大喜びし、自信満々の笑顔を見せると言います。どちらが先々によい流れを生み出すでしょうか。

 小学生、特に低~中学年までの子どもには強い好奇心があります。この好奇心を刺激し、発見や気づきを得ることの楽しさや醍醐味を味わう学習体験を子どもにさせてやりましょう。そういう体験の繰り返しが子どもに自信を授け、知的志向性を高めてくれます。「~のため」という学習の側面も必要ですが、学んでいるときには我を忘れて目の前の学習対象に気持ちを集中させることが大切です。大人は学んだ結果得られるものを先に伝え、子どもを学ばせるように働きかけがちですが、面白い勉強ならそんなことをする必要はありません。「ためにする勉強」から、「知りたいからする勉強」への転換を図りましょう。

 そうした意味においても、“プラス思考”の子育ては大いに威力を発揮することでしょう。この子育てには自ら学ぼうという積極派の子どもを育てる力があります。子どもの「知りたい!」という願望に基づく学びの実践を是非サポートしてあげてください。

H,S

 

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