子どもの才能は生まれつき?
いいえ、家庭の関わりが大きな作用を果たします。


2017.11.17 睡眠の時刻や時間は学力に影響する!?


 秋が次第に深まってきました。夏の暑苦しい時期と比べて、今の時期は夜の寝つきもよく、ぐっすり眠れます。おたくのお子さんは、毎朝スッキリとした寝覚めで1日の始まりを迎えておられるでしょうか。今回は、睡眠についての話題を取り上げてみました。

 適正な睡眠時間は年齢でそれぞれ異なります。特に発達途上にある子どもは、低年齢ほど長い睡眠時間が必要になります。まずは、玉井式の対象年齢のお子さんの標準的な睡眠時間がどれぐらいなのかを知っておきたいところですね。次の資料を見てください。



 この資料に基づくと、お子さんが7歳なら10時間半ぐらいの睡眠時間が標準となるということがわかりました。9歳ですと、10時間前後が目安のようですね。みなさんのお子さんと比べてみてください。おそらく、実際にはそれだけの睡眠時間を確保している児童は少ないのではないでしょうか。

 と言うのも、近年は子どもの就寝時刻が遅くなる傾向にあり、小学生でも、高学年になると夜の10時よりも早く就寝するケースは少ないようです。夜の10時ごろ就寝する子どもが、10時間の睡眠時間を確保するのは物理的に困難なことは言うまでもありません。10時間眠ると、起床は朝8時になってしまいます。これでは学校に遅刻してしまいます。ですから、必然的に睡眠時間を削らざるを得なくなります。最近の子どもは、「夜遅めに就寝して、朝早く起きる」といった傾向が見られるようですが、それにはこういった事情が背景にあるようですね。

 なお、子どもの就寝時刻が遅くなる原因は何でしょうか。私は学習塾関係者ですから、真っ先に「夜の塾通い」がやり玉にあがることを懸念しました。しかしながら、実際はそうではありませんでした。脳科学の専門家である永江誠司先生(福岡教育大学名誉教授)は、著書で次のように述べておられます。

 子どもはなぜ夜更かしをしてしまうのでしょうか。どうして睡眠不足になってしまうのでしょう。日本学校保健会が行った調査「児童生徒の健康状態サーベイランス事業報告書(2003年)によると、子どもが夜更かしする理由としては、「なんとなく」「家族が遅いから」が最も多く、「勉強」「テレビやビデオ」などはそれよりかなり低い理由としてあげられています。
 一般に、子どもの就寝時刻が遅くなるのは、勉強のために塾などに行っているからだ、あるいは夜遅くまでテレビやゲームをしているからだと考えやすいのですが、実際はかなり違うようです。子どもが自分の個室をもっている家庭も多くなっていること、そしてなによりも親が子どもに早く寝ることをしつける態度が希薄になっていることも、「なんとなく遅くまで起きている」理由になっていると考えられます。


 どうやら、子どもが個室をもっていること、親が夜遅くまで起きていることが、子どもの就寝時刻に影響を及ぼしているようです。また家族、特に親が宵っ張りの生活をしていると、そうした生活習慣が自然と子どもにも影響を与えてしまうのかもしれません。ここで注意したいのは、冒頭の資料で確認したように、子どもには年齢に応じた適正な睡眠時間というものがあります。そのことを親は踏まえて子どもの睡眠時間確保に留意したいものです。

 最近聞いた話ですが、私の勤務する学習塾に通う6年生児童の保護者で、毎晩深夜までお子さんに勉強をするよう促しておられるかたがあるとか。その理由は、「親が毎晩遅くまでいろいろ用事を済ませるために起きているのだから、子どもも一緒に起きていて勉強すればよい。少しでもたくさん勉強すれば、志望校に受かる確率も高くなる」というようなことだそうです。

 しかしながら、大人の睡眠時間は全体的に不足気味であり、しかも成長途上の子どもにはもっと長い睡眠時間が確保される必要があります。これでは子どもの学習効果も得られませんし、慢性の睡眠不足や健康上の問題も生じかねません。指導担当者によると、その保護者のお子さんは、勉強過多で常に頭が疲労した状態にあり、成績がどんどん悪化しているとか。この保護者には懸念すべき問題点をご説明し、生活習慣の改善をお願いしなければなりませんね。

 夜更かしは、睡眠時間の減少に直結します。「NHK国民生活時間調査(2000年)によると、小学生の平均睡眠時間は8時間43分、中学生が7時間51分、高校生が6時間54分という結果が示されています。前出の大学の先生によると、この調査の35年前の睡眠時間は、小学生が39分、中学生が46分、高校生が56分長かったそうです。明らかに睡眠時間が減少しています。この傾向がさらに続いているとすれば、今の子どもたちの睡眠時間はより一層短くなっているのではないでしょうか。

 今、おたくのお子さんは毎日何時ごろ就寝されていますか? また、毎日平均してどれぐらいの睡眠時間を確保しておられますか? 冒頭の資料によると、9歳なら10時間、7歳なら10時間半が理想の睡眠時間です。これとの差が大きいご家庭は、調整する必要がありそうですね。

H,S

 

2017.11.10 勉強の能動性を引き出す関わりを!

 「塾には喜んでいくのですが、家での勉強は嫌がって困ります」――こんな言葉をおかあさんがたからしばしば耳にします。原因は何だと思いますか? おたくのお子さんにもその傾向が少しでもあるようなら、これを機会に考えてみてください。

 塾での勉強を楽しいと感じるお子さんなら、決して勉強嫌いではありません。それなのに、なぜ家庭では勉強に対して消極的になるのでしょうか。

 いっぽう、子どもの家庭勉強が活性化し、いつも元気いっぱいの学びを実現しておられるケースも多数あります。どうすれば、このような状況が築けるのでしょうか。

 玉井式の「国語的算数教室」に通って楽しく学び、家庭でも「できたかな?プリント」にしっかりと取り組んでいるお子さんの特徴を調べてみたことがあります。と言っても、ただ現場の指導担当者に「何か気づいたことってある?」と尋ねただけなのですが。すると、だいたい同じような内容の言葉が返ってきました。

・家庭勉強の時間が決まっていて、やるのが当たり前のようになっている。
・保護者が、子どもの勉強に常に関心をもち、熱心にサポートをされている。
・保護者が、プリントの○つけをするだけでなく、賞賛と励ましのコメントを書いておられる。
・保護者が、一緒に考え、必要に応じてアドバイスをするような関わりをされている。


 こうした報告からわかるように、低学年児童の勉強を活性化するには、親が子どもの勉強に関心を示すこと、押しつけでなく子どもの積極的な学びを引き出すこと、がんばりを大いにほめて励ますことなどがポイントのようです。

 子どもの家庭勉強が活性化しない、子どもが家での勉強を嫌がる理由は、上記のうまくいっている子どもの状況を裏返しにして考えてみると、ある程度わかるように思います。すなわち、勉強の習慣化ができていない、親の関わりが行き当たりばったりである、叱って無理にやらせようとしている、子どもの試行錯誤を見守れずに解きかたを教えてしまう、などが原因ではないでしょうか。

 今、私の勤務する学習塾の現場からの報告をご紹介しましたが、他にヒントになる情報はないかと、手持ちの書物を次々に手にとってめくってみました。すると、日本有数の中高一貫校の元校長先生の著作に、子どもの計画的な学習習慣を根づかせるためのアドバイスがありました。ちょっとご紹介してみましょう。参考になるでしょうか。

 毎日一定の時間に机に向かわせる――低学年の場合であればそれが学校から帰ってすぐか、食事のあとか、と考えるのが勉強計画です。高学年になれば、さらに計画の内容は細かくなり、達成目標なども書き加えられるでしょう。
 こうした勉強計画は、まず、子どもに考えさせることです。低学年ならば、親が子どもにヒントを与えて考える手助けをしてやらねばなりません。「御飯がすんだあとでやる」と子どもが答えたら、「でも、その後はいつも見るテレビの漫画もあるし、お風呂にも入らなければならないわよ。じかんがあるかしら」と母親はアドバイスします。こうして、何とか母親の考えている計画に近づけていけばいいのです。
 避けたいのは、一方的に〇時から〇時までは勉強、次はピアノ……と親が計画を押しつけることです。子どもの心にも自尊心はありますし、自分の意見を取り入れてほしいと望んでいます。それを全く無視して、母親の都合のいいスケジュールを押しつけては、子どもは張り合いを失います。
 子どもが考える計画は、突飛であったり、不可能であったりするかもしれませんが、そこには必ず本人の意欲が反映されています。その勉強意欲を失わせることがないように、親は意見や希望を述べて、双方が納得する計画を作ることです。あくまで子ども自身が作った計画です。押しつけられた計画は破ることに積極的になれても、自分で定めた誓いを破るのには、消極的になるものなのです。


 学力形成のポイントの一つが、「習慣化」です。積み重ね効果を生みだすことが学力形成では必須のことだからです。勉強を習慣づけると、机に向かうまでの重たい決意が不要になります。自然と体が動いてくれるようになるからです。

 勉強を習慣づけるには、低学年なりに計画に沿った勉強を定着させる必要があります。それをうまく軌道に乗せるために秘訣は、親が計画を決めて子どもに与えるのではなく、子どもに決めさせるスタイルで、親はアドバイスをしながら、徐々に妥当な計画になるよう誘導していくことを、著者の先生は勧めておられます。

 無論、計画を立てたら自然と子どもは机に向かい始めるわけではありません。低学年の場合、親の影響力が絶大ですから、親が勉強の時間になったら促し、しばらくは一緒に勉強をするような流れが必要でしょう。その後の関わりかたについては、前述のとおりです。親が子どもを取り押さえて勉強を無理強いするのではなく、子どもが自分から勉強に取り組もうとする姿勢が育つよう、辛抱強く働きかけることが重要なんですね。

 子どもの自発的な取り組み姿勢を築くまで、親は忍耐強い働きかけを余儀なくされますが、それがうまくいったなら、子どもは親が期待する以上の成果を自らの努力であげるようになります。その日が来るまで、親の苦労は絶えませんが、得るものは莫大であることを申し伝えておきたいですね。

H,S

 

2017.11.3 勉強は楽しくなきゃ続かない

 みなさんは、わが子の勉強ぶりや学力の状況に満足しておられますか?こんな質問は無意味かもしれませんね。子どもの成績がいくらよくても、親の期待には際限はありません。成績が上がったら、「もっと上をめざしなさい!」とばかりにハッパをかける保護者の方々をたくさん見てきました。

 私は、子どもの成績の良し悪しもさることながら、取り組んでいるときの表情が気になります。問題を解く糸口を一生懸命に考えている姿や、解けたときやり遂げたときの晴れやかな表情が見られるかどうかが気になります。なぜなら、そうした生き生きとした取り組みを子どもがしていたら、間違いなくその子は着実に学力を伸ばしていくことが予想されるからです。

 だいぶ前になりますが、「わが子(小3)の学力が伸びない」という悩みで面談に来られたおかあさんがおられました。そのおかあさんは、「とにかくやる気がない」「集中力が続かない」「ちょっと目を離すと、すぐ勉強を放り出してしまう」「やったことがさっぱり身についていない」など、お子さんについて様々な不満を述べておられました。

 このような状況をお聞きするだけでおおよそ察しがつきますが、そのおかあさんは毎日の勉強を家庭教師に管理させ、その日に決めた学習メニューをすべて無理やりやらせておられることがわかりました。それはわが子に対する大きな期待ゆえのことだと思います。しかしながら、これでは成果はあがりません。子どもは時間と労力を費やす勉強を嫌々やらされているだけで、心も体も疲弊しているようでした。

 そこで、「今のままじゃ、お子さんはやる気になりませんよ。もう少し勉強量を加減したり、楽しく学べるような工夫をしたりしたらどうでしょう」と申し上げました。すると、「先生、勉強というのは辛さに耐え、歯を食いしばってやるべきものです。第一、無理にでもやらせないと子どもは勉強しません。そうやって、ある程度のことが身についたら、段々勉強の面白さがわかってくるんです」と、切り返されてしまいました。おかあさんの言葉にも一理あります。しかし、こんな調子で子どもを勉強嫌いにしてしまうと、勉強の面白みを理解し、自ら頑張るような人間に成長する望みは絶たれてしまいます。

 そのお子さんの授業での様子を担当者に尋ねてみました。すると、「ちゃんと聞いているのは、授業のはじめの5分かせいぜい10分くらいまでで、あとはボンヤリ座っているだけ。授業を楽しみにするどころか、疲れた体を休めに授業に来ているようにしか見えません」とのことでした。これでは授業効果など期待できませんし、家でも空回りの勉強が延々と続くだけです。

 私は、「子どもに必要なのは、勉強の楽しさに触れる経験だ」と考えています。それは、子どもというものの特質を慮ってのことです。低学年までの子どもは、面白いと思えば何にでも夢中になります。このころの子どもには、勉強か遊びかといった区別などそもそもありません。前回、学校での指導経験の豊富な先生の著述をご紹介しましたが、その先生は次のようなことも述べておられました。

 楽しい授業とは、教師が冗談を言うようなものではない。楽しい授業とは、知的な楽しさがあるという授業である。知的な発問があり、思考が生じる授業である。新しい発見があり、新しい気づきを得られる授業である。

 「楽しい授業」とは、子どもの知的関心を呼び起こし、考えさせ、何らかの発見を引き出すものなのですね。無論、毎回の単元が子どもの興味を惹けばよいのですが、そうはいかない場合もあります。そこが、授業を担当する者の腕の見せ所であり、研究や努力を要する部分です。前述の先生は、「どんな子どもでも、授業が楽しければ、授業に集中する。ノートもきちんと書くようになる。」とも述べておられます。これが波及して、能動的な家庭学習も実現します。子どもたちをお預かりする以上、このような授業を実践したいものだとつくづく思います。

 さて、楽しい授業の必要性についてもう一言。子どもたちには長い学びの人生が待っています。この長い学びの人生を有意義なものにするためには、児童期の学習体験で勉強の楽しさに触れる経験を繰り返すことが必要です。それが生涯にわたる能動的な学びを後押しするからです。したがって、児童期、特に低学年期の子どもたちには、「勉強をさせる」「学力をつける」といった大人主導のスタンスではなく、「頭を使って考える体験をする」「勉強のおもしろさを体感する」といった、子どもの側からの成長を促す指導のほうが望ましいと言えるでしょう。

 授業で子どもたちの興味を上手に誘導すると、ほとんどの子どもは必死になって考えを巡らせ、課題を解決しようとします。4年生などでも、面白い課題に取り組ませたときなど、ヒントを言われることを拒否し、自分で解決したがる子どもが多数見られます。こういう時期に「勉強って楽しい!」という思いを味わう体験をした子どもは、勉強への志向性をどこまでも高めていけるのではないでしょうか。

 子どもが授業に熱中し、楽しい時間を過ごしたなら、授業担当者にもすばらしいご褒美があります。どういうことかと言うと、授業終了のチャイムが鳴った瞬間に、子どもたちが、「えっ、もう授業が終わったの?今日は時間が早く経ったね」「先生、授業時間を伸ばして、もう少しやろうよ!」などの、うれしい反応を示してくれるのです。子どもはお世辞を言いませんから、このような言葉は子どもの素直な感想から来ています。つまり、授業が楽しかったということに他なりません。授業を担当する者にとってこれほど報われる思いを感じることはありません。

 玉井式の導入塾は、「子どもに楽しい授業体験をタップリとさせてあげたい」と考えています。 そうすれば、前述のように生涯失うことのない能動的な学びの姿勢が育ちます。お子さんが塾から帰ったら、「よくがんばったね」とほめたうえで、「今日の授業は楽しかった?」と尋ねてみてください。「うん、楽しかったよ」という返事が返ってきたなら、お子さんは塾での勉強を通じて、得難い学びの姿勢を築いておられるに相違ありません。

 なお、学ぶ楽しさを味わう体験のもつ意味については、2016年10月28日、11月4日の記事においても書いています。よろしければ、そちらのほうもお読みください。

H,S

 

2017.10.27 コミュニケーションの基本って何!?

 人と人とのコミュニケーションにおける基本事項の一つに、「相手の話に耳を傾ける」ということがあります。これはどなたも承知のことで、今さら申し上げるまでもありませんね。会話をするとき、相手の話を聞かないことには何も始まりません。

 しかしながら、最近はその当たり前のことが崩れてきて、聞く耳をもたない人が増えていると言われます。理由はいろいろでしょう。今日ではコミュニケーションの手段が多様化し、人と人とが向き合ってじっくり話し合う機会が減っています。大人も子どもも、インターネットやテレビなど、視覚と聴覚の両方から様々な情報が強いインパクトでもたらされるメディアに長時間ふれています。それと比べると、人間同士の会話は単調で、注意しないと大事な情報を聞き漏らす恐れが多分にあります。

 また、食事や一家団らんの時間においても、テレビがつけっぱなしになっている家庭が少なくありません。確かに、プロスポーツの中継やバラエティ番組などは団らんの時間をより楽しいものにしてくれます。ただし、こうした「……しながらの会話」も、注意して人の話に耳を傾ける姿勢をスポイルするという側面があるのは否定できません。

 私の家庭でも、夜の食事と贔屓チームのプロ野球中継の時間とが重なったとき、ついテレビをつけっぱなしにしてしまいます。そうしたとき、必ず「私の話をちゃんと聞いて!」と家内に厳しく叱られてしまいます。考えてみるまでもなく、私は二つの情報を耳で受け止めながら、目はテレビのほうを向いています。おまけに、注意の対象はもっぱら野球のほうです。家内が立腹するのも無理はありません。

 子どもの家庭生活も、これと同じような状況で営まれたとしたら、子どもの聞く耳はどうなるでしょうか。無論、おかあさんがたは「人が話しているときはちゃんと聞くのよ」「先生の話はちゃんと聞きなさい」と教えておられることと思います。しかしながら、いったんできあがった習慣はそう簡単に変えられるものではありません。

 私の勤務する学習塾でも、授業担当者が「授業が騒々しく、まとまりがつかない」「授業中にぼんやりしたり、授業と関係のない話をしたりする子が多くて困る」などと嘆いているのを耳にします。そういうとき、私自身も「家庭でもっと聞く耳のしつけをしていただきたいものだ」などと、家庭教育にその責任を向けてしまうことがあります。

 ところが、先だって教育関連の書物を読んでいたとき、次のようなくだりが目に留まり、子どもが授業を聞いてくれない理由について大いに考えさせられることになりました(文字数を調整しています)。著者は、指導現場の経験が豊富な学校の先生です。

 自分の視線を鍛えなくてはならないと最初に意識したのは、自分の授業を録画して見たときだった。挙手している子を見逃している様子がビデオに映っていたのである。
 その子は、私が気づいてくれないので、手を振って発表したいことをアピールしていた。ところが、である。なんと、私は手を振っているその子を見逃してしまうのである。その子は、当然、「なんで?」という表情になっている。顔が真っ赤になって、不明を恥じた。
 授業中、子どもを見ているという意識はあった。意識的に、どの子も見ようとは思っていた。ところが、端っこの子や、私のすぐ近くの真下のこと視線が合わせられないのである。
子ども一人ひとりに目を合わせる。
 たかがこんなこと、と思うかもしれない。誰でもやっていることなのかもしれない。
 だが、こんなささいなことでさえ、一人ひとりきちんと目をあわせようと思ったら、自分で意識して練習してみることが必要であった。目を合わせることだけでも、多くの技術がある、たとえば、

①視線を、一箇所だけに送らないこと。
②視線を数秒間、置くこと。
③利き目と反対側を意識的に見ること。
④教室の一番後ろの子と、一番前の子を意識して見ること。
⑤全体を視野に収めながらも、一人ひとりの目を見ること。

 書くのも恥ずかしいぐらい、何でもないことである。だが、そういう意識のもと、練習してみることで、ずいぶんと子どもが見えるようになる。
 視線を送ると子どもも変わる。やってみるとわかるが、驚くほど変わる。視線を子どもに合わせることで、子どもは教室とつながっているという実感がもてる。やんちゃな子だって、ビシッと引き締まる。


 「そうか」、と合点のいく思いがしました(特に下線を引いた部分)。子どもが授業を聞いてくれるようになるには、指導を担当する者も、聞くことを要求するばかりでなく、子ども一人ひとりの授業参加の様子に目配りをすることも重要なんですね。この著述に触れたことで、私自身も、「授業で、一人ひとりと目を合わせるように子どもと向き合っていただろうか」と反省させられました。

 早速、玉井式の授業担当者の研修の場で「授業では、教室全体を見通すだけでなく、子ども一人ひとりの目を見ながら、一人ひとりに語りかけるよう話を進めていきましょう」と伝えました。無論、子どもというものは、興味を惹かれるとそのことに夢中になるものです。おしゃべりやわき見、ボンヤリがあるのは、子どもの興味を惹きつけるだけの授業が実践できていない証拠でもあります。そのことに言及したのは言うまでもありません。

 聞く(傾聴する)と見る(注視する)。この二つはコミュニケーションの基本です。授業を司る大人も、授業を受ける子どもも、この両方を大切にするような流れを築きたいものです。

 なお、互いの目を見て話をすることの重要性については、2016年7月1日、2017年3月17日掲載の記事にも書いています。よろしければそちらのほうも参考にしてください。

H,S

 

2017.10.20 子どもが興味をもつ本の見つけかた

 今回も、引き続き読書に関する話題です。今回は、子どもを“読書好き”にするためのきっかけとして、親はどのようなアプローチをしたらよいか、について書いてみようと思います。

 これは私の勤務先の低学年部門の指導担当者から聞いた話ですが、1年生のお子さんが、「うちのおかあさんは、字がいっぱい詰まっていて、絵が少ししかない本ばかり買ってくるからイヤだ」と言っていたとか。おかあさんの気持ちはわかりますが、現在の子どもの興味や関心に沿うとともに、子どもの読みの熟達レベルにマッチした本選びからスタートすべきであろうと思います。

 児童向けの図書として、長く高い評価を受け続けている本は間違いのない本です。しかし、そういう本を何冊も買い込んで読ませようとしたけれども、子どもは全然興味を示さなかった、などということもあります。そこで、わが子が興味をもって読む本の見つけかたを中心にちょっと考えてみましょう。

1.低学年までの子どもには、身近な世界を題材にした本を選ぶほうがよい。
 本を読むとは、現実の世界について自分のもつ知識と突き合わせながら、描かれていることを絵のように思い浮かべるということです。人生経験が浅く語彙の乏しい子どもには高度な知的作業です。挿し絵の手助けがあるにせよ、子どもが実生活で見たり経験したりしたことが話題になっている本なら、それが子どもの理解を助けてくれます。ですから、読書経験の浅い子どもの本選びにあたっては、子どもの敷居をできるだけ低くする配慮が必要です。

2.子どもの読みたがる本が偏っても心配する必要はない。
 うちの子は、図書館や本屋で本を選ばせると、同じようなものばかり選びます。どうしたものでしょうか。こういった内容の相談がありました。確かにそんなお子さんがよくいます。しかし、心配無用です。同じように見えても、著述の内容はみな違います。第一、低学年のときの興味をずっと引きずって、同じような本を読み続ける子どもなど一人もいません。それでも心配なら、子どもが読んでいる本を親も読み、そのなかにある情報についていろいろ投げかけしてみてはどうでしょう。新たな興味の対象が見つかり、お子さんの読書の幅が広がっていくこともあるでしょう。

3.子どもが登場人物と自分を重ね合わせ、同化できる物語を見つける。
 子どもが例外なく夢中になって本の世界に没頭するお話があります。それは、自分と主人公が一体となり、まるで自分ができごとに遭遇しているかのように引き込まれる、リアルな疑似体験のできるストーリーだからです。「そういう本が見つかれば苦労しない」とおっしゃるかたもおありでしょう。子どもは、自分が想像もできない世界を追体験することはできません。ですから、日常生活で子どもが何に興味をもっているか、どんなことが好きか、どんなテレビ番組を好むかなどについて、注意深く観察してみたらどうでしょうか。きっと、子どもが夢中になって引き込まれる物語を見つけるヒントが発見できると思います。また、一緒に図書館や本屋で読みたい本を探すのもよいでしょう。

4.子どものもっている語彙と、内的世界に釣り合う本を選ぶ。
 小学生になると、幼さの残る子どもでも自分なりの考えやこだわりをもっています。嫌々押しつけられた本を読んでも、真の読書にはなりません。「こんな幼稚な本なんて」と、親が思うような本でも、子どもが自分で読もうとした本のほうが望ましいと言えます。前述のように、本を読むということは活字で表現された世界を自分の経験と語彙に照らし、イメージすることです。高度な内容の詰まった本を読んでも、子どもの現在の内的世界や語彙と不釣り合いでは、字面を追うだけに終わってしまいます。こういう読書は子どもにとって苦痛ですし、本の嫌いな子どもにするだけです。

 低学年の子どもの読書が定着するには、親の手助けが欠かせません。特に1年生などの場合、親がまず読んでやり、楽しい本の世界の入り口を経験させることも必要でしょう。交替で読んだり、感想を楽しく交換したりするなど、子どもが本を読むことに慣れ親しむような流れを築いていくよう配慮する必要があります。

 いったん読書の世界に入り込んだなら、子どもの精神世界はものすごい勢いで広がり深まっていきます。5年生頃には、もう大人向けの本に手を伸ばすような子どもも出てきます。ある年、5年生の男子が休憩時間に文庫本を読んでいるのが目につき、近づいて何を読んでいるのかを確かめてみました。何と、彼が読んでいたのは300~400ページはありそうな、早川ミステリーの翻訳物の小説でした。彼はオールマイティですべての教科の成績がよく、やがて東大の理Ⅰに進学しました。

 その男の子も、ほんの数年前までは低学年児童向けの活字が大きくて挿絵の多い本を読んでいたはずです。読書の習慣が、内面の著しい成長を促したのではないでしょうか。

 このように、低学年時から読書の習慣を根づかせるかどうかは、子どもの知的成長に大きな違いをもたらすのは疑いありません。また読書がもたらす恩恵はそれだけではありません。早くから本の与えてくれるバーチャルな仮の体験の楽しみを知った人間は、長い人生を通じて常に充実した余暇を過ごすことができるのです。

 なお、子どもの読書や語彙発達に関しては、これまでにもこのブログでお伝えしたことがあります。もしも興味がおありでしたら、2016年5月20日、7月8日、11月11日、11月18日、11月25日掲載の記事をお読みください。多少なりとも参考になれば幸いです。

H,S

 

2017.10.13 楽しみながら学力基盤を築けるものって!?

 表題の問いかけに対していきなり答えを言うようなものですが、今回も前回に引き続き、読書にまつわる話題を取りあげてみました。「読書の秋」真っただ中にある今日この頃、みなさんのお子さんは読書の楽しさを満喫しておられるでしょうか。

 小学2~3年生ぐらいになると、子どもは一人で読書を楽しめるようになります。好みの本を探しては、片っ端から貪り読むような読書家のお子さんも少なくありません。逆に、「うちの子は全然本を読もうとしません。どうしたら本を読むようになるでしょうか」と心配するおかあさんもおられます。

 ある調査によると、「小学生の約22%は月に10冊以上の本を読んでいるが、そのいっぽうで約16%の子どもは月に1冊の本も読んでいない」というデータが示されたとか。どうやら、小学生の読書傾向は両極化の様相を呈しているようです。

 読書によって、子どもは手軽に未知の世界に足を踏み入れ、たくさんの仮の体験をし、数多くの知識を吸収することができます。しかも、子どもに様々な興奮や感動を与えてくれますから、エンターテインメントとしても極上の存在であり、読書で心配なのは時間に糸目をかけない状況に至ることぐらいでしょうか。本を読み耽っているときの子どもには、「~のため」といった意識はまるでありません。ですから、無条件に楽しくて子どもの知的成長につながる稀有の存在といっても過言ではありません。

 ただし、子どもが読書を楽しめるようになるまでには相応のステップを踏まねばなりません。小学校入学当初の子どもは、建前的にはまだ文字言語が未習であり、本を自分で読んで楽しむ段階には至っていません。無論、大概の子どもは先行体験によってある程度文字に親しんでいますが、物語を読んで楽しめるほどではないのが普通です。

 そこで必要になってくるのは、ちゃんとした文字学習の指導を受けて活字を読むための土台を築き、そこから徐々に本(教科書)に登場してくる活字の言葉を語彙として自分のものにしていく流れを築くことです。そこで必須ともいうべき脳内の作業があります。それは、すでに獲得していた語彙、すなわち音声による言葉(話し言葉)との照合です。「つくえ」という文字の言葉に出合ったら、「tu-ku-e」と声に出して発音することで、「つくえ」が示している意味を理解することができます。この作業を延々と続けていかなければなりません。

 このようにして、既知の音声の言葉と照合を繰り返すことで、文字の言葉(文字言語)の語彙数が増えていき、やがて子どもは簡単な言葉で書かれた本なら自分で読めるようになっていきます。自分の力で本を読めるということは、子どもにとっては大変な喜びです。当然のごとく、みるみる読書が活発化していきます。

 このことは、子どもの語彙獲得の道筋に劇的な変化が生じることを意味します。子どもは、自分で本を読み進めながら、新たに登場してきた文字言語の意味を、文脈から類推(無論、挿絵も助けになります)して理解できるようになっていくのです。活字の言葉との出合いの数は、音声による言葉との出合いのそれよりも格段に多いのが特徴です。子どもは、本を読めば読むほどたくさんの新しい言葉に出合いますから、著しいスピードで新しい語彙が獲得されていくようになります。

 こうして、文字学習開始後のある段階から、子どもの語彙獲得の流れが反転することになります。既知の音声言語をベースに新しい文字言語を獲得していく流れが、本を読むことによって獲得した文字言語を、新しい音声言語の語彙として活用していく流れができるのです。学習心理学者は、この現象を「反対給付」と名づけています。

 こうして、読書を通じて子どもが一人で語彙を獲得していく流れができると、子どもたちの内面世界は急速に変貌し、大人の域に近づいていきます。それがはっきりと見て取れるのは、小学4年生からの3年間です。この頃の語彙発達の様子については、2016年5月20日に掲載した記事(「語彙発達が学習活動に及ぼす影響」)に詳しく書いていますので、よろしければ読んでみてください。

 これはそのときの記事内容の繰り返しになりますが、読書の活発化は読みの熟達にもつながります。活字の流れを目でとらえ、切れ目を瞬時に仕分けて意味の流れをつかめるようになっていきます。そうして、活字を通して情報を採り入れる力が養われますから、国語だけでなくあらゆる教科の学習で成果をあげることができます。

 ただし、子どもの読書が活性化するのは楽しいからです。知識獲得、語彙増加などはあくまで副産物なのだと認識してください。そうでなければ、子どもは喜んで読書に向き合うようにはなりません。また、深いレベルでの読書に到達する子どもの大半は、「楽しいから読書に夢中になる」という傾向があるようです。そこを外してしまうと、読書すら子どもにとって苦痛なものになってしまい、読書の与えてくれるすばらしい恩恵に浴することはできなくなってしまいます。

 長くなってしまいました。次回に続きを書こうと思います。よろしくお願いいたします。

H,S

 

2017.10.6 子どもに読書の習慣を根づかせよう!

 段々と秋が深まってきました。秋と言えば何をするにも好適な季節であり、「~の秋」という標語をよく目や耳にします。「読書の秋」もその一つでしょう。今回は、子どもに読書の習慣を根づかせるために、親はどんな配慮をしたらよいかを話題にとりあげてみました。

 「手をのばして人生のよろこびをつかむと同時に、苦悩と相対し、折り合っていくために、子どもたちは強く、柔軟で、愛し、笑うことができるよう、成長しなければなりません。よい本は、子どもたちを助けそれを可能にします」

――これは、児童文学者で、幼児期から生涯にわたる読書教育の第一人者として活躍された、ニュージーランドのドロシー・バトラーさん(1925――)の言葉です。

 読書は子どもの成長にとって大きな役割を果たします。また、私の勤務する学習塾においても、よく学び立派な成績をあげている子どもたちの大半は読書が大好きです。寸暇を惜しんで本を読み耽る子どももいます。いったいどうしたら読書は根づくのでしょうか。これについて、バトラーさんは、次のように述べておられます。

 本を読むことを学ぶのは、偶然のきっかけや学校に任せておけないほど重要だと 私は信じています。また、子どもの暮らしにおける親の影響は、すべての公的機関と 教育機関もかなわないほど強いのですから、親は、子どもたちが、すらすらと、 楽しんで、自発的に本を読む子になるように、積極的に行動すべきだとも信じます。

 鍵を握るのはどうやら親のようです。子どもにとって親の影響力は絶大であり、親の積極的な関わりが子どもを読書好きにするために欠かせないようですね。そこで、バトラーさんからのアドバイスをご紹介してみましょう。

 「本を読む」子どもにするために
1 「手本を見て育つ」時期の子どもたちには、大人が何をして見せるかが大切だ。
 9歳かそれ以下の子どもたちはふつう、親にあこがれ、親のようになりたいと思います。この熱烈な願望を、9歳をはるかに過ぎても抱き続けるだろうなどと、当てにはできません。ですから、子どもがそういう願いをもっている間に、この気持ちを上手に利用しなければなりません。つまり、大人が日常生活の一部として、読書を楽しむことがまずは最も重要なことです。

2 図書館の利用者になっていなかったら、さっそく加入する。
 ひとたび図書館通いを始めてみると、借り出せる本の種類の多さに驚き、うれしくなるでしょう。大人も子どもも、家族全員が、毎週決まって図書館通いをするように努めましょう。家族みんなで本を見せ合い、話し合えば、読書から得られる喜びが一層増します。

3 大人の読書メニューに、フィクションを加えてみる。
 フィクションにも、子どもと大人が一緒に楽しめるものが見つかるはずです。愉快で健康的な物語の数々は、家族全員に読み聞かせることができます。――食事の後など、家族が顔を合わせる折ならば、いつでもいいでしょう。「さあ、みんな、この話を聞いてごらんなさい!」と言われれば、誰でもつい引き込まれてしまいます。

4 親が本を手元におきたいという欲求を行動にし、お手本を見せるのが決め手だ。
 書籍購入のための予算の使い道を決めるときには、子どもの意志だけでなく、「親」の要求も考慮されるべきだと、子どもにはっきりと伝えましょう。今週は「親の私」が本を買う番。二冊は買えないから、子の本は次の週よ、というように。子どもたちは、大人はずるい!というかもしれませんが、親の熱意を目の当たりにした子どもたちの、本に対する評価は急激に高くなるでしょう。

5 本を愛する気持ちが根をおろし育つためには、子どもの暮らしの中に時間がなければならない。
 今の子どもたちには読書の「時間」がありません。とくに、いわゆる「めぐまれた」子どもの日常生活にその時間がないように見えます。多くは、必要以上に日課が決められ、あちこち連れ回されます。手に余るほど何々教室に属し、習い事をしています。そういう子どもは、起きている時間の大半を送迎されて過ごします。これでは子どもたちが、ようやく家にたどり着いたとたん、テレビの前にどしんと座り込んでしまうのも無理はありません。

6 一人ずつの子に、読書を楽しむための「自分だけのコーナー」をつくってやる。
 現代の家に絶対必要なのは、古い世代にはおなじみの、秘密の隠れる場所です。カーテンにさえぎられた窓下の腰掛や、屋根裏部屋や、ポーチや、空き部屋。これらは、子どもたちにとっての聖域でした。(家の人に呼ばれても、聞こえないふりができました)今の時代、そういう聖域はますます必要になっています。昔のようにはいかなくても、大人の工夫で、子どもにとって静かな空間、世界から隔絶された空間を作ってやることができます。

7 子どもに読書をさせようと思うなら、家庭内の整理整頓が行き届かなくなるのは当然である。
 読書をする家庭は乱雑になりがちです。しかし、本と子どもたちが家庭に美しさを与えます。それに、子どもはいつまでも家にいるわけではありません。わが子の成長にとって貴重な時代には、子どもを極力あるがままに受け入れてやりましょう。汚れていて、ぶしつけで、反抗的で、喧嘩っ早くて、年中空腹で、際限なくさわったり、開けたり、押したり、決して待つことを知らない・・・・・・それが子どもというものですから。

 バトラーさんのこの提案に対して、みなさんはどのように思われたでしょうか。まずはご家庭の現状を振り返り、参考になる点があったら、今から少しでも実行に移してみてはいかがでしょうか。

 読書が真に根づいている子どもは、集中して文章を読み、すばやく書かれている場面や状況をつかみます。そして、登場人物の態度や言葉、行動の裏にある心理を的確に掌握します。国語の勉強をいやいや毎日やらされている子どもがいくら勉強しても追いつくことのできない読解力を自然に身につけてしまうのです。活字からイメージを起こし意味内容をつかむ力は、全ての勉強を支える、欠くことのできない力です。つまり、読書は全ての学問に通じる「言葉の力」を与えてくれる、大切なものなのです。

 成長の途上にある子どもにとって、本を読む楽しみにふれておく体験は、他の何にも増して大切なことではないでしょうか。お子さんが読書のもつ大いなる魅力にまだ気づいておられないようなら、おかあさんの働きかけで、ぜひ本の世界へいざなってあげてください。

H,S

 

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