子のイラストバックナンバー

2019.3.1

低学年男子は幼稚?


 低学年児童期のお子さんをおもちの保護者は、まだ勉強面について心配をするかたは少なく、「読み書きの一応の基礎や、算数の九九や筆算などの基礎技能が身についていればよい」とか、「とりあえず学校生活に慣れることが大切だ」などのように考えるかたが多いのではないかと思います。

 当然、勉強面に特化した学習塾に通う子どもの数は少なく、習い事・稽古事や音楽・スポーツ教室などに通う子どもの数のほうがずっと多いのが実状であろうと思います。保護者、特におかあさんがたには、「自分が経験できなかったことをいろいろ習わせてやりたい」というお気持ちもあり、学習塾への通学よりも優先順位が高い傾向が強いように思います。こうした保護者の考えは十分に頷けるものです。

 本コラムは、主として小学校低学年児童をおもちの保護者、特におかあさんがたに向けて書いています。ですから、勉強面だけでなく知育全般に目配りをしながら書いています。ただし、読者は主に玉井式にご縁をいただいている方々ですから、中学受験を視野に入れておられる可能性が高いことでしょう。当然、低学年児童期の学力形成面に強い興味をおもちであろうと思います。今回の記事が、そういった保護者の参考にしていただければ幸いです。

 とは言え、このテーマで書くとなると、お伝えしたい内容が男子と女子とではかなり違ってきます。基礎・基本を身につけることや、学習の習慣づけ、学習意欲の高い子どもにしておくことなど、男女を問わず重要な事柄も多いいっぽうで、男女の発達や志向性の違いなどによって目を向けるべき点が異なる場合もあるからです。そこで、まずは男子のほうに必要な目配りやサポートについて書いてみようと思います。

 私が長年中学受験指導の仕事に携わってきた経験で痛感してきたのは、「男子は女子よりも言語や思考の発達が遅れ気味である」ということです。そのことは、35年余り前にこの仕事に就いて以来今日に至るまで変わることはありません。このことは、読解力テストの結果を女子児童と比べても明らかであり、子どもたちと会話をしても男子と女子とでは思考の深さや表現力に歴然とした差を感じることからも間違いないことであろうと思います。

 研究者の書物を拝見しても、「言語発達においては女子のほうが早熟である」といったようなことが書かれています。すでに何度かこのコラム(ブログ)でお伝えしたかと思いますが、言語や思考、判断などに関わる知能を結晶性知能と言います。結晶性知能は生涯を通して伸ばし続けることのできる知能ですから、あまり親を焦らせるようなことはお伝えしたくないのですが、中学受験を視野に入れた場合、この知能の発達を早めに促しておくことが必須となります。文章読解力も文章表現力も稚拙では、勝負にならないからです。

 少し具体的なエピソードをご紹介し、そのうえでこの男子の問題点について話を進めてまいりましょう。だいぶ昔の話ですが、ある作家が息子さんに中学受験をさせることを決心し、自ら家庭内の塾長をしてわが子の勉強の面倒を見たときの様子を本にして出版したところ、評判をとったことがあります。以下は、その本のなかで息子さんの低学年頃のエピソードを紹介した場面を取り出したものです。

 小学校二年の時だ。学校の国語のテストで、こんな問題が出た。
「はやぶさは、するどいはやつめで、えものをとらえます」
 右(上記)のような文章を含む長文を読んだうえで、
「はやぶさは、何を使ってえものをとらえますか。二つあげなさい」
 という設問があり、解答欄にカッコが二つ用意してある。
 わが次男の答えは、最初のカッコに「はやつめ」と書き、二つ目のカッコは空白である。どうやら彼は、「はやつめ」というのを、「歯や爪」と解釈せずに、何かしら不思議な武器だと思い込んだらしい。あるいは、「隼(はやぶさ)の爪だから「はやつめ」だと思ったのだろうか。
 いずれにしても、「はやつめ」を一つの言葉だと思い込んでしまったので、いくら探しても、もう一つの武器は見つからなかったというわけだ。
「はやつめ」というのは、しばらくの間、わが家では流行語みたいになっていた。

 この作家の次男坊さんは、算数のある領域ではすばらしいセンスを発揮するいっぽう、思考や幼稚で語彙も少なく、国語力の不足に悩まされることになりました。この種の問題を抱える男の子は少なくありません。中学受験に通用する国語力へと届くには、どうしたらよいのでしょう。

 こういう思考の稚拙さや語彙力の不足、それらに起因する国語力全体の低迷は、決して遺伝や生まれつきの能力によるものではありません。上記引用文の書き手は作家ですが、そのお子さんは国語が苦手であること一つとっても、そのことを裏づけています。もしもお子さんの中学受験を考えておられるなら、3年生までに手を打っておく必要があります。その理由は、話し言葉中心の生活から、書き言葉中心の生活へと転換していく時期が3年生頃だからです。

 すでに何度か書いたかと思いますが、書き言葉を正式に学び始めるのは小学校入学段階です。文字の正式な学習を始めた(1年生)子どもが、黙読ができるようになり(2年生)、活発な読書活動を経て(3年生以降)、抽象的思考が可能になる段階(4~5年生)へと発展していく流れにうまく乗れるようにしていくことが、この問題を未然に防ぐための最もオーソドックスな対策と言えるでしょう。

 では、具体的にはどういうことをすればよいのでしょうか。次回は、そのことについて書いてみようと思います。


H.S

2019.3.8

低学年児童の学力形成の下地づくり その1


 これまで何回か、男の子の思考が女の子のそれと比べて幼稚であること、国語の読解力が劣りがちであるということを話題にしました。今回は、同様の趣旨で書いた前回(3月1日掲載)の続きです。思考が幼稚で読解力が不足している。この男子児童に生じがちな問題に対する有効な対処の方法はどのようなものでしょうか。無論、女子児童にも当てはまるケースがありますので、女の子の保護者にもお読みいただきたいですね。

 私からは、次のようなご提案をさせていただこうと思います。と言っても、特別なことではありません。どなたでもどのご家庭でもやっておられることに過ぎません。それを、意図的に強化してみてはいかがでしょうか。

 上表の左側に示している「会話生活の充実」は、子どもの聞く力や話す力(表現力)を磨くために必須のものです。また、新たな語彙獲得の場としても見逃せません。男女に関わらず、1~2年生までの子どもは、活字の言葉よりも音声の言葉のほうが理解しやすいのが普通です。というのも、これまでの短い人生で触れてきた言葉の大半は音声言語であり、文字言語はまだこれから取得していく段階の言葉だからです。この音声の言葉によるコミュニケーション力は、情報の収集や発信力の強化、語彙の増強にとってまだまだ重要であり、一層磨いていくべきものです。その中心となる役割を果たすのは「家庭の会話」に他なりません。

 ところで、小学校入学までの言葉の先生は誰だったでしょうか。言うまでもなくおかあさんです。そのおかあさんがたに今一度振り返っていただきたいのは、「わが子は、親(あるいは他の人)の話にきちんと最後まで耳を傾けて聞いているだろうか」ということと、「わが子は、自分の考えをある程度筋道立てて表現できるようになっているだろうか」ということです。

 子どもにとって、就学年齢に達するまでの話し相手は何と言ってもおかあさんです。そのおかあさんは、わが子についての大概のことを知っていますから、わが子の表情やしぐさで何を言いたいのか、親の言っていることがわかっているのかどうかを瞬時に察知することができます。その結果、会話の際にわが子の聞きかたや話しかたが第三者にも通用するものになるよう導くことを忘れ、何でも早めに了解して対処してしまいがちです。その結果、子どものコミュニケーション力がなかなか育たないということがあります。

 特に男の子は一体に落ち着きがなく、聞くことも話すこともままならないことが多いものですが、前述のように家庭内ではおかあさんが何でも先回りして了解してしまい、問題点が改善されないまま放置されることが少なくありません。その結果、学校や学習塾で先生や他の子どもの話を注意深く聴きとろうとする姿勢や、自分の考えや意見を誰にもわかるように発表するためのスキルがいつまでも育たず、勉強に支障をきたすことになりがちです。

 今お伝えしたことに思い当たる節がおありのおかあさんは、これから家庭での親子の会話のありかたを見直し、わが子のコミュニケーション能力の改善を図ることをお勧めします。たとえば、次のような点をチェックし、必要と判断したことを実行してみてはいかがでしょうか。

1.会話のときには、互いの目を見て話をする。
 いい加減に聞き流すのではなく、相手の気持ちと向き合った会話をする習慣を築く。
2.親は、なるべく早口で感情交じりの話しかたを避け、ゆっくり丁寧な話しかたを心がける。
 親の話しかたは子どもにそっくりそのまま受け継がれます。会話の基本を教えてやりましょう。
3.親が伝えたいことを話し終えたら、「おかあさんは、今なんて言ったかな?もう一度言ってみて」と伝え、反芻させる。
 子どもに反芻させてみた結果、ちゃんと聞けていないことが判明しても、腹を立てずに聞く姿勢が定着するまで粘り強く働きかけることが必要です。ちゃんと言えたら、大いにほめてやりましょう。
4.子どもに自分の思いを話す機会を必ず与える。
 辛抱や我慢の要ることですが、子どもの下手なしゃべりを最後まで聞き届けてやれるのは親(家族)しかいません。特に男子には話す機会と時間がたっぷりと必要です。
5.途中で話を遮ったり、言い直させたりしない。
 言いかたを間違えるたびに叱ったり改めさせたりするより、繰り返し話す経験をさせることのほうが話しかたは進歩するものです。どうしても気になる点は、後で指摘してあげてください。
6.会話にはユーモアを混ぜることを心がける。
 伝えたいことをただ述べるより、会話にユーモアを交えるよう留意しましょう。そのほうが、心の通い合う会話にもなりますし、わが子の人間的魅力の形成にも貢献します。

 子どもがうまくしゃべれないのは、人生経験が少ないのですから当たり前のことです。上手に話せるようになるには、とにかく練習の場を設けることに尽きるのですが、大人は毎日忙しく働いていて、子どもが話しかけてもつい「後で」と言ってしまいがちです(しかも、そう言ったことも忘れがちです)。しかしながら、要領を得ない子どもの話を辛抱強くきいてやれる存在は、家族、それもあえて言えばおかあさんしかいません。ぜひ、わが子との会話の時間を可能なかぎり設け、しかもそれを楽しい時間にするようがんばっていただきたいですね。

 おかあさんがわが子の話に一生懸命耳を傾けたなら、子どもは「人が話しかけているときに聞くのは当たり前のことだ」ということを自然と学びます。それが、学校や塾で「授業を傾聴する」という姿勢につながります。当然、学力形成において大いに威力を発揮するのは疑いありません。

 もう一つの「読みの態勢づくり」は、次回詳しくお伝えしようと思います。よろしければぜひお読みください。


H.S

2019.3.15

低学年児童の学力形成の下地づくり その2


 前回は、児童期の学力形成の基盤づくりを担う要素として「会話生活の充実」と「読みの態勢づくり」を挙げ、そのうちの「会話生活の充実」について主にお伝えしました。今回は、もう一つの「読みの態勢づくり」について書いてみようと思います。

 今回お伝えする内容は少し理屈っぽい点があり、最後までお読みいただけるかどうか心配ですが、大変重要なことですので何とかがんばって読み進めていただけると嬉しいです。

 児童期が始まるまでの子どもの語彙は、大半が話し言葉(音声の言葉)によるものでした。この話し言葉の語彙は、主におかあさんによって家庭で教えられてきた言葉です。

 いっぽう、小学校に入学すると、正式な書き言葉(文字の言葉)の習得が始まります。書き言葉の習得にあたっては、まず書き言葉を構成する一つひとつの文字(ひらがなやカタカナ)をマスターする必要があります。そのうえで、文字を様々に組み合わせることで、すでに知っていた話し言葉に対応する書き言葉を学んでいきます。このように、書き言葉の語彙は、初期段階では既知の話し言葉と照合することで獲得されていきますから、書き言葉の語彙が少しずつ増えるだけで、語彙自体が増加するわけではありません。

 しかしながら、書き言葉の語彙が一定数に達すると、子どもは易しい内容の本なら自分で読めるようになっていきます。そうして、読みの態勢が徐々に整い、やがて読書が安定軌道に乗っていきます。すると、子どもの語彙獲得のペースは著しい進捗を示すようになります。なぜかというと、おかあさんとの会話で仕入れる語彙数と、読書によって本から仕入れる語彙数とでは、比べ物にならないほど後者のほうが多いからです。

 学者の研究によると、人生で一番語彙増加の割合が著しいのは10歳頃(小4~5)で、年間40%近くもの増加率を記録します。また、語彙増加数がいちばん多いのは11歳頃(小5~6)で、年間6300語以上もの新たな語彙が獲得されます。学習心理学者は、小学校高学年期にみられるこのような語彙の急速な増加現象を“語彙の爆発”と呼んでいます。

 以上から想像がつくと思いますが、語彙の爆発的増加はどの子どもにも均等に生じるわけではありません。低学年期の読みの態勢づくりがうまく機能してこそ実現することです。では、読みの態勢づくりにおいて大切なのはどんなことでしょうか。それは音読の励行です。

 では、音読はなぜ大切なのでしょうか。端的に言うと、読書によって生じる語彙の爆発は、スムーズな黙読ができるようになってこそ可能なことであり、スムーズな黙読は音読の修練あってこそ達成できることだからです。前述のように、子どもは文字の字形と発音の照合を繰り返しながら書き言葉を獲得していきます。たとえば、「みかん」を「mi/ka/n」と一文字ずつ刻んで読むことを繰り返すことで「みかん」をひとかたまりの言葉と認識し、「mikan」とつなげて発音できるようになっていきます。

 こうして段々と文字列を視覚でとらえると同時に文字列のなかから単語を見出し、素早く滑らかに読み通していけるようになっていき、しだいに黙読の態勢が整っていきます。黙読は、書き言葉の読み(発音)を声に出すことなく、心の中で文字に対応する音をイメージすることを言います。それが滑らかに正確にできるようになるかどうかは、音読の習練しだいなのです。

 多くの子どもは、「いつから黙読へ移行したか」が親にもわからないまま読書を楽しむようになります。また、音読をそんなにしなくても、どの子どももいつの間にか黙読期へと移行しています。しかし、実際には子どもたち個々の黙読力は随分と差があるのです。「うちの子は黙って読書をしているから、もうちゃんと読める」と思い込まず、玉井式の素材文や教科書、児童書などの音読を是非励行してください。

 ふつう、黙読は2年生の前半ごろまでに可能になっていると言われますが、上手な黙読への移行過程で音読を十分経験していない子どもは、黙読も不正確です。黙読が不正確であると、読むのに時間がかかるうえ、文章理解も十分でないために、国語の読解力や算数の長文課題などに力を発揮できません。試しに、素材文は何でもよいですから、親子交替で音読をやってみてください。おかあさんのようにスムーズかつ正確に読めるようになっているでしょうか。

 音読は声に出すので、読みの巧拙がはっきりわかります。もしもすぐに躓くようであれば、当分はおかあさんのフォローで毎日少しずつ音読の練習をしてあげてください。やがて必ず上手に読めるようになります。すると、いつの間にか黙読の態勢も高いレベルで整えられてきます。3年生いっぱいまでにそのステップを通過すれば、読みに堪能な子どもになれるでしょう。それは、学力形成においても大いに威力を発揮することになります。

 さて、ここで上記の図をご覧ください。左右に向けた矢印がありますね。この矢印は、互いに刺激し合い、連動しているさまを表します。おかあさんとの楽しい会話の積み重ねが語彙を充実させ、それが書き言葉の獲得にあたって大いに助けになります。また、書き言葉の獲得が進むと、書物(活字)を通して新たな語彙をすばらしい勢いで獲得する流れが生じ、そうして身につけた書き言葉の語彙は、日常で使用する会話の語彙として活用されるようになります。そうやって、子どもはすばらしい勢いで言葉の生活を充実させ、言葉を通じたコミュニケーションの力を伸ばしていくのです。さらには、どちらの行為もこれで終わりということはありません。両方が刺激し合い、子どもの言葉の力は伸びていくんですね。

 最後になりますが、学校への通学が始まってからは、子どもの勉強は活字を通して行うようになります。この活字に強い子どもにするには、本を読んで新たな知識を習得したり、自分で文字を書いて誰かに伝えたいことを発信したりする経験が必要です。それをできるだけ楽しくやれることが望ましいのですが、そのためにはおかあさんの愛情深い働きかけやサポートが必須です。お子さんの学力形成の土台作りにとって、今こそおかあさんの出番なんですね。高学年になって、より難しいことを学ぶようになると、もはやおかあさんの助力は必要ありません。




H.S

2019.3.22

学習意欲は、親に見守られ
ほめられこそ高まる


 本コラムの読者の方々は、教育書や子育て本の類をよく読まれていると思います。こうした書物には、例外なくわが子をほめることが奨励されています。それは、ほめることが子どもの精神的安定や物事に取り組む際の意欲や実行力に深く関わっているからに他なりません。つまり、子どもの望ましい成長にとって欠かせないのですね。

 今回ご紹介する実験の結果は、大人にほめられることが子どもの学習にどのような影響をもたらすかについて、保護者の方々の参考になるのではないかと思います。実験を行ったのは外国の心理学者で、調査対象は小学4年生と6年生の子どもでした。

 実験は5日間にわたるものでした。1日目にまず算数のテストを実施し、その結果から成績、年齢、男女比を均等にして4つのグループをつくりました。それぞれのグループに対して、大人が全く異なる対応をして、それが学習成果にどのような影響を及ぼすかを調べたのです。
 さて、実験者は4つのグループに対してどんな対応を試みたのでしょうか。

 まずは称賛グループです。ほめて子どもの反応を確かめました。2日目から最終日まで、毎回テスト前に教室で実験者が一人ずつ名前を読み上げては、「前回のテスト結果はよかったよ」と、みんなの前でほめ、次もがんばるよう激励しました。
 次は叱責グループです。叱ってその反応を確かめました。このグループでは、実験者が称賛グループと同じように一人ずつ名前を呼び、全員の前で「前回のテストの結果がよくなかった。ミスが多かった。」と告げ、厳しく叱りました。
 三つめは放任グループです。このグループは、称賛グループや叱責グループと同じ教室に座らせるものの、二つのグループへの実験者の対応を見ているだけで、何も言葉をかけられませんでした。
 最後は統制グループです。先の3グループとは別の教室に入れられ、結果について何のフィードバックもなく、ただテストを受けただけのグループです。(「統制グループ」とは、実験をする際に何の働きかけもしなかった場合のデータを取るために用意されたグループです)なお、統制グループが三つめの放任グループと違うのは、同じ教室に入れられず、他の子どもがほめられたり、叱られたりする様子すら全く見ていなかった点です。

 実験の結果はどうなったのかをご紹介しましょう。

4つのグループのテスト成績の推移<算数>
1日目 2日目 3日目 4日目 5日目
称賛グループ 11.81 16.59 18.85 18.81 20.22
叱責グループ 11.85 16.59 14.30 13.26 14.49
放任グループ 11.84 14.19 13.30 12.92 12.38
統制グループ 11.81 12.34 11.65 10.59 11.38

 まず、称賛グループから見てみましょう。成績は右肩上がりに上昇しています。そして、最終回の成績は、他のグループを圧倒するほどに向上しています(数字は指数のようなものとご理解ください)。
 次は叱責グループです。2回目は称賛グループと同じくよい結果を得ました。ところが、3回目以後は段々下がり、最終回は称賛グループに大差をつけられてしまいました。これはどういうことでしょうか。おそらく、叱責は1回に限ってはショック療法的な効果を引き出しますが、すぐに効力を失ってしまうのです。みなさんご存知のように、人間というものは何度も叱られるとうんざりするし、聞く耳をもたなくなってしまいます。つまり叱るという行為は一過性の効果しかもたらさず、継続的な努力へと結びつけることはできないのですね。
 三つめは放任グループです。このグループは、2回目に少し成績を上げたものの、後は右下がりに推移しました。他の子どもへの賞賛や叱責の様子を見て、多少の刺激は受けたものの、自分に向けられたものではありません。だからすぐに効力を失ってしまったのでしょう。子どもは、自分に関心を向けられてこそやる気になり、それを維持できるのです。
 最後は統制グループです。このグループが2回目以降のテストで常にいちばん成績が振るいませんでした。なぜでしょう。実は、統制グループの課された条件こそ、子どもにとって一番辛かったのです。何も励みや指標となる情報がなく、しかも大人からほめられることも叱られることもない。自分に何の関心も寄せられない状態が、いかに人間にとって辛いことかを、この実験結果は物語っています。

 この実験は心理学に造詣のある人にとってはお馴染みのもので、「ほめることの大切さ」についての根拠として様々な形で活かされています。本コラムをお読みくださっている方々にとっても、この実験結果から得られる教訓は、お子さんの家庭教育に活かせるのではないでしょうか。実験の結果をまとめると次のようになるでしょう。

・子どもは、大人(親や先生など)にほめられることで自信やがんばりの活力を得る
・大人から継続的に関心や期待を寄せられると、子どもは励みを得てがんばれる
・単に叱責を続けるだけでは、効果がすぐに薄れる
・自分に関心や期待が寄せられないことは、子どもの意欲に多大なダメージを与える

 子どもをほめない親はいないと思います。しかし、せっかく子どもがそれを励みに頑張ったのに、「もう、この間ほめたからいいだろう」と思ってほめるのをやめてしまう保護者もおられるようです。しかしながら、子どもは、がんばったときにはいつでもほめてもらいたいのだということを忘れないようにしたいものですね。

 このところ、子どもをほめること、叱ることを何度も取り上げてきましたが、今回はどちらが子どもの学習意欲を継続的に高める効果を引き出すかについて、学者の実験結果をもとに確かめてみました。ほめること、叱ることに関するまとめ的な意味合いで参考にしていただけたなら幸いです。

H.S

2019.3.29

「国語的算数教室」の
利点の一つがここに


 同じことを学ぶ場合でも、その方法によって理解の度合いや記憶の残りかたは違うものです。中学生以上になったなら、自分流の学びかたや自分に合った学びかたをある程度経験則的に判断できるようになりますが、児童期までの子どもにはそれが難しいため、「どんな学びかたが子どもにふさわしいか」を、われわれ大人が考えてやる必要もあるでしょう。

 右下は、外国の専門家の著書で見つけたものです。ここに示された記憶に関わるデータの根拠はよくわかりません。ただし、同じようなデータを他の書物やネットなどで見かけたことが何度かあるので、研究結果としてかなり広く流布しているものではないかと思われます。

 この資料は、どの感覚器官からどんな方法で情報が脳内に入力されたかによって、記憶に残る割合が異なることを示しています。

 たとえば、読んだ(文字言語を、視覚を通して入力した)ものは僅か10%、聞いた(音声言語を、聴覚を通して入力した)ものでも20%しか記憶に残らないことを示しています。見た(具体的状況を視覚で捉えて入力した)ものは、読んだり聞いたりしたものよりはいくらか記憶に残る割合が高いようですが、それでも得た情報の30%ほどに過ぎません。

 いっぽう、見て聞いたものなら70%が記憶に残ります。「見る」と「聞く」の二つの入力ルートを組み合わせると、両者を単純に足し算したよりも20%も多く記憶に残るんですね。

 これはどういうことでしょうか。この資料が掲載されている書物の著者が説明しておられましたので、ご紹介してみましょう。

 情報の受信と整理、そして処理の方法は、人によってそれぞれ違います。そのため、「学習タイプ」にもいろいろなタイプがあります。
 ディクテーション(聞き取り)の方が、単なる書写よりも得意な子どもがいます。これは聴覚的な学習タイプなので、聞いたものの方が読んだものよりよくおぼえられるのです。別のタイプは、数字でも、目で見た方がおぼえられる、というでしょう。これは視覚的な学習タイプの子どもです。記憶は見ることによってサポートされます。
 先ほどの表からもわかるように、長期記憶に情報を蓄積するには、いくつもの知覚を組み合わせてキャッチし、特に視覚的な情報と組み合わせるととても効率的なのです。
 聴覚と視覚をあわせると、合計は50%ではなく、70%になります。つまり、映像と音声を同時にキャッチし、リンクさせれば、記憶の効率が高まる、ということです。

 みなさんは、わが子にとってどんな情報の入力方法が記憶に残り易いかご存知でしょうか。よくわからない場合は、お子さんの学習の様子を観察したり、お子さん自身がどう認識しておられるか話し合ってみたりすると、ある程度わかってくるかもしれません。お子さんにとって効率のよい学びかたが見つかれば、その方法を軸に勉強されるとよいでしょう。

 ともあれ、「読む」「聞く」「見る」は学習の最も基本的なスタイルですが、「見る」という方法が最も記憶に残り易いということがわかりました。「読む」も視覚を使うわけですが、記号(文字)認識というバイアスがかかるので、「見る」ということのわかり易さには及ばないのでしょう。

 そこで玉井式です。ご存知のように、「玉井式国語的算数教室」は、アニメーションの映像(見る)と、声優の声(聞く)に基づく学習方法を採っています。前述のように、「見る」と「聞く」を組み合わせれば70%もの情報を記憶することができます。玉井先生の考案された「国語的」の教育プログラムは、この点において非常に実践的で優れたものだと思います。

 学習は、やがて学年が上がるにつれて文字情報を視覚で捉えて理解する方法へシフトしていきますが、児童期前半までの子どもにとっての言語は音声によるものが主体であり、文字よりもずっとわかり易いものです。これに目で見確かめることを組み合わせる学習方法が、この年齢期の子どもにとって一番効果が高いのは頷けることですね。

 ところで、先ほどの表によると、「自分で言ったことの70%」「自分でやったことの90%」が記憶に残るとされています。このことを子どもたちの学習活動に生かせないものでしょうか。

 学校でも塾(玉井式の教室)でも、授業では先生が子どもたちに発問をし、自分の考えを述べる機会が与えられています。これを積極的に活かすような学びかたをするお子さんは、成果をより多く得られるでしょう。自分の考えを言葉で表現するには、情報を頭の中でまとめ、論理に破たんを来さないよう思考を巡らせながらアウトプットすることが求められます。それは脳を鍛える高度な知的作業であり、そのときに扱った学習内容は緊張と集中を伴っていますから記憶に深く刻まれることでしょう。ですから、授業で発言したり質問したりすることは、学力を伸ばしていくうえで大変効果が高いのです。

 もう一つの「自分でやったこと」ですが、これはどう学習に応用できるでしょうか。学習において、ただ読む、聞く、見るのではなく、手を使うということがその一つではないかと思います。

 たとえば、「あれ?」と疑問に思ったり、解決のためのヒントが浮かんだりしたらすぐメモを取るのです。また、算数では課題の内容を表にしたり、絵にしたりするとよいでしょう。これによって解決の突破口が見つかることが数多くあるからです。漢字や計算のような単純な学習においても、実際に自分で書いて覚えるほうが頭によく残ります。

 あるとき、バスの中で地元の某有名中高一貫校の女子生徒さんがしきりに指を空中で動かしているのが目に留まりました。どうやら、英語の長いスペルを小さな声を発しながら指でなぞって書いていたようでした。これも記憶に残すために有効なアウトプットを伴う学習です。

 記憶に残り易い学習方法は、子どもたちの個性によって若干異なるものです。しかし、複数の情報入力ルートを使うこと、考えを言葉にして表すこと、学んだことをアウトプットすることなどは、どのお子さんにも有効な、記憶に残り易い学習だと思います。ぜひ毎日の学習活動に活かしていただきたいですね。

H.S

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