子どもの才能は生まれつき?
いいえ、家庭の関わりが大きな作用を果たします。


2017.9.22 子どもと親子に関する3カ国比較調査 その1

 今回と次回は、公的調査(総務庁青少年対策本部による)の結果をグラフで示した資料をもとに記事を書いてみようと思います。

 今回ご紹介するのは、子どもの家庭での過ごしかたや、親子の関わりなどを、日本、アメリカ、韓国の3カ国を調査したものです。子どもの望ましい成長を実現するうえで、家庭環境の在りかたは大変重要な鍵を握る存在です。外国との比較から、現状を客観的にとらえ直す機会にしていただければ幸いです。資料は平成7年に発表されたもので、ちょっと古いのですが、これより新しいものが見当たりませんでしたのでご了承ください。日本の家庭の親子関係や家庭教育の在りかたを再考するうえで参考にしていただけるのではないかと思います。

 なお、この調査は委託された調査員による個別訪問面接の形式で行われ、対象者は日本が1015名、アメリカが1000名、韓国が1000名だと記載されていました。では、まずは最初の調査資料をご覧ください。



 この資料は、父親と母親がそれぞれ1日あたりどれぐらいわが子との接触時間を設けているかを調査したものです。

 まず日本について見てみると、父親のボリュームゾーンは「30分くらい(22.8%)」で母親のそれは「1時間くらい(22.9%)」となっています。後述しますが、この接触時間はアメリカの親と比較すると随分少ないと言えます。「ほとんどない(10.7%)」や「15分くらい(9.0%)」と答えた父親もかなり見られます。子どもとの1日あたりの接触時間が、わずか15分以内の父親が2割近くに達することがわかりました。また、4時間以上の接触時間を設けている父親はほとんどいないという現実も目を引きます。

 日本の結果と対照的なデータを示しているのがアメリカです。父親のボリュームゾーンは「3時間くらい(20.3%)、母親のそれが「6~10時間くらい(25.0%)」と、日本の親よりもはるかに親子の接触時間が長いということがわかりました。この時間的な差の大きさに驚かれたかたもおありでしょう。これは、アメリカの家庭においては「子どもとのスキンシップは何よりも大切である」「子どもを育てるのは夫婦共通の仕事である」という認識が定着しているからではないかと思われます。

 日本の隣国である韓国はどうでしょうか。同じ東アジア圏の国であり、民族的にも近いせいか、グラフのパターンは日本と似ています。ただし、父親の接触時間のボリュームゾーンは「1時間くらい(20.3%)」と「2時間くらい(19.4%)であり、日本の父親よりも親子の接触時間は長くなっています。母親について見てみると、ボリュームゾーンは「1時間くらい(23.2%)」と「2時間くらい(22.7%)」と、こちらも日本の母親より若干長くなっています。さらには、「6~10時間」と答えた母親が14.1%いることも注目されます。日本と似ているものの、親子の接触時間は韓国のほうが長いということがわかりました。

 さて、先ほどの資料で日本の親はアメリカや韓国の親と比べて子どもとの接触時間が短いことを確認しましたが、ここでの子どもとはどれぐらいの年齢かが気になるところです。そこで、子どもの年齢層別に親との接触時間を調べた資料をご紹介してみようと思います。



 玉井式の主要対象者は幼稚園年長~小学3年生ですから、「7歳~9歳」の年齢層が大多数であろうと思います。そこに絞って目を向けると、親子の接触時間が「ほとんどない」という家庭が1割近くあります。これは、幼児期まではある程度接触時間を設けていた親も、子どもが少し大きくなったことで安心してしまった結果かも知れません。それにしても、1日あたり親子で過ごす時間が30分以内の家庭が全体の5割近くに達しています。これはいささか少なすぎると言わざるを得ません。

 7~9歳と言えば学童期の前半にあたります。この時期に親子で過ごす時間は、子どもの性格形成や情緒の安定に大きな影響を及ぼします。勉強面でも基礎学力を形成すべき重要な段階にあります。親子の会話を通して子どもの向上心を高めるなど、様々なはたらきかけが求められるでしょう。これをお読みくださっているかたには、もっともっと親子で接触する時間を設けていただきたいですね。

 最後に、親子の接触時間の現状を、父親と母親それぞれがどう受け止めているかに関する資料をご紹介しましょう。



 これを見ると、日本の父親は親子の接触時間の現状は充分とはいえないと受け止めているようです。実に約6割のおとうさんが現状について「不足している」もしくは「やや不足している」と答えています。これについては韓国の父親も同様で、約7割のおとうさんが「不足している」もしくは「やや不足している」と答えています。

 要するに、日本や韓国の父親は親子の接触時間を設けることの重要性については認識しているものの、毎日の生活が仕事重視になっており、子どもと一緒にいる時間をつくりたくても思うようにならないというのが実状なのかもしれません。

 このブログをお読みくださっているご家庭のおとうさんのなかにも、そんな状況が当てはまるケースもおありでしょう。そんなおとうさんには、できるだけわが子と過ごす時間を設け、時間の許す限り楽しい話に花を咲かせていただきたいですね。おそらく、そうしたおとうさんの努力は、お子さんの成長にしっかりと反映されると思います。

H,S

 

2017.9.15 書く力は、じっくり継続的に育てる

 親はわが子の成長の様子について楽観的な見かたができないものです。特に勉強面については他の子と比べていろいろ気を回して心配してしまいがちです。「うちの子は、今の状態で大丈夫だろうか。他の家のお子さんは、もっと進歩や上達が早いのではないだろうか」等々…。

 少子化の傾向が著しい今日においては、親がわが子についていろいろ気配りをするのは当然のことです。お子さんが小学校に入学するとき、「うちの子は、学校になじめるかしら」などと、ずいぶん不安の目で見守られたことでしょう。わが子にまつわる心配や気苦労は、まだまだ当分の間続きます。

 いつだったか、1年生のお子さんをおもちのおかあさんから相談を受けました。「うちの子は、まだ書くことが達者にはできません。今のままで大丈夫でしょうか。他のお子さんより遅れているということはないでしょうか。何か特別なことを、今のうちにやらせておいたほうがよいのでしょうか」――確か、こうした内容の話だったと思います。

 子どもは小学校に入学とともに、リテラシー社会の一員となるために必要な読み書き能力の学習を始めます。しかしながら、ほとんどの子どもは、それよりもはるかに前から文字の学習を体験しています。なかには、かなり長い文章でもすらすらと読めるようになっているお子さんもいます。書くことにしても、自分の名前を漢字で書けるぐらいのことは朝飯前で、たくさんの漢字を書けるようになっているお子さんも珍しくありません。

 したがって、小学校入学の時点において、子どもたちの読み書き能力にはかなりの個人差があります。このことを気にされるおかあさんのなかには、「早くから読み書きの学習を始めていたほうがよいのではないか」と心配されるかたもおありでしょう。これについて、ある専門書には次のようなことが書いてありました。

 「早く読み書きを習った子どもは、はじめは何かと有利だが、段々とその差は縮まり、2年生になる頃にはあらかた先行体験のアドバンテージはなくなる。

 これはうなずけることです。早く人よりも難しいことを学んでいたほうが、学力形成において有利であるなら、中学受験においてもそのことが実証されるはずです。

 しかしながら、毎年数多くの中学受験生を指導している私の勤務先の現場で、そうした先行体験有利説は全くと言ってよいほど聞こえてきません。実際のところどうなのでしょうか。そこで、引き続き専門家の見解をかいつまんでご紹介しましょう。

「たとえば書くことであるが、ただ書く練習をたくさんして、漢字をいっぱい覚えたとしても、それだけで学力が高くなるわけではない。重要なのは、子どもがひらがなや漢字などの文字の利便性や機能に自ら気づき、役立つことを実感する体験をすることだ。そうして、この便利な文字というものを、子どもが心底使えるようになりたいと願って勉強すれば、先に勉強を始めた子どもに追いつくことは少しも難しいことではない。むしろ、人よりも先に覚えさせようと大人が勉強を強要することのほうが問題である。そうなると、テストで高得点をあげることが勉強の目的になってしまう。そういう子どもは、結局行き詰まってしまう」

 1年生の子どもは、おかあさんとの手紙のやりとりが大好きです。お子さんが学校から帰ってくる前に、おかあさんが用事で外出しなければならなくなりました。そこで、お子さんに手紙を書いたとしましょう。学校から帰って、おかあさんからの手紙を発見した子どもは、手紙をもらったことがうれしくて、おかあさんが帰ってくるまでに返事を書こうと一生懸命にがんばります。そういう思いで書くための努力をしたなら、それはほんとうの勉強になります。

 特にまとまりのある文章を書くことは、子どもにとって相当な難事です。相手が目の前にいないうえ、返事がすぐにはもらえません。自分が伝えたい事柄を順序だて、読んだ人がわかってくれるような流れで書けるようになるのは、まだまだ先のことです。内言が発達し始めたばかりの子どもにとって、自分の思いを書き言葉で表現するのは大変な頭脳作業なのです。様々な状況で書くということを体験しなければ、自分の思いを書き言葉で自在に表現できるようにはなれません。

 1・2年生の子どもをもつおかあさんは、たいがい「うちの子は、書くのが苦手です」と、おっしゃいますが、それは当たり前のことなのですね。ただし、前述のようにおかあさんとの手紙のやりとりに熱中したり、毎日僅かでも日記を綴ったりするなど、継続的に書くということに取り組んでいると、ある時期から急速に進歩し、長い文章を書けるようになります。頭に浮かぶ自分の思いを、書き言葉に変換して表現する脳内の態勢が整ってきたからです。それは、おおむね3年生頃だと専門家は述べています。

 こうした経験を通して、構想力を発揮して長い文章を書けるようになった子どもと、書くことを疎んじたままの子どもとの違いがある段階から急速にはっきりとしてきます。

 このことからもわかるように、進歩が表面化するまでの努力の積み重ねが重要なのです。この段階で顕在化した差は、もはや少々の努力では埋め合わせることができません。手順や段階を踏んでいるからこそ生じる進歩なのですから。

 今はちゃんと書けなくても焦る必要はありません。お子さんに、「書くって楽しいことだね。文字って便利なものだね」ということを具体的な状況のもとで、繰り返し教えてあげてください。文字を使って表現することを自ら欲する子どもになるよう働きかけてあげてください。そうすれば、お子さんは自然と書くということに目を向け、自分の思いを綴ることに熱心な子どもになっていきます。そうなったなら、もう何も心配する必要はありません。

 1~2年生なら手紙のやりとり。3年生も含むなら、日記を奨励してあげてください。2~3行程度の日記だって構いません。毎日続けるということが何よりも進歩には必要なことです。「書く」ということは、子どもの内面世界の発達を促しますし、おかあさんがわが子の心の様子や成長を掌握するうえでも大変役立ちます。下手でも何かを表現していることを喜び、プラスのメッセージを添えてフィードバックしてあげてください。いつの間にかしっかりとした文章の書き手になっているわが子に驚く日がきっとやってくることでしょう。

H,S

 

2017.9.8 低学年期の学習は繰り返しが大切

 今回は、1、2年生までの低学年時における学習の留意事項について書いてみようと思います。ある書物に目を通していると、「3年生、4年生になっても算数の点数が芳しくない子は、低学年のうちに計算能力が鍛えられていないからである」という専門家の先生の指摘が紹介されていました。

 3年生頃になっても、一ケタの数と一ケタの数の足し算や引き算でモタモタするようだと、算数のどのような単元の学習においても難渋することを余儀なくされてしまいます。こういう状況を巻き返し、他の子どもの水準に追いつくのは決して簡単ではなく、もう一度1年生のレベルからじっくりとやり直す必要があるそうです。

 そう言えば、ある教育学者の著作に、「私の娘は、筆算の位取りがちゃんとできないまま上の学年に上がり、大変苦労した」というエピソードを紹介されていました。「これはまずい」ということで、おばあさんがかかりきりで計算の初歩からやり直しをさせたそうです。しかし、学校の勉強も並行して進んでいきますから追いつくのは大変だったそうで、算数の学力が学年相応になるまでに2年あまりかかったということが紹介されていました。

 どんな勉強も、基礎の基礎から始まります。以後の学習はそれをベースにレベルアップしていきますから、初期の学習を疎かにすると上の学年での学習に難渋することになります。学校でもそういう子どものための補償教育をする余裕はありませんから、置き去りにされる可能性が高くなってしまいます。

 計算の基礎の話に戻りましょう。基礎的な計算の学習は、実は低学年児童にとって取り組みやすいものなのだそうです。有名な数学者の広中平祐先生もそのようにおっしゃっていたとか。というのは、一度にたくさん時間をかけなくても、毎日コツコツと繰り返し学習を積み重ねれば、誰でも必ずマスターできるものだからです。むしろ、一度に多くの量の学習をしても、次の学習までに日をあけてしまうと効果は得られません。

 私の勤務する学習塾においても、ときどき「うちの子は普段はあまり勉強しませんが、やるときには1週間分を一気にやり終えてしまいます」といったようなことをおっしゃる保護者がおられます(こういう話をされるおかあさんのほとんどは、「うちの子は能力が高い」と自信をもっておられるようです)。しかしながら、こういう勉強は効果が薄いと言わざるを得ません。計算などのスキルの習得学習は、継続的に繰り返すことで脳に変化が起こります。続けることで、そうした方面の学習に関わるニューロン群のシナプス結合が促進されるのです。それによる効果は、やったりやらなかったりするよりもはるかに大きいのです。

 有名な私立一貫校の元校長は、学習の継続性やくり返しの重要性について著書で次のように述べておられます。

 低学年のうちにコツコツと積み重ねる勉強をさせなかった親たちは、その重要性に気がつかなかったのではないでしょうか。親が機嫌のいい時は、「やらなくてもいいよ」、機嫌の悪い時は、「三日分やりなさい!」。これでは、子どもが計算能力を伸ばすチャンスを与えられなかったも同然です。
 親たちの日常生活の中では、もはやコツコツと少しずつ何かを勉強する、ということは考えられないかもしれません。時間がない、だから一気にまとめて勉強したいと考えます。カルチャーセンターに通う母親などはその典型でしょう。
 しかし、小さな子どもにはそれができないことを、親は承知すべきです。じれったいほどゆっくり、コツコツ積み上げていく勉強が子どもには必要なのです。
 簡単な計算問題を、毎日5分でも10分でも繰り返してさえいれば、高学年になってから後悔することはありません。

 どうでしょう。高いレベルの勉強に取り組めるようになるには、ごく基本的なことをしっかりと繰り返して学ぶことが必要なんですね。

H,S

 

2017.9.1 日本家庭の知育の長所を再確認しよう

 長い夏休みが終わりました。大人でもそうですが、毎日の生活サイクルが切り替わると、当分は体も心も対応するのに時間がかかるものです。おたくではどんな状態でしょうか。

 夏休みが終わると同時に、「さあ学校が始まるぞ!」と、子どもたちが張り切って通学を始めてくれればよいのですが、しばらくは長い休暇の余韻を残し、夏休み前までの生活リズムを取り戻せないお子さんもおられるのではないかと思います。これはある程度しかたありません。生活の軸が変わると、気持ちの切り替えに時間が必要ですし、体がなじむには少し時間もかかります。お子さんを促し励まし、学校のある毎日の生活スタイルを取り戻すべくサポートしてあげてください。

 今回は、前々回、前回の話題のまとめをしておこうと思います。アメリカの心理学者によると、日本や中国、韓国から移民してきた人たちの子どもが、他の国々から移民してきた人たちの子どもや代々アメリカで暮らしている人たちの子どもよりも学力が高いそうです。この話題に関しては今年の6月9日に掲載したブログでもご紹介した通りです。

 先日もアメリカの心理学者リチャード・E・ニスベット氏の著した書物に目を通していたら、子どもの学習と能力向上との関係について、日本の親なら当たり前と思っていることが、欧米諸国の親にとっては当たり前でないということを教えられる記述が目につきました。

 たとえば、「勉強すれば自分の能力を伸ばすことができる」というのが日本やアジア圏の親の主要な考えかたですが、欧米の親は「能力、才能というものは生まれながらのものだ」と考える傾向が強いようです。このことについて言及された部分をいくつかご紹介してみましょう。

引用1 親にとって極めて重要なのが、知能は自分でコントロールできるのだと子供に教えることだ。アジア人はとくに、能力は勉強で手に入れるべきものだと考える傾向がある。当然、アジア系アメリカ人はヨーロッパ系アメリカ人に比べ、学習目標を達成するためにより懸命に勉強する。またアジア人は、成功したあとより失敗した後のほうが懸命に勉強する。一方ヨーロッパ系のアメリカ人は、失敗したあとより成功した後のほうが懸命に勉強する。最初に成功しなかったらもっと一生懸命勉強しなさいと、子供に教えるのが重要だ。

引用2 アジア人やアジア系アメリカ人の成果は、謎でも何でもない。懸命に勉強しているためだ。1980年代、日本の高校生は1日3.5時間勉強していて、現在はもっと長いかもしれない。インドシナ系ボートピープルの高校生の子供も、1日3時間勉強していた。一方、一般的なアメリカ人の高校生は、平均で1日1.5時間しか勉強しない。
 アジア人やアジア系アメリカ人の子供のほうが真剣に勉強するというのも、謎ではない。アジア人はこの本を読まなくても、知能や知的成果は大きく変えられることを知っている。孔子が2500年前に、その点を指摘している。能力の源を2つに分け、一つは生まれつき――天からの授かり物――で、もう一つは真剣な勉強によるものだと説いている。
 いまでもアジア人は、知的成果――少なくとも学校での数学の成績――はもっぱら真剣に勉強するかどうかの問題だと考えているが、ヨーロッパ系アメリカ人は、生まれもった能力や、教師がよいかどうかの問題だと考える傾向がある。アジア系アメリカ人はこの問題に対して、東アジア人とヨーロッパ系アメリカ人の中間の態度を示している。


引用3 アジア人やアジア系アメリカ人は、西洋人やアメリカ人と比べてもう一つ、動機づけに関する別の強みをもっている。何かに失敗すると、ますます必死で取り組むのだ。
 あるカナダ人心理学者のチームが、日本人とカナダ人の大学生を実験室へ連れてきて、創造性テストを受けさせた。しばらく取り組んだ実験参加者に、研究者たちはお礼を言い、どの程度の出来だったかを伝えた。そのとき実際の出来とは関係なく、一部の実験参加者にはとてもよくできたと伝え、残りの参加者にはかなりひどい出来だったと伝えた。続いて参加者に、好きなだけ時間を使ってかまわないからと告げ、同様のテスト問題を与えた。すると、カナダ人では、最初のテストで出来が悪かった場合より出来がよかった場合のほうが2回目のテストに長く取り組んだが、日本人では、最初のテストでうまくいった場合より失敗した場合のほうが長く取り組んだ。


 下線を引いた部分をもう一度ざっと読み直してみてください。これらは、私たち日本人が長く受け継いできた美徳であり、今日までの繁栄を支えてきた原動力だと思います。こうした日本人の長所を失わないようにしたいものですね。

 努力すれば能力は変えられる。失敗をしたら次は取り返そうと必死にがんばる。日本人の平均学力が高いのは、こうした考えや姿勢があるからのようですが、そのいっぽうで気になる点もあります。最近の大がかりな調査によると、日本の高校生の学習意欲が随分下がっているそうです。欧米の子どもは年齢が上がるほど学習意欲を高め、大学生は非常に熱心に学ぶと言われます。それに対して、日本の子どもは大学に入るまではよく学ぶものの、大学生になってからはあまり勉強しないと言われます。

 また、アメリカの子どもは勉強の成績で自分に自信を失ったり、自己卑下をしたりしません。その一方、日本の子どもは勉強ができる割に自分に自信がもてないでいるという調査結果があります。これらと先ほどのアメリカの学者の著述とを、どう結びつけて理解したらよいのでしょうか。

 日本の子どもに足りないもの。それは、勉強をすること、それ自体に喜びを感じる体験ではないでしょうか。日本の子どもは、「テストのため」「成績をあげるため」「進学のため」など、「~のため」に勉強する(させられる)傾向が強く、常に他者との比較で評価されがちです。だから、勉強ができるのに「もっと上がいる」と、自信がもてず、やがてそれが固定観念になって自信も意欲も下がっていくのだと思います。アメリカの子どもは、勉強面ではパッとしなくても、一つできなかったことができただけで大喜びし、自信満々の笑顔を見せると言います。どちらが先々によい流れを生み出すでしょうか。

 小学生、特に低~中学年までの子どもには強い好奇心があります。この好奇心を刺激し、発見や気づきを得ることの楽しさや醍醐味を味わう学習体験を子どもにさせてやりましょう。そういう体験の繰り返しが子どもに自信を授け、知的志向性を高めてくれます。「~のため」という学習の側面も必要ですが、学んでいるときには我を忘れて目の前の学習対象に気持ちを集中させることが大切です。大人は学んだ結果得られるものを先に伝え、子どもを学ばせるように働きかけがちですが、面白い勉強ならそんなことをする必要はありません。「ためにする勉強」から、「知りたいからする勉強」への転換を図りましょう。

 そうした意味においても、“プラス思考”の子育ては大いに威力を発揮することでしょう。この子育てには自ら学ぼうという積極派の子どもを育てる力があります。子どもの「知りたい!」という願望に基づく学びの実践を是非サポートしてあげてください。

H,S

 

2017.8.25 “プラス思考”の子育てが子どもを伸ばす! その2

 前回は、アメリカの学者による実験とその結果をご紹介しながら、「ものごとをうまくやり遂げられるかどうかは能力だけでなく、心のありようによっても決まる」という考えかたの重要性についてお伝えしました。能力ですべてが決まるなら努力は不要のものになってしまいます。逆に、「能力は変えられる」という信念をもって努力すれば、困難と思われたことでもやり遂げることができるのです。

 これは、子育ての最中にあるおかあさんがたにとって大いに参考になる情報ではないでしょうか。子どもと接するあらゆる場面で、「あきらめずにやっていればやがてはできるようになる」と、ポジティブな考えかたをするようわが子に促すのです。失敗を能力のせいにするとモチベーションは下がってしまいます。そうなると、できるはずのこともできなくなってしまいます。また実際にところ、人間の脳は繰り返し取り組むことで、その領域で要求される頭の働きを司るニューロンが太くなったりシナプス結合が促進されたりします。その結果、それまでできなかったことができるようになっていくのです。

 何事もポジティブに受け止めて考える。それは“プラス思考”とも言われます。おかあさんがたに求められるのはプラス思考に基づく子育てではないでしょうか。それがお子さんに浸透していけば、やがてお子さん自身の考えかたや生きかたへ転化していきます。そこへ辿りつくまでには長期間にわたる忍耐強い働きかけが必要となりますが、やり遂げたならお子さんの人生に計り知れないほどの恩恵をもたらすでしょう。

 そこで今回は、プラス思考の子育てとはどういうものか、その原則を簡単にお伝えしようと思います。多少なりとも参考にしていただける点があれば幸いです。

 “プラス思考”に基づく子育ての原則
1.「子どもは決してやる気がないわけではない」という“信念”をもつ。
 子どもはみんなやる気をもっています。それは間違いありません。特に小学校中学年までの子どもは、本来好奇心のかたまりのような存在です。何にだって興味をもち、やってみたくてしかたない年齢なのです。 今、何かの経緯でやる気を失っているかのように見えても、それは一時的なものに過ぎません。親として心がけたいのは、「子どもにはやる気があるのだ」という信念をもち、無暗に叱ったり揺さぶったりするのではなく、辛抱強くわが子が積極的に学び行動するよう励まし見守ることです。それが子どもの背中を押し、少しずつ「やってみよう」という意欲を引き出していきます。

2.結果より“努力”を重んじ、少しのがんばりや進歩も見逃さずほめよう。
 何につけ結果だけを見てほめたり叱ったりするのは避けましょう。子どもの成長は、結果(例:テスト成績)ではなくプロセス(努力の積み重ね)で引き出されるのですから。小学生の子どもは「親の期待に応えたい」「親の言うような人間になりたい」という願望を強くもっており、それが取り組みの意欲に大きな影響を及ぼします。親が「成績(結果)」のみで評価すれば、「成績(結果)さえよければいいんだ」と思うようになりますし、「努力することこそ、親の期待なんだよ」と伝えれば、陰ひなたなくがんばる子どもになります。わが子の少しずつの努力と進歩を喜び励ましてやる親であってください。

3.今はうまくやれていなくても、「なんとかなるだろう」と“気長”に構える。
 子どもは日に日に成長しています。たとえ今はうまくできなくても、また、やる気がないように見えても焦らないことです。失敗の経験も無駄にはなりません。やがては必ずできるようになるものです。親はともすれば今すぐできるようになることを求め、ちょっと躓くだけで手を貸したり口をはさんだりしがちです。 しかし、それは子どもの自信や行動力を奪い取ってしまう行為に他なりません。子どもの思考錯誤のプロセスを温かく見守り、「そのうちできるようになるさ」といったように、気長に成長を待つことが望まれます。そのほうが子どもは伸び伸びと取り組めますから、結果として早く成長していきます。

4.反省を促すときには、その前に必ず“よい点”を指摘してほめる。
 子どもは規範意識が未熟です。いけないことでも、その場の雰囲気でやってしまいかねません。そこで、親はしばしば叱ったり反省させたりする必要に迫られます。ただし、いきなりいけない点を厳しく指摘されると意固地になるのが児童期の子どもです。子どもに反省を求めるときのコツは、まず子どものプラスの側面を指摘し、ほめたり感謝の言葉を伝えたりしてやりましょう。そのうえで子どものいけない点を指摘するのです。先に承認の気持ちを差し出された子どもは、親に対して心を開いています。きっと親の言葉を受け入れて素直に反省し、行動を改めるに違いありません。

5.がんばれないときには、必ず子どもに何らかの“理由”があると考える。
 やるべきことをしない子どもに腹を立て、「どうしようもない子ね」「そんなにやる気がないのなら……」などと辛く当たったことはありませんか? しかし、わけもなくやる気を失う子どもはいません。がんばれないとき、がんばろうとしないときには必ず何らかの理由があります。まずは、「あれ? 何かあったのかな?」と、子どもに理由を尋ねてみましょう。きっと相応の理由があります。たとえ親にすれば言いわけの類でも、子どもにすればそれが理由なのです。親が闇雲に叱らず、「何かあるのだろう」と子どもの気持ちに沿った対応をすると、子どもは必ず親の期待を受け止めてがんばり始めます。

 どうでしょう。「こんなまどろっこしいこと、できません!」とおっしゃるかたもおありかもしれませんね。しかし、「悪いのは子どもなんだから、バシッと叱って当然!」という考えかたで臨むと、子どもとの心理的距離はどんどん広がってしまいます。親の愛情や期待をしっかりと伝えてやり、そのうえでいけない点を指摘して叱るのなら、子どもは決して親に反発することはありません。

 プラス思考の子育てのキーワードは、“愛情”と“忍耐”です。これらを基本とする子育ての期間は決して長くはありません。12~13歳で思春期が訪れると、子どもは親とは別の価値観をもった人間として振る舞うようになります。この段階までが子育ての重要な期間であり、子どもの人間性を育む大切な時期なんですね。ぜひがんばっていただきたいと存じます。

最後に。だいぶ前、アメリカのマーティン・セリグマンという心理学者の『オプティミストはなぜ成功するのか』という著書が評判になりました。今も多くの人に読まれているようです。

 この本では、楽観主義が仕事やスポーツなどの成果にどのような関わりをもっているかを実証的に明らかにされており、そういった実例に基づく話題に興味をもつかたも多いのではないかと思います。楽観性と生命保険のセールスマンの営業成績との相関関係、大統領選挙の候補者の当落と楽観主義の度合いの関連性、水泳の選手のストレス耐性やパフォーマンスと楽観性の関係、監督が楽観主義かどうかとスポーツチームの成績の関係などが紹介されています。

 この本からも、ポジティブな考え、プラス思考に基づく行動のもたらすよい点が十分に理解いただけるでしょう。おとうさんにもお勧めです。一度お読みになってみてはいかがでしょうか。

H,S

 

2017.8.18 “プラス思考”の子育てが子どもを伸ばす! その1

 人生においては難しい問題に直面することがしばしばあります。そんなとき、「だいじょうぶ。絶対に解決できる!」「きっとやれるさ!」とポジティブに考える人もいれば、「失敗したらどうしよう?」「だめだ。もうどうしようもない!」と、ネガティブな心境に追いやられてしまうタイプの人もいます。

 どちらの考えかたが局面の打開に有効かは言うまでもありません。「やれる!」という強い信念や確信はものごとを遂行するうえで大きな力になります。いっぽう、悪い結果を予測してしまうとモチベーションが低下し、できるはずのことまでできなくなってしまいます。

 では、ポジティブ派か、ネガティブ派かは、どうやって決まるのでしょう。まず言えるのは、ポジティブな考えかたで状況に対処するか、ネガティブな考えかたに振り回されるかは、問題への対処前にどのような情報を得たか(どのような暗示を受けたか)も大きく影響するということです。たとえば、最近私の読んだ書物にアメリカの学者の次のような実験結果が紹介されていました。

 60代と70代と80代の人々が年齢とともに記憶力は低下すると書かれた記事を読むように指示され、そのあとに記憶力のテストを受けたときには、テストに出てきた単語のうち44パーセントしか覚えていなかった。テストのまえにその記事を読まなかった同様の構成のグループでは、58パーセントの単語を覚えていた。数学の難題を解く大学のテストでは、女子学生たちは自分が女性であることを指摘されただけで、なんのほのめかしも受けなかった女子学生よりも成績が悪かった。

 人間は年を取るにつれて記憶力に自信がなくなるものです。上記の一つ目の実験は、このような加齢による記憶力の低下を被検者に意識させ、それが記憶力の発揮にどのような影響を及ぼすかを試したものです。結果は、何の前情報も与えられなかった対照グループ(実験の対象となったグループと比較するために設けられたグループ)よりも記憶力の働きが鈍ることが確かめられました。二つ目の実験は、数学の試験の直前に「女性は数学が苦手」という観念を受験者に想起させ、それが試験の結果に影響を及ぼすかどうかを確かめようというものでした。こちらも、何の前情報も与えられていない対照グループよりも成績が悪くなったということが確認されました。

 もう一つご紹介しましょう。人間は、自分の所属する集団に対する帰属意識をもっています。スタンフォード大学の心理学者クロード・スティール博士は、「知的な、あるいは身体的な能力を試すテストのまえに帰属する集団に関係することがらをほのめかされると、それがテストの結果に大きな影響を及ぼす」と述べ、この現象を「ステレオタイプの脅威」と名づけました。

 一つ例をあげてみましょう。前述のスティール博士は、アイビー・リーグの有名な大学の学生の集団にミニゴルフ(10ホール)をやらせ、事前に与えた情報がスコアにどんな影響を及ぼすかを調べる実験を行いました。学生を二つのグループに分け、片方には「生まれつきの運動能力を試すテストである」と伝え、もう片方には「戦略的思考能力のテストである」と伝えたのです。すると、前者のスコアは後者のそれよりも平均4打数悪かったといいます。

 二つに分けられた学生グループはどちらも全員が白人でした。彼らに共通のステレオタイプな集団認識は、「われわれは運動能力にはあまり自信がない」と「われわれは戦略的に物事を考えるのは得意である」というものでした。結果は前述のとおりです。「運動能力を試す」と言われたグループはモチベーションが下がり、「戦略的思考を試す」と言われたグループはモチベーションが上がったと考えられます。ちなみに、同じ大学の黒人学生のグループに同条件で実験をしたところ、逆の結果、すなわち「運動能力を試す」と言われたほうのグループの成績がよかったそうです。

 こうしたステレオタイプの思考に振り回されるのを回避するには、どんな方策が考えられるでしょうか。以下は、そのことに関して前述の書物に書かれていた内容を少し短くまとめたものです。

 ステレオタイプの脅威にかんするいいニュースは、かすかなほのめかしと同様のほんの小さな対策で脅威を無効にできる点である。最も効果的な対策のひとつは、ステレオタイプの脅威にさらされている生徒たちに、「知能はさまざまな影響を受けやすいものである」と種あかしをすることだ。そのことを理解した生徒は自信を持ち、テストの得点やGPA(欧米の学校で採用されている教科の総合的な学力評価数値)があがることもたびたびあるという。
 もちろん学力テストのスコアはさまざまな訓練によって左右されるが、知能そのものはそんなに変わるものではない。しかしスタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックが目覚ましい発見をした。知能は影響を受けやすいものだと信じる生徒のほうが成績がはるかによいのである。ドゥエックは人々を二つのタイプに分けた。「凝りかたまった心」の人々と、「しなやかな心」の人々である。前者は、知能やほかの能力は本質的に生まれつき変わらないものであると思っている。後者は、知能は改善できると信じている。ドゥエックの示すところによれば、生徒の心のありようを見れば成績の伸びがだいたい予測できるという。知能は伸ばすことができると信じている生徒は、実際に成績も伸びている。
 知能そのものが変わろうと変わるまいと、心のありようは確実に変えられる。ドゥエックやほかの研究者の示すところによれば、正しい対策によって生徒の心のありようを凝り固まったものからしなやかなものへ変えることはできるし、結果としてそのほうが成績もあがる。

 要するに、「自分のもっている能力は生まれつきのもので変わることはない」と考える人よりも「自分の能力はさまざまな要因で変わっていくものであり、アプローチの方法や努力ししだいで、できなかったことだってできるようになる」――このように考えることが、学校での学業成績や物事への取り組みにおいてよい結果を引き出すための最善の方策であるということではないでしょうか。

 ここまでの話で何か参考になる点があったなら幸いです。次回は、表題にある「プラス思考の子育て」に直接関連することへと話を進めてまいります。前半だけで予定を超える文字量に達してしまいました。アメリカのジャーナリストの文献を参考にして書きましたので、私の理解不足で読みにくい点、わかりにくい点が多かったならご容赦ください。

H,S

 

2017.8.10 子どもの素直な反省を引き出す叱りかたとは!?

 今回も引き続き「子どもを叱る」ということに関するテーマを掲げてみました。今回は3回目になるので「いかに叱るか」の「まとめ」をしてみようと思います。
 親が叱ることをためらう原因の一つは、後味の悪い思いが残るということでしょう。それは、叱ったのではなく、感情が高ぶって怒ったからです。ある書物によると、親が怒ってしまうのは次のような親の状況が作用するからだと言います。



 決まりをめぐる親子の衝突はどのご家庭でもおありでしょう。勉強の時間になってもテレビを見ていたりすると、つい「いつになったら勉強するの!」と声を荒げてしまったことはありませんか?イライラしていると、ただ叱るつもりがいつの間に感情的に怒ってしまうんですね。

 しかし、「悪いのは子ども。叱りかたまで考えるなんて」というわけにはいきません。学者の調査によると、よく怒る親の子どもは、怒りを抑制して叱る親の子どもと比べて、怒りっぽく、反抗的で、人の言うことを聞かない傾向が強いと言います。また、親子で怒りをぶつけあうことの多い家庭では、子どもの学校での成績、人間関係の調整能力、行動力、情緒の安定などにおいて適応レベルが低いこともわかっています。怒る親のもとでは、自分をうまくコントロールする力が育たないのです。

 望ましいのは、「怒る」のではなく子どもにどうあってほしいかを念頭に置き、冷静に「叱る」ということです。それを実行するうえで基本となる親のありかたこそ、前回ご紹介した「権威型」の親像です。「権威型」というと、いかめしく大層なことのようなニュアンスが生じますが、次のような事例を参考にするとどなたでも可能だとご理解いただけるのではないでしょうか。



 さて、このおかあさんの対応のどこがよかったのでしょうか。おかあさんの言っていた「いつも」と「今回」はどこが違ったのでしょうか。まずはみなさん自身で考えてみてください。

 どうでしょう。答えは見つかったでしょうか。ここで、もう一つ事例をご紹介してみましょう。今度は文章中の「    」の部分に入れる適切な言葉を考えてみてください。おとうさんのどんな言葉が子どもの行為に変化をもたらしたのでしょうか。



 どうでしょう。おとうさんはどんなことを言ったのでしょうか。答えの例としては、「なるほど、バターライスってほんとうにおいしいね。拓也が毎日食べたがったわけだ」などのような言葉が当てはまるでしょう。 この例のように、子どもの行為を改めさせるには、いけない点をただ指摘するだけでなく、その行為に及んだ理由を慮ったり、子どもの気持ちを汲み取ったりすることが重要なんですね。

 さて、ここで子どもをいかに叱るかについて、基本的な流れをご提案しておきたいと思います。



 上記はあくまで一例です。ご自身のキャラクターに合わない部分は自分流に工夫してみましょう。また、叱るときには次の点に留意すると子どもは素直に受け入れてくれます。

A.叱る効果は、「何を言うか」より「どう言うか」で決まる。
 叱るときには、「叱る言葉」ばかりに気を取られがちですが、「どんな言いかたをするか」のほうがもっと重要です。具体例で考えてみましょう。
 「さっき呼んだとき、おかあさんの声を無視して、ずっとテレビを見ていたよね。それでいいの?おかあさんが呼んだときは、どうするんだった?」
 上記の言葉を、非難がましくトゲのある言いかたをした場合と、やさしく言い含めるように言った場合とで比べてみましょう。印象が全く違ってきます。優しく愛情を込めて叱るほうが、ずっと心にしみてきます(実際に声に出して確かめてみましょう)。うんざりした表情、ため息、すぼめた唇もNG。子どもを傷つけるだけです。

B.一方的に叱らず、子どもに説明や釈明の余地を与える。
 一刀両断に子どものしたことを切り捨て、子どもを窮地に追い込んでも効果はありません。子どもの言い分にも耳を傾けてやることが大切です。子どもに自分の気持ちや考えを説明させる機会を設けることは、良好なコミュニケーション姿勢を育むという効果をもたらします。子どもが何か言いたそうだったら、「あなたはどう思う?」と、申し開きのチャンスを与えてやりましょう。

 また、「あるおかあさんからの報告1」で注目に値するのは、「洋をおかあさんの横に座らせた」ということと、「手を取って話した」ということと、「目を見て話した」という点です。いずれも、お互いに冷静になって話すためのコツなんですね。

 どうでしょう。多少なりとも参考になったでしょうか。ご自身の反省点が明確になったり、新たな視点が見つかったりしたなら幸いです。最後に。叱ることを難しく考える必要はありません。失敗したって構わないのです。重要なのは、叱るおかあさんの言葉や態度から、親の愛情や期待をお子さんが感じ取っているかどうか。それさえ問題なければ、その場は反発しても内心では反省しています。ですから、親子関係にひびなど入りません。

 お子さんとのよりよい親子関係を築くべく、また、お子さんの健全な成長を引き出すべく、叱ることにも信念をもって臨みましょう!

H,S

 

2017.8.4 叱るおかあさんを子どもはどう思っている?

 これまでお伝えしたことからご承知いただいていると思いますが、わが子を叱るという行為は、バウンダリー(してよいことといけないことの境界線)を明確にするうえでも、子どもを自立させる「権威型」の子育て(「あたたかさ」と「厳しさ」のバランスのとれた子育て)を実現するうえでも欠かせないものです。

 そのいっぽうで、わが子を叱るのを苦手に思うおかあさんは少なくありません。叱って子どもが素直に反省すればよいのですが、大概はそううまくいきません。わが子の抵抗にあうと、我知らず感情が高ぶって、怒鳴りつけたり、手を出したりと、後味の悪い結果に至ることが多いものです。

 しかしながら、わが子の望ましくない現実を目の当たりにしたとき、注意するのはしつけの一環として当たり前のことです。それは世界中のどの国においても共通の認識です。たとえば、ある国の教えに「叱らないのは相続権の喪失である」というのがあります。またある国では「叱られるのは子どもに必要なことであり、子どもには叱ってもらう権利があるのだ」という教えがあります。

 そこで本来なら、「効果的な叱りかた」「後味の悪い思いをしなくてすむ叱りかた」をここでご提案したいところですが、その前に私が勤務している学習塾に通う子どもたちに実施したアンケートの結果をご紹介してみようと思います。このアンケートは、「叱られる頻度」や「どういう叱られかたをしているか」などについて調査したほか、「叱るおかあさんをどう思うか」についても答えてもらいました。調査をしたのは2014年で、調査対象者はおよそ500名です。

 今回は、「叱るおかあさんをどう思うか」に対する回答の一部をご紹介してみようと思います。進学塾に通う子どもの家庭ですから、みなさんのご家庭と共通点も多いと思います。ただし、調査対象者は小学4・5年生ですから、みなさんのお子さんの様子とは違っているかもしれません。しかし、あと1、2年先のお子さんを思い描いて読むと、これはこれで参考になる点も多いのではないでしょうか。

 まず、親に対して厳しい見方をしている回答をご紹介してみましょう。



 4・5年生ともなると、親への批判的な目が育っていることがわかりますね。「自分を棚に上げて」という言葉にはドキリとさせられます。また、「成績で叱る」「年上の自分ばかり叱る」というのは、子どもにとって「不公平だ」という反発があるようです。親からの「揺さぶり」めいた言葉も、子どもにとっては不快でやめてほしいことのようです。また、感情的になったり、そのあまり手を出したり、物を投げたりするおかあさんもおられるようですが、これも叱る効果を台無しにしてしまいます。

 ただし、子どもは叱られることをただただ嫌がっているわけでもないようです。次のようなコメントは、それを裏づけているように思います。



 どうでしょう。「叱られるのは構わない。しかし、きちんと納得させてほしい」という子どもの側の気持ちが汲み取れる言葉がいろいろ見受けられます。このことからも、「あたたかさと厳しさ」のバランスの重要性を再認識させられる思いがします。
 最後に、おかあさんに叱られることに対して感謝や前向きなとらえかたをしているコメントもご紹介しておきましょう。



 わが子が期待通りにやってくれないと、愛するがゆえに感情が先走り、思いもしない激しい叱りかたをしてしまったり、冷静さを欠いて手を出したりすることもあります。しかしながら、「あたたかさ」とのバランスを日頃から意識してわが子に接していれば、親の子どもを思う気持ちはちゃんと伝わっているのではないでしょうか。

 まして叱りかたに配慮すれば、上記のように子どもはおかあさんに叱られたことを感謝する気持ちをもつのですね。おかあさん、叱るべきときには愛情をこめて毅然とわが子を叱ってやりましょう! おかあさんの気持ちは必ずお子さんに伝わります。

H,S

 

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